シャロ「こんにちは、シャロよ。突然だけど、皆自分のことなんて呼ぶ?」
チノ「『私』です」
ココア「『私』だよ~!」
千夜「『私』よ~」
シャロ「『私』ね。つまり、ここにいる四人は、皆『私』が一人称なのよ。それに、実を言うとあのリゼ先輩も一人称は『私』」
ココア「偶然だね~! 皆おんなじなんて! 私たち、気が合うのかな?」
シャロ「そうかもね……じゃなくて! みんな一人称が『私』だと、ややこしいじゃない! 特にこういう文字しかない媒体だと、誰が誰だかわからなくなるわよ!」
千夜「そうよね……なら、私は今日から一人称を『某』にしましょうか。某、甘兎庵が次期女社長、宇治松千夜といふ者也」
シャロ「え、ちょっ、そういうことじゃなくて!」
ココア「じゃあ私は『我』! 我、ラビットハウスに勤むる保登心愛と申す!」
チノ「……拙者はラビットハウスが看板娘、香風智乃」
シャロ「チノちゃんまで……! 皆やめてよぉー‼」
ココア「『ご注文はゾンビですか?』 5羽始まるでござる!」
時計の長針は、もうそろそろ十二に差し掛かろうとしている。外は真っ暗、物音もしないが、ラビットハウスの店内は騒がしかった。
「それじゃあ、私は武器になるものを探してくるね!」
千夜とシャロの話を聞いて、ココアが店の奥に引っ込む。リゼの電話から、彼女の置かれている状況は相当過酷だと分かっている。生半可な武器と覚悟ではリゼの助けになるどころか、足手まといになってしまう。
武器を探しにすぐに引っ込んだココアとは対照的に、チノはカウンターで黙々とコーヒーサイフォンを用意して、コーヒーを沸かし始める。
その様子を席に座りながら千夜が不思議に思って尋ねる。
「……チノちゃんはいかなくていいの?」
「私は大丈夫です……足手まといになってしまいますから」
チノは体力もあまり無い。それに、特段武術に長けているというわけでもない。それに戦うことに前向きになれない。
もし参加したら足手まといにもなってしまう。それだったらいっそのこと、後方支援に徹するべきだとチノは考えたのだ。
コポコポと水の沸騰し始める音が静かな店内に満ちる。束の間の静かな時間。外がゾンビだらけだなんて信じられないような落ち着いた時間だった。
「あ、そうそう、シャロちゃん」
「何?」
そういえば、と千夜は手を叩く。そして、彼女のポケットから道中で拾った『アレ』を取り出した。
「そういえば、こんなものが道に落ちてたわよ~」
「あ~っ! 私のパンツ~! 返しなさいよっ!」
千夜が目の前に広げたものが自分のパンツだと認めた瞬間、シャロは思わず叫び声をあげてそれを素早く奪取した。そして、もう一度こわごわとそれをきれいに広げて確かめる。間違いない、今日自分の庭で確かに干していた自分のパンツだ。
「なんでこんなものをあんたが持っているのよっ!」
「道に落ちていたの。風で飛ばされたのかしら……」
前にもこんなことがあったような……とシャロはデジャブを感じる。そして、二度とこんなことが起こらないように、今度からパンツだけは室内干しにしようと心に固く誓うのであった。
(それにしても、見つかったのが千夜でよかった……不幸中の幸いね)
「シャロちゃんはもう少し、そういうことに気を付けた方がいいわよ」
「わかってるわよ……まあ、届けてくれて……ありがと」
「どういたしまして」
拾ってもらったモノがモノなので、シャロは少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら千夜に礼を言った。
ちょうどその時、ガチャリと店の奥のドアが開く音がする。ココアが戻ってきたのだ。これ以上人には見られたくないので、シャロは自分のパンツをバッと素早く隠した。
「見つけたよ~!」
呑気な声がして、ココアが店の奥から姿を現す。ココアは右手でそれを皆に見せびらかしながら、千夜とシャロのいるテーブルへ駆け寄ってきた。
そんなココアが武器として持ってきたのは……。
「……ココアちゃん、結構原始的なものを持ってくるのね」
「……棍棒?」
「違うよー! これは麺棒! パンをこねる棒だよー!」
ココアが持ってきたのは大きな木の棒。厚さが均一の野球のバットのような見た目をしていて、表面は店の照明を反射して少し輝いていた。今のココアの持ち方だと、綺麗な棍棒に見える。二人が勘違いするのも無理のないことだった。
「麺棒って……結構えげつないものを持ってくるんですね、ココアさんは」
「だって、これくらいしか使えそうなものがなかったんだもん!」
その様子を見て、チノも思わず呆れ顔だ。
とにかく、とココアは目をキラキラと輝かせながら、得意顔で言う。
「これで、街にはびこる悪者どもを、一刀両断だよ!」
「一刀両断というより、一発昏倒って言った方が正しいかもね」
刃物じゃあるまいし、とシャロは的確なツッコミを入れる。だが、まあいいわ、と一度ため息をついて、
「これなら、十分戦えそうね」
「私よりもよっぽど戦力になりそうだわ」
その意見に千夜も賛成の意を示す。
「えへへ~」
「ココアさん、そこ照れるところじゃないですから……」
唯一、この場で褒められることの意味を分かっているチノがツッコんだ。戦力になる=ゾンビをその棒でたくさん撲殺する羽目になる、と。
と、サイフォンが下の容器から水を吸い始めて、みるみる上の方へと茶色くなりながら液体が移動し始める。店内にコーヒーの香りが満ちる。
その匂いで思い出したのか、ココアがチノに訊く。
「ところで、チノちゃんは一緒に行かないの?」
「はい。私がいても、皆さんの足手まといになってしまうだけなので……」
「そんなことないよ! チノちゃんだって、絶対に私たちの力になれるよ!」
ココアは拳を握りしめて、真剣な眼差しでチノに熱く語る。
「チノちゃんにだって、探せばきっと何かできることがあるはずだよ! 一緒にリゼちゃんを助けに行こう!」
「あの、ですから……」
「ちょっと待っててね! アレを取ってくるから!」
「ココアさん⁉」
人の話を聞かない熱血ガール・保登心愛さんは、超スピードで再び店の奥に戻っていった。上の階からドッタンバッタン大騒ぎしている音がうっすらと聞こえてくる。
そして数秒後、再びココアがバンッとドアを開けて再登場した。よほど素早く動き回っていたのか、かなり息を切らして額には汗も浮かべている。
「チノちゃん、取ってきたよ!」
そう言って、ココアが掲げたのは……。
「……ココアさん、これ何ですか?」
「魔法少女の衣装だよ! ステッキもあるよ!」
ココアが持っているのはブルーのひらひらした服。テレビアニメから飛び出してきたかのような見事な衣装だ。ラビットハウスのチノの制服にも若干似ている。もう片方の手には、白い柄に赤く大きな宝石のようなものが付いたステッキ――ではなく、巨大なティースプーンだった。
「チノちゃん、魔法少女になろう!」
「ええ……」
チノはドン引きしている。だが、そんなチノにも構わずココアはぐいぐい来る。
「さあ、チノちゃん、私たちと一緒に、リゼちゃんを助けに行こう!」
チノの目と鼻の先にココアの必死な表情が迫る。そのあまりに必死な姿に、チノは少しためらった。少し目を動かして逡巡する。
そして、チノは小さくため息をつくと、小さく苦笑いを浮かべながらしょうがなさそうに言った。
「全く、ココアさんは本当にしょうがないココアさんです」
チノがそう言った次の瞬間だった。
突然、チノの体が光り始めた。同時に、ココアの持っている魔法少女の衣装とスプーンのステッキが光り輝く。
「まっ、眩しい!」
シャロは思わず腕で目を庇う。チノやココアからかなり離れているが、それでも眩しいほど光が強かったのだ。千夜もココアも同じく目を守る。
そして数秒後、光が収まったので目を開くと……。
「あれ⁉ 持ってきた服がない! それにステッキも……」
「ココアちゃん、チノちゃんを見なさい」
慌てるココアに千夜が冷静に言う。
そして、さっきまでカウンターでコーヒーを作っていたチノは……。
「ま、魔法少女になっちゃいました……!」
ココアがさっきまで持っていた服を身に纏い、片手にはステッキ代わりの大きなティースプーン。そして頭にはティッピーを模した帽子を被っている。
そう――今、この瞬間、ここラビットハウスに、魔法少女チノが華麗に爆誕した!
「チノちゃんのリゼ先輩を思う気持ち、そしてココアの作った衣装の力が共鳴して、一つになったのね……!」
シャロが一人、感嘆したように解説する。
「チ、チノちゃんが魔法少女に⁉」
ココアは驚きと喜びが混ざったような表情をする。だが、それも一瞬、かつてないほどの真剣な表情をして、チノと向き合う。
「チノちゃん、改めてお願いするね……私たちと一緒に、リゼちゃんを助けに行こう!」
「……もちろんですよ。だって、リゼさんはラビットハウスの大切な従業員で、私たちの大切な友達です」
「チノちゃん……!」
感極まって、ココアは目にうっすら涙を浮かべながら、チノに抱き着いた。
「うぐ……ココアさん、苦しぃですぅ……」
「はっ、ごめんねチノちゃん!」
こうしてチノちゃんは魔法少女になり、リゼの下へ向かうのは四人になった。戦力も大幅に増強され、リゼを助けられる確率もグンと上昇した。
ただし、いざリゼを助けに行くとなると、そこにはまだ幾つか問題が残っている。
「ところで、ラビットハウスの留守番は誰がするのかしら……?」
千夜の何気ない質問に、三人の動きが止まる。甘兎庵のときは、千夜の祖母が店番をしてくれたが、ここラビットハウスはどうするのか。今は外にゾンビがいないから店を空けていいということにはならない。店番は絶対に必要となる。
だが、次の瞬間、店の奥のドアが開いて、突然ダンディーな声が店内に現れた。
「話は聞かせてもらったよ」
「お、お父さん⁉」
店の奥から現れたのはラビットハウスの店主、そしてチノの父であるタカヒロだった。バータイムのときの制服を着ている。
(そういえば、本来ならラビットハウスはバータイムのはずよね……)
シャロは心の中で納得する。実は本来ならもう少し早く始めるところだったが、邪魔をしてはいけないということで四人の話をドアの外で待っていたのだ。
「先ほど、リゼの父から連絡を受けた。友達が大変なんだろう?」
「はい! このままじゃリゼちゃんが……」
「なら、ここは任せなさい。なに、案ずることはない。店主として、ここは必ず守って見せるさ。それに、うちの大切な従業員を失うわけには行かないだろう?」
その言葉に、四人の少女は感動する。タカヒロさんに任せておけば、絶対に大丈夫だ、と。
「タカヒロさん……! ありがとう!」
ココアはペコリと一礼すると、魔法少女チノ、そしてシャロと千夜を見回す。
そして活を一発入れるように、麺棒を持った右手を掲げた。
「よし! 皆でリゼちゃんを助けに行こう!」
「「「おー!」」」