シャロ「はぁ……はぁ……こ、こんにちは、シャロよ……はぁ……やっとあんこを振り切ったわ……」
シャロ「それにしても、ゾンビに突撃させられたり、うさぎに追いかけられたり、私ってかなりの不幸なんじゃないかしら……」
シャロ「ま、退屈することがないだけ、ありがたいっていうものかしらね」
千夜「あっ、シャロちゃ~ん」
シャロ「千夜! あんた今までどこ行ってたの? このコーナー、二人でする約束だったでしょ?」
千夜「はっ……はっ……ごめんなさいね、シャロちゃん。いろいろあったのよ……」
シャロ「そうなの? ま、私の方も、般若がいたりあんこに追いかけられたりしたんだけどね……」
(注:すべて千夜が原因です)
千夜「それじゃあ、二人で行きましょうか」
シャロ「うん。せーのっ」
千夜・シャロ「「ご注文はゾンビですか? 3羽始まります!」」
街にはかなりの人影があった。呻きながらゆっくりと徘徊している。
だが、そんな人影――ゾンビを見ても、今のシャロはものともしない。むしろ、好んで突っかかっていく有様だ。
「化け物退治よー!」
「ぐああぁぁぁぁぁあああぁ……」
シャロが木刀を振るって、それがバシーンとゾンビの頭にクリーンヒット。そして、左から迫っていたゾンビの頬を薙いでひっくり返し、その勢いのまま回転して右のゾンビの体に木刀をのめり込ませた。
いずれのゾンビもダメージを受けると、断末魔を響かせながら、月明りに照らされた街の影に溶け込むようにして、最初からそんなものは存在しなかったかのように消えてしまった。死体も血も脳漿も出ない。不思議なゾンビだったが、カフェインに酔っているシャロも、天然和菓子な千夜も、ちっとも疑問に思わなかった。
次々と寄ってくるゾンビもまとめて薙ぎ払って、シャロたちはラビットハウスへの道のりを順調に進んでいった。
あははー! とカフェイン酔いでハイテンションになっているシャロを後ろから千夜が遅れないように追いかける。体力のない千夜にとっては、風呂敷を背負ってハリセンを持って追いかけるだけでも重労働だ。早くも息を切らせている。
(このままなら無事にたどり着けそうね)
シャロは道行くゾンビをすべて一刀のもとに薙ぎ払っていく。よって、一応後衛の位置についている千夜はハリセンを振るうことなく、シャロの後ろについていけばよかったのだ。
そんな千夜の後ろから、ゾンビがのっそりと姿を現した。脇道から、シャロの戦闘音に反応して顔を出したのだ。
ゾンビはそのまま、シャロを追いかける千夜を襲おうと、小さく唸りながら両手を薙ぐ。千夜はそのことに全く気付いていない。シャロも気づいていない。絶体絶命のピンチだ。
だが、千夜は突然しゃがみこんだ。
(あら? こんなところにシャロちゃんのパンツが……)
その頭上を、ブオンとゾンビの両腕が通りすぎていく。千夜はその天性の運で、ゾンビの攻撃を掻い潜ったのだ。
(きっと風で飛ばされてしまったのね……前にもこんな事があったかしら)
しゃがみこんだ千夜はそんなことを呑気に考える。
だが、ゾンビの攻撃を一度かわしただけでは安全とは言えない。ゾンビは意思を持たぬ怪物。一度避けられたからと言って標的を変えるわけではない。一旦体勢を整えると、千夜に後ろから覆いかぶさろうとする。
一方その時、千夜は……。
(あら? シャロちゃんの様子が……)
視線を上げて前にいるシャロの様子を見ていた。
さっきまで元気よく木刀をブオンブオン振るっていたシャロがその動きを止めていた。それに、足元がプルプルと震えているように見える……気がする。
(……カフェインが切れたのね)
このままではシャロがゾンビに襲われてしまう。この場ではカフェイン酔いでハイテンションになっているシャロだけが頼りなのだ。シャロがたおれてしまっては、千夜の身もじきに危なくなってしまう。(千夜が気づいていないだけで、今まさに後ろからゾンビが迫っているのだが)
千夜はシャロのパンツを自分のポケットの中にしまうと、立ち上がって走ってシャロの後を追いかけ始めた。
突然走り始めた千夜に、当然ゾンビが対応できるはずがない。そのままうつ伏せにドサリと道に勢いよく倒れた。その音にも反応せず、最後まで千夜は自分がゾンビに襲われかけていたことを知らなかった。
「シャロちゃ~ん!」
「ち、ちちち、千夜……」
千夜が声をかけると、シャロは彼女の名前を呼びながらゆっくりと振り返った。木刀を構えたまま振り返ったその顔は、恐怖で青くなっていた。至近距離に自分の大嫌いな化け物がいる。カフェインが切れて『いつもの』自分に戻ったシャロにとって、これほど怖いものはない。
そんなシャロに、千夜は走りながら風呂敷の中から何かを取り出すと、それを放り投げた。
「こ、これを飲みなさ~い!」
「わわわ、わわっ!」
シャロは木刀を片手で持ち変えて、危なっかしく千夜の投げたものをキャッチする。
「こ、これは……?」
「甘兎庵特製の抹茶よ~!」
実は甘兎庵は将来の販路拡大のために、特製抹茶を缶飲料にして売り出そうと計画していたのだ。千夜が風呂敷に包んで持ってきたのは、その試作品五つ。抹茶なので、カフェインはコーヒーと同じくらい含まれているはずだ。
受け取ったシャロは、カフェイン酔いよりも目の前の危機的状況を優先した。開栓すると、中身を一気に飲み干した。甘兎庵で最後に飲んだ抹茶の味が、口の中に広がっていく。
そして、頭が一気にクラッとすると同時に、自分の気持ちが高揚していくのをシャロは感じた。再び木刀を握りしめると、目の前のゾンビどもに再び突っかかっていく。
「こんな怪物、やっつけちゃうんだからぁ~!」
「よかった~シャロちゃんが復活してくれたわ」
見事な幼馴染の連係プレイだった。千夜はシャロが落とした空き缶をきっちりと回収する。ポイ捨ては言語道断だ。
こうして、カフェインが切れかかったら千夜が補給、カフェインを補給したシャロはバッタバッタとゾンビどもを片っ端から薙ぎ倒すというサイクルで、二人はラビットハウスへ順調に進んでいた。ちなみに、途中で千夜は何度もゾンビに襲われかけたが、すべて本人のあずかり知らぬところで、すべてかわしていた。
普段なら十分もしない道のりを、二倍以上の時間をかけて、二人はとうとうラビットハウスへたどり着いた。
「試供品がなくなってしまったわ……」
そこまでで、試供品の抹茶飲料は、すべてシャロが消費してしまった。中身の無くなった風呂敷を千夜は畳む。
幸い、ラビットハウス周辺はゾンビが見当たらなかった。いつもと変わらない夜の静けさが辺りには広がっている。シャロもカフェイン酔いから醒めて、今は落ち着いて木刀を下ろしている。
「ここがラビットハウスね……」
ラビットハウスは昼は喫茶店、夜はバーとして営業している。今日もバーは営業しているのか、中は照明がついている。
「あっ、ねえシャロちゃん」
「どうしたの?」
「あれ、ココアちゃんとチノちゃんじゃない?」
「……そうね」
店の外から中を眺めると、ココアとチノがカウンター席に並んでいるのが見えた。こちらに背を向けているため、何をやっているのかその表情は確認できない。
「もしかしたら、二人ともゾンビになっちゃっていたりして」
「やめてよ! そういう風に見えちゃうじゃない!」
変なことを言い始めた千夜を、必死になって涙目になったシャロが止める。
「とにかく、中に入って声をかけてみましょう」
「う、うん」
そして、千夜を前にして、二人はラビットハウスに入っていく。ドアを開けると来店を知らせるベルがチリンチリンと鳴る。
「こんばんは~」
「こ、こんばんは」
「あれっ、千夜ちゃん! それにシャロちゃんも!」
その音に反応して、ココアが振り返って二人の姿を見つけるなり、駆け寄ってくる。
そして、屈託のない笑顔を浮かべて歓迎する。
「いらっしゃい!」
口の端や頬に、真っ赤なものをつけながら。べっとりとついているそれは、重力でねっとりとしたに垂れ下がっていた。
「いやああぁぁぁああああぁぁぁ……」
そのあまりの恐ろしさに耐えきれなくなって、ついにシャロはバターンと後ろに倒れたのであった。