「……十二月二十五日、一回目。午後六時二十四分、雨宮慧、死亡」
数秒間の思考停止の後、まず最初に湧き上がってきたのは、悪質すぎる冗談だな、という感想だった。
日付を見ると、どうやら去年のことらしい。今日は二月二十七日だが、俺はこの通りピンピン生きているし、このノートを見ている。今ここでこの文章を読んでいることが、この内容が間違いであることを証明しているのだ。
「十二月二十五日、二回目。午後六時二十四分、雨宮慧、死亡。三回目、午後六時……死亡、四回目、五回目……」
その下の行からも、同じようなことがズラッと書かれている。九回目で同じ形式の文章が終わると、その下には細かい字でびっしりと解説のようなものが書かれていた。読み飛ばして次のページ、そして前のページを見ると、同じようなことが延々と書き連ねられていた。
ここまで来ると、怒りを通り越して呆れ、そして気持ち悪さを感じる。
なんだこれは。アレか? 自作ゲームの攻略日記なのだろうか? だとしたらそのゲームはタチが悪すぎる。わざわざキャラの名前に俺の名前を使うなんて。作った奴は絶対にサイコパスだ。
一応表紙も見てみるが、題名も持ち主の名前も何も書かれていなかった。だが、ある程度、これは誰のノートなのか、察しはついていた。
「……おい、そこにいるんだろ、水無瀬」
「……」
振り返ると、水無瀬がいた。音も立てずに背後に回っていたが、気配で分かった。
格好はパーティーの時のまま。水無瀬は無表情でこちらを見ているが、どことなく諦念したような雰囲気を醸し出している。
「……勝手に入ったことは謝る」
「……」
「……だが、このノートはどういうことだ。いくらなんでも趣味が悪いぞ」
俺はパンパンとノートを叩く。流石に、これを見過ごすことはできない。
そもそも、水無瀬がネタでもこんな物を書く奴だとは思えない。何故なら、彼女もまた、俺と同様に、二年前の事故によって、彼女にとっての親友を亡くしているのだから。
俺たちの間に重い空気が流れる。数秒間、いや数十秒間、あるいは何分、だったかもしれない。その静寂の後、水無瀬がやっと口を開いた。
「……申し訳ない」
彼女は絞り出すようにそれだけ言った。
生憎、俺はただで引き下がる気はない。俺が絡んでいる以上、無関係ではない。水無瀬にとっては見られたくなかったのかもしれないが、このまま見過ごすわけにはいかない。
説明しようとしない水無瀬の態度に怒りを覚えるが、俺は深呼吸をしてそれを静める。
「水無瀬。これについて説明したくないのなら説明しなくてもいい。ただ、そのときはもはやお前を信じることなどできない。絶交する」
水無瀬は泣きそうだ。
こんな言葉、俺も本当は言いたくない。しかし、これが本心なのだ。冗談でもこんなことを書くような奴は、友達ではない。
それでも、信じたい。心のどこかで、水無瀬はこんなことを理由なくするような人ではないと。きちんと説明してくれる人であると、俺の良心が訴えかけている。
ゆえに、俺はチャンスを設ける。
「できれば、この場で今すぐ説明してほしい。それが無理なら――明日いっぱい待つ。それまでに説明が無かったら、本当に絶交だ」
「…………」
「……じゃあ、俺は行く」
水無瀬の横を通り過ぎて、俺はその場を後にしようとして、
「今から」
水無瀬が背後で、大きな声で言った。
「今から言うのは、ただの中二病の独り言だから……」
俺は足を止めた。