「……い! ……けい!」
「……んん?」
「慧! 起きて!」
俺は誰かに名前を呼ばれる声で目を覚ました。ゆっくり目を開くと、俺の視界を塞ぐように誰かの顔がドンと迫っていた。
「うおあぁっ⁉」
「わっ⁉」
思わず声をあげると、目の前の彼女も驚いたように一気に顔を離した。同時に、俺も半分体を起こして蜘蛛みたく勢いよく後ろへズザザザと下がった。
び、びっくりした……。五十嵐かよ……。
彼女は俺がさっきまで寝ていたところにペタンと座り込んでいる。
「五十嵐か……。いったいどうしたんだ?」
「慧! こんなところで寝てたら風邪ひくよ!」
俺が声をかけると、思い出したように五十嵐は立ち上がりながら言う。そして、俺の所まで駆け寄ると、手にしたジャージを俺の肩にかけた。俺のジャージをわざわざ持ってきてくれたらしい。
「……ありがとう」
「どういたしまして。そんな格好で寝ていたからビックリしたよ」
「ん? ……ああ」
俺の今の格好は半袖短パン。いくらマラソンの後で体温が上がっていたとはいえ、今は冬、気温は十度くらいしかない。そんな環境でこんな格好で寝っ転がっていたら、汗の気化熱で体温を奪われて風邪を引くに決まっている。
……そんなことを考えていたらなんだか寒気がしてきた。マジで風邪ひいたかも。俺は、急いでジャージを着て、防寒態勢を整える。
「そろそろ皆ゴールして集まってるよ」
「そうなのか?」
腕時計を確認すると、スタートから一時間半が経過していた。いくら足が遅くても、流石にゴールしているだろう。
『あ、あ~。え~っと、生徒全員がゴールしたので~、皆さん集まって下さ~い』
すると、ゴールの方から我らが担任、堀河先生の声が拡声器越しに聞こえてきた。恐らく、これから結果発表を行うのだろう。
「ほら、行こう慧!」
「ああ、そうだな」
俺は立ち上がると、先行する五十嵐の後を追って集合場所へ向かった。
数分後、整列が完了する。周りを見渡すと、生徒のジャージの青が目立った。
生徒がざわめく中、赤いジャージを着た堀河先生が俺たちの前に立つ。徐々にざわめきが収まり、完全に静かになったところで先生は拡声器を口に当てた。
『これから、結果発表を行いま~す』
どうやら俺の予想は当たりみたいだ。
『まずは、一年生から発表しま~す。呼ばれた人は立ってくださ~い。それでは、男子の第一位は~』
先生は早速名前を読み上げる。
『……え~っと、第三位は~一年C組~望月光真君~』
……ん? 今俺がとてもよく知っている名前が呼ばれたんだが。
振り返ると、後ろの方でもっちーが立ち上がるのが見えた。もっちー、そんなに速かったのか!
『続いて、女子の発表で~す。第一位は~一年C組~五十嵐ひかりさん~』
マジかよ……。俺と一緒にスタートしたくせに、一位を取ったのかよ……。運動能力マジパネェ。というか、もしもっちーと同じ位置からスタートしていたら、もっと早くゴールできたんじゃ……。
そんなifルートを考えて、俺はちょっと五十嵐のスペックの高さを恐ろしく感じた。
その後も結果発表は続く。
『続いて、二年生の女子で~す。第一位は~雨宮舞さん~』
「やったね!」
やっぱり姉ちゃんか。陸上部全員に勝つとか、ホントおかしいよな……。五十嵐といい姉ちゃんといい!
そういえば、結局水無瀬とアリスは走り切れたのだろうか。まあ、順位は低そうだが、さっき先生が『全員ゴールした』と言っていたのだ、きちんとフィニッシュしたのだろう。
『それでは、マラソン大会を閉会しま~す。皆さん、お疲れさまでした~』
こうして、高校生初のマラソン大会は幕を閉じたのだった。