「わぁ……人がたくさんいるねー!」
「そりゃそうだ。駅前だからな」
水曜日。青色の寒空の下、駅前には人が行き交っていた。
もちろん、家の最寄り駅ではない。隣の街の中心部に位置する大規模なターミナル駅だ。まだ朝の時間帯なので通勤通学中の人も多い。それに、都立高校は一斉に受験休みに入るので、私服の高校生らしき人も多い。
朝っぱらから、ここに何をしに来たか。
「ねぇねぇ慧! 早く映画館に行こうよ!」
「はいはい、だからそんなに焦るなって」
俺は走り出した五十嵐に引っ張られるようにして、駅直結のデッキの上を進む。
人ごみの中をすり抜けるようにして進むと、すぐに目的の建物が見えてきた。多くの店が入っているからか、出入り口ではたくさんの人が行き来している。目的の映画館――正確にはシネコンは、この建物の最上階に位置している。
気持ちが抑えられないのか、エスカレーターからエスカレーターへ乗り継ぐ時の彼女の足は妙に速い。
シネコンに入った後、俺たちはチケットを購入する。その後もまだ時間に余裕があったので、シネコン内の売店でポップコーンや小さなお菓子を買った。
「ねえ慧、これまでのあらすじ、ちゃんと覚えてる?」
「ああ、もちろんだ」
俺たちが今回観る映画は、有名なライトノベルが原作のラブコメだ。アニメも一期、二期と放送され、未だなお高い人気を得ている作品である。もちろん、俺たちは原作を全巻読破済みで、アニメも一期二期全話視聴済み。いつ映画を観ても大丈夫だ!
『間もなく、九時十五分より、五番スクリーンで……』
「あっ、入場が始まるよ、行こう」
「お、おう」
アナウンスが流れた瞬間、五十嵐は俺の手を引っ掴んで入場口へと走っていく。どんだけ楽しみなんだよ……。開場しても、上映開始までまだ二十分以上もあるぞ……。まあ、五十嵐が楽しみなら良いんだけどさ。
引っ張られて入場ゲートを通過し、その時に入場特典をゲットしながら、俺たちは五番スクリーンへ向かう。あまりにも入場が早すぎたのか、スクリーンのある部屋に入った時にはまだ誰もいなかった。人生初のシネコン一番乗りである。
「わぁ……ここが映画館……」
五十嵐は誰もいないシネコンをキラキラした目で見回している。
俺も誰もいないシネコンを見るのは初めてだ。
ひとしきり見回した後、後からやって来る人の邪魔にならないように、さっさと席につく。
俺たちが確保した場所は列の真ん中くらい。横にも真ん中くらい。近すぎず遠すぎず斜めすぎず、ちょうどいい場所だ。
上映が始まるまでの約二十分間、俺たちは入場する時に貰った特典の限定小説を読んだり、お菓子を食べながら時間を潰す。
「いよいよだね……」
「ああ、そうだな」
お馴染みの映画泥棒が流れた後、部屋全体が暗くなり、横に座った五十嵐が呟く。
そして、映画が始まった。