王暦七百六十一年、晴の月七日。
今日から新年度の授業が始まり、俺の二年生としての生活がスタートする。
「二人とも、準備はできましたか?」
「もちろん! 早く行こー!」
「いきましょう!」
朝、授業を受けに、俺たちは五〇九号室を出発する。
そこに、カヤ先輩の姿はない。
初めのうちは騒がしさに少し物足りなさを感じていたが、一ヶ月も経つとそれにも慣れてきた。
今や五〇九号室では、この三人でいることが新しい日常となっていた。
俺たちは寮から出ると、校舎へ向かう生徒たちの大きな流れに合流する。その中には、俺よりも幼い生徒がちらほら見える。今年入ってきた三百四十九期生──ピカピカの一年生たちだ。彼らは上級生に連れられ、一生懸命に歩いている。
一年前は俺もあの立場だったんだよな、と懐かしく思うと同時に、入試がもう一年前であることに驚きを隠せない。
時間の流れは速いな!
「じゃあね、フォル~」
「頑張るのですよ」
「ではまた、フローリー先ぱい、レイ先ぱい」
俺は二人と階段の前で別れると、少し遠くなった自分の教室へ向かう。その途中で、後ろから俺の名前を呼ぶ声がした。
「フォル、おはよ」
「おはようジュリー。ひさしぶりだね」
俺の隣に来たのはジュリー。会うのは旅行前以来だから、約二ヶ月ぶりだ。
「そういえば、うわさになってるね」
「え、なにが?」
「『竜』がドルディアでたおされたってこと」
「ああ〜」
やっぱり噂になっているんだ。
そりゃそうか。竜の死体は王都に移送された、って聞いているし、噂が立っていても全然おかしくはない。
ま、さすがに俺が斃した、ってことまではさすがに知らないだろうけど。
「で、フォルがたおしたんでしょ? 『竜』」
見事なまでの一瞬での伏線回収だった。
「……だれがいってたの、それ?」
「だれもいってないよ。ただ、『幼女が斃したらしい』って。でも、そんなことできるのって、フォルくらいでしょ?」
なるほど、そういうふうに噂になっているわけね……。
そして、ジュリーは俺のことをよーくわかっているようだ。
「で、フォルがたおしたんでしょ?」
「……うん、まあ、そうだよ」
「やっぱり! さすが『竜殺し』だね!」
「『竜殺し』⁉︎」
「うん。うわさではそうよばれてるけど」
『爆殺幼女』に続き、またスゴい二つ名を獲得してしまったな……。
これからまた、事情を知っている人には『竜殺し』って呼ばれるんだろうなぁ……。
嬉しいような、恥ずかしいような、呼ばれたら心の中で悶えてしまいそうだ。
「……ジュリー」
「なに?」
「わたしがりゅうをたおしたってこと、いわないでね」
「え、なんで?」
「はずかしいから」
「いいじゃん。フォルがつよいのはすごいことなのに」
「ダメ。はずかしいからいわないで」
「え〜」
「あと、『竜殺し』ってよぶのもやめてね」
「……わかった」
少し不服そうに、ジュリーは頷いた。
その直後、俺たちは教室に到着する。
ドアの上には、二年生の魔法科と書かれたプレートがあった。
よし、今日も一日頑張りますか!
俺は新たな気持ちで、教室のドアを開けたのだった。
※
新年度初日の授業が終わってジュリーと別れた後、俺は寮には帰らず、そのままクリークに直行する。
年度が変わったとはいえ、ここには夏休み中も毎日欠かさず来ていたので、あまり新鮮な感じはしない。
いつもなら、建物に入ってそのまま練習場に直行するところだが、今日はその手前の通路を曲がって階段を上る。そして、廊下を進み、本部のドアを開けた。
「しつれいします」
「……来たか」
ドアを後ろ手で閉める中、ジェラルド先生が、ふーっ、と細長く白い煙を吐いた。
「先生、きょうはいったいなんのようですか?」
「慌てるな……まあ、座れ」
俺は先生に言われるまま、近くの席に座る。
「……そういえば、忘れないうちに聞いておこうと思っていたんだが」
「なんですか?」
「お前、どうやって竜を殺した?」
いろいろすっ飛ばした、単刀直入な質問だった。
俺が竜を斃したのだと、既に知っているかのような言葉だ。
いや、実際に既知なのかもしれない。
「……しってるんですか? わたしがりゅうをたおしたってこと」
「ああ」
「……どうやってしったんですか?」
「宮廷魔導師団の中に、ジークフリートっていうマッチョな奴がいただろ? 赤色のエンブレムの。この前ソイツと飲みに行った時に聞いた」
そうか、先生の前職は宮廷魔導師団なんだっけ。それなら、現職の人と繋がっていてもおかしくはない。
「んで、どうやって斃した?」
「えーっと……」
俺は『レーザー』など自分で開発した魔法の説明を交えつつ、先生に竜との戦いの様子を話す。
「……というかんじで、たおしました」
「なるほどなぁ。それなら確かに、竜がほぼ完全な形で残っていたのも頷ける。
普通、大型の強い魔物を斃すときは、大出力の魔法で焼き尽くすだとか、頭と体をちぎるとか、そういう手段をとりがちだからなぁ」
なんともワイルドな手段だ……。力には力を、といった感じだろうか。
「それと、魔物に使用するのはいいが、対人戦だとか集団戦で『レーザー』は使うなよ。人に当たるととんでもねぇことになるだろ、それ」
「あ、はい……」
今回の戦いでは、『レーザー』が竜の目を通じて脳を焼けるくらいの威力を出せると判明した。もしそれが人の目に当たったら、一瞬で失明させるだろうし、目じゃなくて体に当たったとしても火傷を負わせることになる。
先生の言う通り、使う場面は慎重に選択しないと、大変なことになってしまうだろう。
「気をつけます」
「そうしてくれ。……まあ、雑談はこれくらいにして、本題に入るか」
一拍置いて、先生は話題をガラッと変えてきた。
「『魔力視』の訓練は順調か? もうすぐ開始から一年になるわけだが」
「はい。まいにちれんしゅうしたおかげで、かなりできるようになりました」
「そうか。確かに、お前は休みの間もかなりの頻度でここに来ていたみたいだしな。
で、何がどのくらい視えるようになった?」
「とりあえず、あるていどつよいまりょくは、みえるようになりました。あと、まほうのけいとうも、なんとなくは……」
「なるほど。フォルゼリーナ、オレの手を見ろ」
そう言って、先生は右手をパーにして、顔の前に突き出した。
「これは、『何本に視える』?」
五本! と反射的に答えそうになったが、そういうことじゃない、とすぐに思い直す。
話の流れというものがあるだろう。それを踏まえれば……。
俺は魔力視を発動する。すると、先生の手を覆うように、素の魔力が放出されているのが見えた。
そして、特に人差し指、中指、小指の三本の先からは勢いよく魔力が放出されていて、魔力だけに注目すれば、まるで指が三本の手のように見えた。
「……三本です」
「よし、いいだろう」
先生は、口角を僅かに上げた。
「練習の成果が出ているみたいだな。これなら、もうテストを受けても大丈夫そうだ」
「テスト?」
「あぁ。お前を今日ここに呼んだ理由は、そのテストが受けられるかどうか見極めるためだ。
どうだ、今日受けてみるか?」
どんなテストかわからないが、俺はそれを受ける条件を満たしたらしい。
こういうのは、受けられる時にとっとと受けるに限る! このクリークに入ったときだって、そうだった。次のチャンスはいつ巡ってくるかわからないからな。
「……やります!」
「じゃあついてこい」
きっと魔力視に関するテストなのだろうが……。どんな内容なんだろう?
俺は、席を立つと先生についていき、練習場に入った。
練習場の中央には、一人の生徒がこちらに背を向けて立っていて、魔力を素のままで放出する訓練に励んでいた。
俺は彼女の姿に見覚えがあった。最初に、先生に魔力視の訓練をするように言われた日に、ローガン先輩と一緒に練習場にいた人だ。その長い赤髪が特徴的だったのをよく覚えている。
「キャサリン」
先生の声に反応して、彼女は魔力の放出をやめると、こちらを振り返った。
「……先生、何の用?」
その言い方や態度から、ツンツンした人だなぁ、と心の中で思う。
すると、先生は俺の頭の上に手を置いた。
「コイツの魔力視のテストの相手をしてやってほしい」
「……ははぁーん、なるほどね。それであたしを呼んだってことね」
彼女はつり目を細めて、あまり面白くなさそうに言った。
「というか、本当にできたの? そこのちびっ子、まだ魔力視の練習を初めて一年くらいじゃない?」
「さっきオレが出した簡単なテストはクリアした」
「ふーん……なかなかやるわね」
そして、ジーッと彼女は俺を見つめてくる。
「……あんた、名前は?」
「……フォルゼリーナ・エル・フローズウェイです」
「フォルね。あたしはキャサリン・ジザール。六年生よ」
最初から俺の名前を略してきたなこの人! いや、別にいいけどさ……。
六年生ということは、俺の四つ上、つまりローガン先輩やレイ先輩の一つ上の学年か。
「で、やってくれるのか、キャサリン?」
「いいわよ。相手になってあげる」
「そうこなくちゃな」
先生は、ポケットから何かを取り出すと、先輩に向けてそれを軽く投げた。先輩はそれをキャッチすると、自分の胸ポケットにはめる。
それは白色無地の丸いバッジだった。
「テストって、なにをするんですか?」
「魔力視の実戦テストよ」
すると、先生ではなく、先輩が答える。
「戦いの中で、きちんと魔力視が使えているかどうか、テストするのよ」
「……ぐたいてきには、なにをやるんですか?」
「単純なことよ。あんたには、あたしのこのバッジを奪ってもらうわ。あたしは取られないようにする。それだけ」
そう言って、先輩は自分の胸のバッジを指差した。
すると、砂時計の横に移動していた先生が説明を引き継ぐ。
「制限時間は、この砂時計の砂が全部落ち切るまで。それまでにキャサリンのバッジを奪い取れたら、テスト合格だ」
「わかりました」
「準備はいいか、二人とも?」
「はい!」
「もちろんよ」
そして、先生は砂時計を勢いよくひっくり返した。
「それでは、テスト始め!」