旅行から帰ってから数日。
クリークの練習場で自主的に鍛錬を行った俺は、お昼を食べてから五○九号室へ戻る。
「ただいまー」
「フォルちゃんおかえりー」
リビングに顔を出すと、カヤ先輩がいつもの定位置である座布団の上に座って、机の上でカードのピラミッドを作っていた。
カヤ先輩は昨日四度目の修了テストを受けた。現在はそれの結果待ちで、暇を持て余している状態だった。
「あれ?」
俺はこの光景に違和感を覚える。そしてすぐにその正体に気づいた。
「フローリーせんぱいとレイせんぱいは、いないんですか?」
そーっと二枚のカードを乗せながら、そこから目を離さずにカヤ先輩は答える。
「外に出かけていったよ~。そういえば、フォルちゃんを探していたね」
「え?」
今朝、出発前に行き先は伝えておいたはずなんだけどな……。どこかですれ違っちゃったのかな?
「せんぱいたちはどこにいったんですか?」
「うーんとねー、確か『正門前で待っている』ってあの二人は言っていたよー」
俺は正門からここに向かって行ったけど、二人の姿は見かけなかった。つまり、入れ違いになっているということか。
しかも、カヤ先輩抜きの呼び出し……。これは何かありそうな予感。
「いってきます!」
「いってら~」
俺は寮の部屋を飛び出て、急いで二人の元へ向かった。
※
寮から正門までの長い道を走ること数分。
結構息が上がってきた頃、ようやく正門が見えてきた。その脇には、カヤ先輩が言っていた二人の姿。
「フローリーせんぱ~い! レイせんぱ~い! ……はぁはぁ」
「おー、フォルー!」
気づいたレイ先輩がテンション高く俺に向かって手を振る。
俺は二人のところまでたどり着くと急停止。久しぶりに身体強化魔法を使わないで走ったから、結構疲れた。
「もしかして、フォルゼリーナとわたくしたちは入れ違いになっていたのでしょうか?」
「……どうやら、そう、みたい、です」
息も切れ切れに肯定する。
そうだったのですか、とフローリー先輩は呟いた。
「よーし、それじゃー、みんな集まったし、商店街へ行こう!」
レイ先輩の号令で、俺たちは二番目の城壁の外側を目指す。
歩いて息も整ってきた頃、俺はレイ先輩にずっと疑問に残っていたことを尋ねる。
「そういえば、どうしてカヤせんぱいを、つれていかないんですか? べんきょうのためですか?」
「ふふーん、それはね~……」
レイ先輩は溜めるように一旦言葉を切ると、
「カヤ先輩、実は今日、おたんじょうびなんだよ!」
「……お、おめでとうございます」
本人はこの場にいないけど一応祝いの言葉を口にする。
カヤ先輩って熱の月の十日生まれなんだね。知らなかった。
もしかして、サプライズで誕生日プレゼントを買いに行くんだよ! とかそういう感じか?
「だから、これからサプライズで渡すカヤ先輩の誕生日プレゼントを、皆で買いに行くんだよ!」
おおう、マジか。俺の予想、マジで当たった。
でもさ……。
「そしたら、カヤせんぱいは、じぶんのたんじょうびにじぶんぬきででかけている、ということから、きづいてしまうんじゃ……?」
「…………あ」
「…………あ」
それを考えていなかったのかい! しかもフローリー先輩まで!
今日が誕生日で、自分以外の皆で出かけるなんて言ったら、そりゃ自分の誕生日のために何かしようとしているってわかっちゃうじゃん!
「……まあきっと、大丈夫だよ! プレゼントを買いに行くとは一言も言っていないし!」
「カヤ先輩のことですから、きっと大丈夫だと思います」
レイ先輩もフローリー先輩も、マイナス方向の太鼓判を押した。
『カヤ先輩=バカ』みたいな感じに言うなよ!
でも、四年間も一緒に過ごしている先輩が二人ともそう言っているし、俺も、『きっと気づいていないだろう』と心のどこかで考えていた。
カヤ先輩、ごめーん‼
※
「クシュンっ」
バラバラバラッ! とカードのピラミッドが崩壊して、床や机にカードが散らかる。
しばし動きを止めた後、ゆっくりとそれらを一枚一枚拾い集めながら、独り言。
「あー……またやり直しかぁ……」
※
歩くことおよそ十分。俺たちは第二城壁の外に出て、王都の南側に広がる商店街に入った。
「そういえば、カヤせんぱいのたんじょうびプレゼントは、それぞれひとつずつかうんですか?」
「ううん、三人で一つのプレゼントをしようかなって考えてるよ! ……もしかして、一人ずつの方がよかった?」
「いえ。そしたら、なにをかうのかは、きまっているんですか?」
「それはこれから決めようと思っているんだけど、事前のリサーチはカンペキだよ!」
レイ先輩はスカートのポケットからメモ帳を取り出すと、このメモ帳が目に入らぬか! というセリフが聞こえてきそうな仕草で、俺の方に突き出してくる。
そこには箇条書きで、カヤ先輩の好みがズラーッと書かれていた。
いつの間にかこんなものを……。
「この中から選べば、カヤ先輩が喜ぶプレゼントをゼッタイに買えるよ!」
それにしても、よくこんな詳細に聞き取れたものだ。普通にプレゼントをするならまだしも、サプライズでやろうとしているのに、こんなに欲しいものを引き出すなんて……。
「ちなみに、どうやってこのみをききだしたんですか?」
「もちろん、『カヤ先輩、プレゼントをもらうとすれば何がいいですか?』って聞いたよ!」
「アウトー‼」
完全アウトだよ‼ ドスレート直球で聞いたなレイ先輩‼
「これって、レイせんぱいがカヤせんぱいにプレゼントをあげるよー、っていってるようなものじゃないですか!」
「…………あ」
「…………あ」
やっぱり気づいていなかったんかいっ! しかもフローリー先輩まで一緒に!
「で、でもきっと大丈夫だよ! うん。その時何にも言われなかったし!」
「カヤ先輩のことですからきっと気づいていないはずですよ、はい」
いやいやいやいや、絶対気づいているでしょ!
そうカヤ先輩を弁護しながら、先輩二人が否定しているわけだし、頭のどこかで、もしかしたら気づいていないかも……と思っている自分がいた。
カヤ先輩、本当にごめんなさいっ‼
※
「クシュンっ‼」
バラバラバラッ! と頂上まで後一歩だったカードのピラミッドが崩壊して、床や机にカードが再び散らかる。
しばし動きを止めた後、ハァ~とため息をついて、ゆっくりとそれらを一枚一枚拾い集めながら、独り言。
「誰か噂でもしているのかなぁ……」
※
それからさらに歩くこと数分。
俺たちは、最近オープンしたという商店街の一角にあるショッピングモールにやってきた。
「素晴らしい施設ですね」
「すごーい!」
「おお……」
ショッピングモールというよりかは野外アウトレットだな。二階建てくらいの建物が、区画に沿ってズラーっと並んでいる。
建物に入っている店は様々だ。小物を売っているところもあれば、宝石を売っているところもあるし、食品を売っているようなところもある。
夏休みということもあってか、たくさんの人がここを訪れていて、人通りはとても多かった。
「ところでレイ、結局誕生日プレゼントには何を買いましょうか?」
フローリー先輩が何気なく問いかけると、レイ先輩はフフーンと鼻息を荒くする。
「実は、これかな! っていうのが一つあるんだ!」
「そうなのですね」
「そのしょうひんとは……?」
「その商品とは……」
※
窓から差し込んでくる日の光も斜めになって、部屋の中は赤くなってきている。
私は暗くなってきた室内を照明で照らし、カードのタワーづくりに没頭していた。
「よし、あと少し……」
二回の失敗を経たタワーは、遂に頂上を残すのみ。緊張してカードを持つ両手がぶるぶる震える。
私は一度深呼吸をして、身体を落ち着かせると、カードを頂上に乗せる。
「…………たった」
カードのタワーが遂に完成した。全部で六段の超大作だ。
思わずやったー‼ と叫びそうになった途端。
「ただいまー‼」
バーン! と勢いよくドアが開いた。その衝撃でタワーがバラバラと崩れ落ちていく。
私はその光景を口を開けて見守るしかない。
崩壊したタワーのカードは床や机に散らばった。
ズーン、と自分でもテンションが下がるのが分かる。
「カヤせんぱーい‼ ってあれ?」
「おかえり~……」
レイが項垂れた私を見て、不思議そうに首を傾げた。
「ただいま戻りました」
「ただいま〜」
レイに続いてフローリー、そしてフォルちゃんも帰って来る。どうやらあの後、フォルちゃんも二人にうまく合流できていたようだ。
「レイ」
「どうしたの先輩?」
「皆でどこに行っていたの?」
私が何気なくそう言うと、レイは分かりやすくギクッ、と動きを止める。
ほほーう、これは何かしていた予感。
じーっと見つめていると、レイの目が泳ぎ始めた。ついでにその横に立っているフローリーの目も。
「え、ええっと……ちょっと買い物をしていたんだよ。うん」
「そうです、ええ。カヤ先輩に黙って買い物に行ったのです」
「せ、せんぱい! くちにでてる!」
フォルちゃんが慌てたように手をバタバタさせながら二人に叫ぶ。
目を『><』にして手をバタバタさせるフォルちゃん、めっちゃかわいいんだけど。
見ているだけで癒されるわ~。
「じ、実はわたくしたちは、王都に最近開業したという大規模な商業施設へ行っていたんですよ」
「あ~、あれのことか~」
最近オープンしたらしい、南にあるあの施設か。
いいなぁ……。私も行ってみたかったなぁ……。
ハッ‼ これはもしかして、買い物に行っている間、私にしっかり勉強をしておけ! と暗に言っているということなのか⁉ 採点待ちだからと浮かれて遊ばずに、勉強すべし、と。そういうことなのか⁉︎
「カ、カヤせんぱい……?」
「何か気分がすぐれないように見えますが……」
「だいじょーぶ、先輩?」
「……何でもないよ」
後輩たちが今の私の心情も知らず、心配してくれていた。
「とりあえず、お腹も空いてきましたし、お夕食に行きましょう」
「さんせーい!」
「いきましょう!」
そういうわけで、私たちは食堂へと向かったのだった。
※
「カヤせんぱい」
「どうしたの、フォルちゃん?」
夕食を食べ終え、五○九号室の入り口のドアを開けるなり、フォルちゃんが話しかけてきた。
「このあと、わたしたいものがあるので、リビングでまっていてくれますか?」
「あ、うん。わかった」
フォルちゃんは私のこの答えを聞くと、自分の部屋へと引っ込んでいった。
いったい何だろう……。もしかして、今日の買い物に関連することなのかな?
すると、向こうの部屋から三人がやって来た。手には包装紙に包まれた大きく平たい箱。
「よいしょー」
レイがテーブルの上にそれを乗せる。この中にはいったい何が入っているんだろう?
「カヤ先輩! 今日は何の日でしょーか⁉︎」
「え、どうしたの突然」
「いーからいーから!」
「えー……う〜ん……」
今日は熱の月の十日。レイが質問するくらいだから、きっと何か重要な日なんだろうけど……。私には何も思い浮かばない。
「カヤ先輩、テスト受け終わったからって油断しないで勉強がんばってね! の日……?」
「なにそれ」
だよねー。適当に思いついたことを言ってみただけだもん。
すると、ごほん、と気を取り直すようにフローリーが咳払い。
「今日はカヤ先輩のお誕生日ですよ」
「「お誕生日、おめでとうございます!」」
後輩たちがパチパチと拍手をする。
そんな後輩たちに、私はその瞬間思ったことをその通りに伝えた。
「私の誕生日、明日だよ?」
その瞬間、場が凍りついた。
「え?」
「え?」
「え?」
「……え?」
※
「そうだったんですね」
「誕生日は明日だったのですか」
「間違えちゃった……!」
数分後、私の誕生日についての知識のすり合わせが終わり、後輩たちは納得の表情をしていた。
なるほど、今日が私の誕生日だと勘違いしていたから、あんな挙動不審だったわけか~。
ちなみに、間違いの元凶はレイちゃんだった。どうやら私の誕生日を本来の日付より一日前だと勘違いしていた。
「それで、誕生日プレゼントに何を渡そうとしていたの?」
「え、ええと……一日早いですが、渡してしまいますね」
フローリーが丁寧に包装紙を外してふたを開けると、箱の中には大小さまざまな丸いお菓子。
「これは……ワクワクのお菓子じゃん! 私の大好物!」
「実は、サスケさんの商会のお店があのショッピングモールに出るって、旅行中に聞いたんだ。そこに、前に聞きだしたカヤ先輩の好物も売ってるだろうな〜って!」
おおー。久しぶりに見るけど、マジで美味しそう。見ただけで、食べたときの匂いとか味とか食感が、口と舌と鼻に再現される……ジュルリ。
さっきの夕食でお腹いっぱいに感じていたけど、これは完全に別腹だ。
「ね、食べてもいい?」
「もちろん! カヤ先輩のものだからね!」
では、早速食べちゃおっか!
この時の私は、この後体重がかなり増えてしまうだなんて、全然これっぽっちも想像していなかった。