「……皆、集まったか」
熱の月のある日。王都、王城のとある一室に、アークドゥルフ王国第六十五代国王、ディオストリス・ラディウス・アークドゥルフは着席していた。
部屋の装飾は、彼が貴族を招いてパーティーをするときに使用する部屋よりも、はるかに控えめに抑えられている。しかし、この部屋が持つ役割や、彼自身の雰囲気もあってか、この場には厳かな雰囲気が漂っていた。
彼の前には巨大な細長いテーブルが奥まで続いており、左右にはお互いが向かい合うように席が奥まで連なっている。
ここは普段、会議室として使われている場所である。国王を始め、大臣や各関係者が集まり、これまでに何度も国の政の重要な部分が決定された、歴史ある場所だった。
しかし、現在その席の大半は空席となっていた。席を埋めているのは、王側に着席している十人にも満たない人のみ。
ディオストリスから向かって右側には三人の人物。それぞれの着ている服はバラバラだが、どれも立派な服装だった。
向かって左側にも同じく三人の人物が着席していた。右側とは対照的に、全員が同じ服装──軍服を着用している。異なっているのは、胸のエンブレムの色だけだった。
全体的に見れば、左側には若い人が、右側には年上の人が多かった。
すると、右側の最も手前に座っていた、恰幅の良い、頭部が少し寂しい人が、少し気に入らなさそうに、彼の正面に座っている水色のエンブレムの男性に問いかける。
「宮廷魔導師団はこれで全員か? あと四人はどうした」
「別任務に従事しているゆえ、本日はここにいる三名のみです」
「……ふん、まあええわい」
「ディーゴ卿! 態度を慎みなされ。陛下の御前でありますぞ!」
すると、右隣に座っていた軍服の姿勢の良い男性が諌める。六十代くらいだろうか。
その言葉に、ディーゴ卿と呼ばれた男は、不服そうに目を逸らした。
「……では、早速始めよう」
ディオストリスは自ら話題を切り出す。
「本日諸君らを呼んだのは、他でもない、先日ドルディア州の海岸に出現し、その場で斃され王都に運ばれてきた、竜についてである。
まずは、魔法大臣クリストフ・ファーク・クズムンドフィール侯爵、竜についての報告を」
「はっ」
すると、右側の席の一番奥に座っていた男性が立ち上がる。
右側に座っている人の中では最も若く、彼はまだ三十代半ばだった。長い金髪を後ろで束ね、眼鏡を掛けたとても知的な風貌の男性だ。
そんな彼には、この年で魔法大臣に登り詰めるだけの素晴らしい才能があった。
実は、王立学園の魔法科に入学後、最初の実力テストで、学園史上初めて最終レベルの試験まで合格する、という伝説を残していた。また、学園卒業直後には魔導師試験に合格するという快挙も成し遂げている。現在も、魔導師試験の最年少合格記録は破られていない。まさに稀代の天才であった。
クリストフは立ち上がると、堂々と報告書を読み上げる。
「まずはいきさつから。
熱の月四日午後零時過ぎ、ドルディア州ドルディア市南東三十キロほどの海岸沖にて、竜を旅行中の少女四名とその保護者一名が発見しました。真っ直ぐ西進し向かってくるのを見て、少女四名のうち三名と保護者一名が避難し、残りの少女一名が時間稼ぎを決行しました。
午後零時半頃、少女が竜を殺害し、竜は現地商会の倉庫に落下しました。それを見た避難中の四名は引き返し、少女の手当てを行った後、午後一時半頃にドルディア市のハンターギルド及び魔法省の支局に報告しました。そして、同時刻に王都にも報告され、宮廷魔導師団のジークフリート団員とロナ団員が出動しました、と」
クリストフは顔を上げて正面をチラッと見る。向かいに座っていた、ジークフリートは腕を組みながら頷いていて、左隣のロナは生気の無い目でどこかを見つめていた。
「午後三時頃、ハンターギルド職員と魔法省が現場検証を開始しました。直後に、団員二名が現着し、竜の死体を回収しました。そして翌日午前九時頃に、王都郊外の魔物研究局の施設に収容された、というわけです」
「その後はどうなったのか?」
ロナの左、ディオストリスの一番近くに座っていた、水色のエンブレムをつけた宮廷魔導師団の男性だ。
「まあ、慌てずに、リュード団員」
そして、一度咳払いをすると、クリストフは説明を続ける。
「施設では竜の解剖が行われました。解剖結果は後ほど述べるとして……解剖後は、重要ではないと判断された部分は競売にかけられました。現在は、競売にかけたすべての部位が完売しました。
その利益はしめて四千六百万セルほど。うち二千万セルは、竜を斃した少女への補償金、一千万セルは竜の落下により損壊したエスタニア商会の建物の修理代金として、五百万セルはハンターギルドへの褒賞金として、それぞれに支給しました」
「なるほど、一千万セルほど手元に残っているわけだな」
「ええ、その通りです、エルステッド公爵。この金額は臨時収入として計上し、来年度の予算に追加される予定です」
その言葉に、ディーゴは満足そうな顔をした。
「竜の解剖をしたところ、左目と脳以外はだいたい綺麗な状態で残っていました。それらが損傷していたのは、少女が斃した際の致命傷となったからでしょう。
ただ、一つに気になるのが、この竜はまだ子供だった、ということです」
「……幼体だと何がおかしいのか、クリストフ卿」
「もっともな疑問です、ティモスワール公爵。
竜というのは目撃された例がかなり少なく、その生態もあまりよくわかっていません。
ただ、古の書物によると、子供の竜は必ず大人と一緒に、群れで暮らしているというのです。
それに、竜というのは普段は我が国の東に広がる大海の海中に生活していて、宙に浮いたままでいるのは稀であるそうです。
そう考えると、今回の状況はかなりおかしいと思わざるを得ません。目撃談によると、幼竜が、一匹で、ずっと宙に浮きながらひたすら西に進んでいた、と。
しかも、致命傷以外に、尾の方にも複数の切り傷の痕が残っていました。人為的につけられたような傷です。
これらのことから……おそらくですが、この竜は何者かの攻撃から逃れるために、親竜とはぐれて西へ西へと逃げていき、我が国に到達したのではないか、と考えられます。
そして……皆さんはもうお察しかもしれませんが……ここに『魔人』の影響がある可能性も排除できません」
その瞬間、部屋の中の空気が一気にピリついた。
「……なるほど、だからこうして会議をしているわけだ」
ディーゴがぼやくと同時に、クリストフは『以上です』と着席した。
「ご苦労。……もし魔人が再び活動し始めているのであれば、これは憂慮すべき問題である。
八年前の悲劇を繰り返さぬためにも、普段からの監視の強化や軍事力の強化が必要である。
そこで、現状を今一度確認し共有しようと思う。軍部大臣シモン・バスケス・ティモスワール公爵、ドルディア半島の監視基地の現状の報告を」
「はっ」
シモンと呼ばれた軍服の男性は、右側の中央の席から立ち上がって報告書を読み上げる。
「先程、魔人の活動が示唆されましたが、最新情報では、ドルディア半島に位置するマッキントン軍事基地、およびウォッチェル監視基地からは異常無しとの連絡が入っております。
また、その他軍事基地及び他国に滞在中の諜報員からも、魔人の活動に関する情報は入っておりません。
しかし、我が軍は、魔人が我が国に襲来した際、迅速に対応できる仕組みを構築しております。また襲来に備えて日々の鍛錬も続けており、いつでも戦う準備はできている状況でございます」
「よきかな……だが、万が一ということもある。半島先端部の軍事基地をはじめ、ドルディア州の兵士の増員を実行せよ」
「ははっ、承知いたしました」
シモンは着席した。ディオストリスは、その手前に座っている人物に目を向ける。
「次に、内務大臣ディーゴ・キルト・エルステッド公爵。ハンターギルドとの連携について、報告せよ」
「はっ」
代わりに、最も手前に座っていたディーゴが立ち上がった。
「ここ数年かけて、ハンターギルドとの協力体制を整えてきました。地方政府が現地のハンターギルドに依頼する公共クエストも、最近は増加しつつあり、クエストの成功率もかなりの高水準を維持しております。
また、ハンターギルドには、魔物への対策費として補助金を出したり、公的サービスとの連携を増やしたりしております。これにより、ハンター全体の人数の向上に伴い、質の向上も見込めるものと思われます。
もし魔人が襲来したとしても、すぐに公共クエストを依頼する準備は整っております。草の根のセーフティーネットは着実に育っていると言えるでしょう」
「うむ、ご苦労であった」
ディーゴが着席すると、ディオストリスは今度は左側の宮廷魔導師団員の方を見る。
「これから、魔人との戦闘が起こるかもしれないが、諸君らは覚悟ができておるか?」
「当然のことでございます」
「……完全撲滅」
「次に現れたら、必ずその息の根を止める覚悟です」
リュード、ロナ、ジークフリートがそれぞれ力強く発言する。三人ともやる気満々だった。
その様子にディオストリスは満足げに頷いた。
「……他に、何か質問などはあるだろうか」
そう言って会議を締めにかかるが、その場に挙がる右手一つ。
ディオストリスはその者の名を呼んだ。
「クズムンドフィール侯爵」
「はい……半ば個人的なことにはなりますが、ジークフリート団員とロナ団員にお聞きしたいことがありまして」
「何だ?」
「竜を斃した少女のことです。一体何者なんでしょう? 現場に行ったお二人なら、何か知っているかなと」
「ああ、あいつのことか……。七歳の子供で、確か名前は……」
「フォルゼリーナ・エル・フローズウェイ」
「そうだそうだ。王立学園の魔法科の一年生で、『虹の濫觴』にも入っているってよ。クリストフ卿の後輩じゃあないか?」
「そうですね! まさかその年で竜を単独で斃してしまうなんて、将来有望だなぁ〜」
「……む。今フォルゼリーナと言ったか? ロナ」
「……そう」
「どうしたんだ、リュード」
「……二年前、三人でテクラスの貴族の結婚式に乗り込んで、そこで暴れていた容疑者の貴族の兄弟を逮捕したことを覚えているか?」
「……ああ、そういえばそんな事件あったな」
「その時の結婚相手の親族だったはずだ。現場にもいたはず……」
「そうなのか。じゃあ俺たちに会うのは初めてじゃなかったのか」
「……『爆殺幼女』とも呼ばれている」
「そうだそうだ、そんな風に呼ばれていたんだったな。よく覚えているな、ロナ」
「あの爆殺幼女ですか⁉︎ 三歳で『バースト』を会得し、ゴブリンの群れを壊滅させたという⁉︎ なるほど、同一人物だったのかぁ……」
そんなクリストフの様子を見て、シモンは笑いながらディオストリスに語りかける。
「こんなに強い子供がいるなんて、我が国の未来は明るいですな、陛下」
対して、ディオストリスはどこか遠くを見つめていた。
「陛下?」
シモンの不思議そうな声で、ディオストリスはようやく心をこの場に戻す。
そして、何事もなかったかのように同意した。
「……うむ。是非とも、我が国に繋ぎとめておきたいものだ」
その後は特に誰からも質問がなかったため、会議は終了となり、解散となったのだった。