入寮してから授業の開始まで、数日間の猶予があった。
その間、カヤ先輩やフローリー先輩に、学校の敷地を案内してもらい、学校の施設について色々知ることができた。
そして、晴の月七日。学校の授業が始まる日だ。
これで、今日から晴れて、俺は名実共に王立学園の一員である!
俺は興奮から朝早くに目覚めると、先日寮に届いた制服に着替え、食堂で朝食を食べて準備を整える。
今日は、どの学年も一斉に学校が始まるので、先輩らと一緒に行くことになった。
寮から出ると、他の大多数の生徒たちもぞろぞろと校舎に向かっていた。
その流れに合流して、そのまま身を任せて進んでいく。
少し歩くと、大きい白色の校舎が見えてきた。
高さは五階建てでかなり大きい。さすが、全校生徒千人越えのマンモス校だ。
俺たちは人の流れに乗るようにして、校舎の中へと入っていく。
「じゃあ、私はフォルちゃんを教室に案内してくるよ」
「わかりました。それでは、また後ほどお会いしましょう」
「フォル、カヤ先輩、ばいば〜い!」
昇降口から中に入ったところで、レイ先輩とフローリー先輩は上へ続く階段へ進み、俺とカヤ先輩がその場に残った。
「さ、魔法科の教室にいこっか!」
「はい!」
周りを見ると、俺と同じくらいの子供が、カヤ先輩と同じくらいの上級生に連れられて歩いているのが目に入る。
きっと、この学校の文化として根付いているのだろう。
「一年生の教室に行くのって、何年ぶりだろうな〜」
カヤ先輩は周りを物珍しそうに眺める。
しばらく廊下を進むと、一年生の教室が見えてきた。そのうちの一つに、『魔法科』と書かれたプレートのあるクラスがあった。
「ここがフォルちゃんの教室だね」
「ありがとうございました」
「じゃあ、私は行くね」
カヤ先輩は手をひらひらと振って、歩いていってしまった。
俺は、緊張しながらドアを開けて中に入る。
既に教室には十数人が着席していた。俺が入ると、大半の視線がこちらを向く。なんか怖いんだけど。
そのせいで、自分でも動きがロボットみたいになっているのが分かる。
この教室は、前世の小学校とか中学校などの、机と椅子が独立しているスタイルではなく、大学などの、席が教室に固定されて連続しているスタイルだ。
黒板には『席は自由』と書かれていたので、俺は適当に隅っこの席に座る。
それから周りを見渡すが、ジュリーの姿はない。話せる人が現状彼女一人しかいないため、早く来てくれー! と心の中で願わずにいられなかった。
それから数分後、何回目かのドアの開閉が行われたとき、やっとジュリーが入ってきた。
暗いトンネルを進んでいたら遠くに一点の光が見えた気分になって、俺は中腰になって彼女に大きく手を振る。
ジュリーはそれに気づくと、俺の隣に着席した。
「おはよ、フォル」
「おはよう、ジュリー」
「きょうってなにをするのかな?」
「なんだろうね? きょうかしょをくばるのかな?」
授業の初日って、だいたいそんな感じじゃないか? 一発目からバリバリ授業をやる! とかは無いと思うけどね。
それからジュリーと寮のルームメイトの話をしていると、突然教室のドアが開いた。
俺たちは話を中断して、ドアの方を見る。
入ってきたのは、スーツのような服を着こなしている女性だった。
教室中の視線がその女性に注がれる。
しかし、その女性は視線の嵐に眉一つ動かさず、それどころか教卓の前で、真っすぐに俺たちを見据えて、はねのけた。
この人、どこかで見たことあるな……。
そうだ、入学式の時、俺たちを引率した人じゃん! この人が担任なのかな?
ちょうどその時、始業の合図らしき鐘の音が鳴った。
短いその音が余韻を残して消えると、女性は口を開いた。
「皆さん、おはようございます」
「「「おはようございます」」」
何人かが、先程静かにしていた反動だろうか、元気よく大きな声で返事をした。
しかし、大部分は緊張から来るまだ硬い表情のままだ。
「私は、今日から魔法科の一年生を担当する、オリアーナ・ジェイ・イングリスです。よろしくお願いします」
「「「「「よろしくおねがいします」」」」」
先程の何人かの元気のいい返事のおかげで、教室の声はさっきよりも大きくなった。
「それでは、早速ですが、順番に自己紹介をしてもらいます。今から少し時間を取るので、その間に内容を考えておいてください。内容は自由です」
自己紹介か……。何を言えばいいんだろうな……。
初めましての人ばかりだし、人間関係は第一印象で決まると言っても過言ではない。しかも、この先十年ほどは一緒に学んでいくわけだから、変なことを言ってハブられたりいじめられたりするのは避けたい。
「それでは、こっちの前の人から、後ろの方へ順番に自己紹介をお願いします」
うーん、と悩んでいるうちに、自己紹介が始まってしまった。
特に慌てる様子もなく、俺の座っている列の一番前に座っている少年が、席を立って後ろを向く。そして、氏名と『よろしくお願いします』とだけ言って座った。
それが終わると拍手。そして、次の人も同じ内容を言う。
なんか淡々とし過ぎていて怖い。びっくりするほど情報量が少ないのだが……。もっとこう、あるでしょ、言うべきこと。
そうこうしているうちに、俺の番がやってきた。俺は席を立つと、緊張で変なことを口走らないように気を付けながら自己紹介を始める。
「……ふ、フォルゼリーナ・エル・フローズウェイです。よろしくおねがいします」
そして、淡々とした拍手。なるほど、確かに単純な自己紹介が起こるわけだ。俺はやっと納得した。
「それでは、フォルゼリーナさんの隣の人から、今度は前へ自己紹介をしましょう」
俺が座ると、入れ違うようにしてジュリーが立った。
「ジュリアナ・ドン・ガレリアスです。とくいなまほうは、ちけいとうのまほうです。よろしくおねがいします」
ジュリーは今までの紹介に一言付け加えた。
そのおかげか流れが変わり、それからは自分の得意な魔法も紹介するようになった。
自己紹介が終わると、先生が口を開く。
「ここにいる三十人は、約十年間、一緒に学ぶことになります。仲良くしつつも、お互いを高め合っていきましょう」
その後、俺たちには文房具が支給された。鉛筆、字消し、筆箱、ハサミ、通学カバンなど、これからの学校生活には必要不可欠なものだ。先生の指示で、自分の名前をそれぞれに書く。
その間に、先生は黒板にチョークで流麗な字を書き始めた。
一瞬、周りの人は文字が読めるのかと疑問に思ったが、読めない奴は入学試験で振り落とされるはずだよな、とすぐに思い直す。
黒板の八割を文字が埋め尽くすと、先生はプリントを手に取った。
「まずは皆さんに時間割表を配ります。一枚取って、後ろに回してください。プリントが手元に来たら、自分のお名前を書いてください」
ほどなく回ってきたプリントの片面には、時間割表が印刷されていた。
「これから、この学校の授業の仕組みについて話します。少し難しいかもしれませんが、わからないところがあれば、先生や、寮の先輩に聞いてくださいね。
まず、この学校の授業は、一週間の二日目、三日目、四日目に行われます。一日目と五日目はお休みです」
この世界の一週間は五日間だ。確か、バルトやルーナもこのスケジュールで働いていたはずだ。三日やって二日休みとか、前世よりもかなり楽だな。
それに、時間割表によると、どうやらこの学校の授業は二週間、つまり十日が一セットとして扱われているようだ。
つまり、毎月下一桁が二、三、四、七、八、九の日にそれぞれ同じ授業が行われる。
「学校の授業は、大きく分けて二種類あります。必修授業と選択授業です。
必修授業は、皆さんが必ず受けなければならない授業です。選択授業は、受けても受けなくてもよい授業です」
オリアーナ先生は、『必修授業』と『選択授業』の文字を丸で囲むと、話を続ける。
「皆さんの時間割には、あらかじめ必修授業が入っています。余った時間は、自分の好きな選択授業を取ってもいいし、何も選択せずに、自由に過ごしてもいいです」
表を見ると、確かに先生の言った通り、必修授業の他に空白の欄がいくつかある。ここに選択授業を入れるのだろう。
なんだか大学の講義みたいだなぁ……。大学に通ったことないけどさ。
「ただし、同じ時間に選択授業は一つしか選べません。また、必修授業と同じ時間に選択授業を選んでもいけません。そこは注意してくださいね。選べる選択授業は、裏面に詳しく書いてあります」
プリントを裏返すと、選択授業がずらっと列挙されていた。おそらく、これが俺たち魔法科の一年生が選択できる選択授業なのだろう。
「もし何かわからないことがあったら、この後先生に聞いてください。また、寮の先輩に聞いてもいいですよ。それでは、何か質問がある人」
誰も手が挙がらなかったのを確認すると、先生はチョークを置いて、パンパンと手を払った。
「それでは説明は以上です。明日までに、自分が受けたい選択授業を決めて、裏面に丸をつけてきてください。それが今日の宿題です。それでは、さようなら」
「「「「「さようなら」」」」」
結論、この学校は想像とは全然違う。予想以上に自由そうだ。
ここに限らず、他の学校もこんな感じなのだろうか?
続々とクラスメイトたちが席を立って、廊下に出ていく。
筆記用具を筆箱にしまっていると、ジュリーが声をかけてきた。
「フォル、このあとどうする?」
「うーん……」
どの選択授業を取るか、じっくり考えてたいところだけど……。
「まずは、おひるごはんかな」
「そうだね」
帰ったら色々先輩に聞いてみよう。俺はプリントともらったものを鞄に突っ込むと、ジュリーと一緒に食堂へ向かうのだった。
※
「ただいまー!」
元気よく声を上げて、五〇九号室のドアを開けると、そこにはフローリー先輩の姿。
自分の部屋から廊下に出てきたところらしく、眠そうな顔をしている。
「お帰りなさい、フォルゼリーナ」
そこまでは、ありふれた普通の光景と言えよう。ただ一点を除いては。
「せ、せんぱい……」
「? どうしました?」
俺は急いで玄関のドアを閉めると、一旦深呼吸する。
そして、落ち着いて、ゆっくりと、しかしはっきりと指摘する。
「ふくをきてください」
「……あ」
フローリー先輩は、ようやく自分がどんな状態なのか気づいたようだ。すっぽんぽんの自分のありさまに。
なんだかわざとらしく思えてくる。本当に素だったのか……。
「はわわわわわ」
フローリー先輩はバッとこちらに背を向けて、赤くなって固まっている。
「と、とりあえずへやにはいってください!」
俺はフローリー先輩が出てきた部屋のドアを開けて、先輩を押し込むとドアを閉める。
女の子同士でも、裸は安易に見せ合うものじゃないからね……。
数分後、ガチャリとドアが開いた。
今度のフローリー先輩は服を着ている。
「みっともない姿を見せてしまい、申し訳ありません」
「……きをつけてください」
「はい」
廊下を進んでリビングに向かうと、カヤ先輩がぼりぼりお菓子を食べていた。
「おふぁえり」
「口に物を入れたまま喋らないでください」
フローリー先輩がジト目で注意する。
お昼直後なのに、おやつなんて食っていいのかよ……。
食べているものを飲み込むと、カヤ先輩はフローリー先輩に尋ねる。
「ところでさっきはどうしたの、フローリー?」
「え? 何がです?」
「さっきなんか廊下でフォルちゃんと話していたじゃん」
「それは……」
「もしかして、また素っ裸でベッドでお昼寝してて、寝ぼけたまま廊下に出たんでしょ?」
「え⁉」
素っ裸でベッドで寝る⁉ まさかそんなことは……。
「……はい」
認めたよこの先輩! 普通は素っ裸で寝ないって……。もしかしてアーサリノフ帝国では皆こうなのか? いやいや、それはさすがにあり得ないだろう……。
「フォルちゃん、びっくりしたでしょ?」
「は、はい……」
「フローリーはいつもこうなんだよ。裸で寝ないと落ち着かないんだってさ〜」
ぼりぼりと煎餅のようなものを食べながら、カヤ先輩は言う。
「レイが入ってきたときなんか、大変だったよ。手あたり次第吹聴して回ろうとしたからねぇ。いやー、あれは止めるのが大変だった」
「……今となってはいい思い出です」
「あの、フローリー先輩」
「何ですか、フォル?」
念のため聞いておこう。
「ていこくのひとは、みんなこうなんですか?」
「⁉ そんなわけないじゃないですか!」
「ですよね……」
それを見て、カヤ先輩はニヤニヤ笑っている。
「ほら~、そう言われるから早く直せって言ってるでしょ~」
「……そうですね。気を付けます」
「ところで、レイせんぱいは?」
「あー、あの子なら多分ランニングしているんじゃないかな〜? ま、じきに戻ってくるよ」
そういえば、初対面の時もランニングをしていたんだよな……。さすが体育科だ。きっと体を動かすのが好きなのだろう。
俺は荷物を下ろすと、その中から今日配られたプリントを取り出す。
「そういえな、せんぱいがたにそうだんがあるんですけど」
「お、なになに?」
「せんたくじゅぎょうとじかんわりについてなんですが……」
俺はプリントをテーブルの上に置く。
カヤ先輩とフローリー先輩は、それを覗き込んだ。
「あーこんなのやったなー。もう十年前の話だけど」
「きっと、先生が先輩方に相談しなさい、とおっしゃったのでしょう?」
「はい」
きっと、時間割の指南も、先輩方が受け継いでいる伝統なのだろう。
カヤ先輩がプリントをめくって裏面を出す。
「まず、見てわかる通り、選択授業って結構自由なんだよ。だから、一つも取らない人もいるし、逆にぎゅうぎゅう詰めにする人もいるんだ」
「カヤせんぱいはどんなかんじですか?」
「うーん……一年生の時は、よくわからなかったから、スカスカにしてたかなぁ」
「フローリーせんぱいは?」
「わたくしは四年生の時に留学してきたので、一年生の時はここにはいませんでした」
そうだったのか。
「でも、フローリーは結構みっちり詰めるタイプじゃない?」
「そうですね。せっかく異国の地まで来ているので、学べることは全て学ぶという意識を絶やさないように心がけています」
めっちゃ意識高い人だ……。
「まあ、最初のうちはほどほどでいいんじゃないかな? ここに書かれている授業は、二年生以降でも取れるみたいだし」
「重要なのは、フォルゼリーナが何を学びたいか、ということです」
「確かにそうだね。結局は自分のために学ぶわけだからね。フォルちゃんは、将来の夢とかあるの?」
「おおきくなったら、きゅうていまどうしだんにはいりたいです」
「「「宮廷魔導師団⁉」」」
え、俺なんかやばいこと言ったかな?
宮廷魔導師団……。特に悪いことは言ってないと思うんだが。
「デカい目標だね〜!」
「高い目標を持つことは良いことです」
うんうんと頷く二人。やはり俺の目標は、二人からしてもかなり高いみたいだ。
「それなら……」
すると、カヤ先輩は一旦席を立って、鉛筆を持って戻ってくると、プリントに下線を引く。
「まず魔法についてのさらなる知識は必須だから、『魔法陣発展』の授業とか取ったらいいんじゃないかな」
「なるほど……」
「あとは武術も身につけた方が良いかもしれません。宮廷魔導師団は軍の組織の一つですから」
「確かに。フォルちゃんは何か武術やってる?」
「いちおう、けんじゅつをならっていました」
「お、それならこの『剣術』とかいいかもね」
カヤ先輩は『魔法陣発展』と『剣術』のところにそれぞれ下線を引いた。
「確か、剣術の授業はレイが取っていませんでしたっけ?」
「そうかも。フォルちゃん、後で聞いてみようか」
「はい!」
この二つなら、必修授業の時間とも被っていなさそうだ。
こうして、俺の一年次の時間割が決定したのだった。