「皆さん、おはようございます」
「「「「「おはようございます」」」」」
翌日の八日。オリアーナ先生が教室に入ってきて、俺たちは挨拶をする。
「昨日出した宿題はやってきましたか?」
「「「「「はーい!」」」」」
教室中が、元気のよい返事で満ちる。
「それでは、プリントを回収するので、前の人へ渡してください」
先生の指示に従って、俺は自分の時間割表を前へ渡した。
先生は集めたそれを机でトントンと揃える。
「はい、全員提出ですね。皆さんよくできました!
集めたプリントですが、このあと先生が皆さんの時間割をチェックして、問題が無ければそれで決定し、改めてそれぞれに時間割を配布します。もし問題があれば、後で呼ぶので、その時に先生とお話しして、改めて時間割を決めましょう」
結局、俺は『魔法陣発展』と『剣術』の授業を選択した。他の授業と時間は被っていなかったし、おそらく大丈夫だろう。
「さて、今日は皆さんにテストを受けてもらいます」
先生はプリントを自身のカバンにしまうと、俺たちにそう告げた。
えー、と教室の中から不満そうな声が出る。
せっかく難しい入学試験を突破してきたのに、またテストか。そう思う気持ちはとてもよくわかる。
むしろ俺は、もしかしたら、この学校はテストばかりのかなり厳しい場所なのかもしれない、とさえ思い始めていた。
「テストといっても、今の皆さんの実力をはかるものです。……まずはテストをやる理由から説明しましょうか」
先生は黒板にチョークで文字を書きながら、説明を始める。
「皆さんがこれから学んでいく授業の中には、このようにレベル分けされているものがあります。例えば、必修科目の国語、数学なんかは、五段階にレベル分けされています」
先生はレベル一からレベル五まで書くと、一番下のレベル一に丸をつける。
「基本的に、一年生の皆さんはここからスタートします。そして、それぞれのレベルの授業を全て受け終わったら、修了テストというテストを受けて、合格すれば次のレベルの授業へ進むことができます。すべての必修科目の、最終レベルの修了テストに合格すれば、晴れて皆さんは卒業、というわけです」
ただし、と先生は言葉を続ける。
「ごく稀にですが、入学時点でレベル一相当の学力を身につけている、という人がいます。そのような人が、レベル一の授業から受けるのは明らかに時間の無駄です。そのような人はレベル二、あるいはもっと上のレベルの授業から始めた方がいいでしょう。
というわけで、そのような人を見つけるために、皆さんにはまずレベル一の修了テストを受けてもらいます。皆さんにとっては、とても難しいテストだとは思いますが、気楽に受けましょう。できないことは全然恥ずかしいことではありません。これから授業で学んでいけば良いのですから」
つまり、今回のテストは自分の立ち位置を確かめるためのテスト、というわけか。
──俺にとっては絶好のチャンスだ。
今までは、自分の実力が、世間から見てどのくらいなのか、あまりよくわからなかった。
だが、このテストをやれば、自分の実力を正しく把握できるだろう。
また、今の先生の話から察するに、どうやらこの学校はかなりの実力主義のようだ。また、飛び級や留年の存在も示唆されている。
これはますます気が抜けないな……。この学校は、俺の想像以上に大変な場所なのかもしれない。
「では、まずは国語のテストから始めます。テストを配るので、筆記用具以外のものは、カバンにしまってください」
皆が一斉に準備を始める。その最中に、先生は付け加えた。
「言い忘れていましたが、今回のテストの結果は皆さんの成績に全く関係ありません。なので、わからなければ全部空白でも構いませんからね」
皆が筆記用具以外をバッグにしまったのを確認すると、先生はプリントを配り始める。
全員にいきわたったのを見て、先生は言った。
「制限時間は次の鐘がなるまでです。それでは、テスト始め!」
授業の開始を告げる鐘が鳴った。
紙を一斉に裏返す、ぺらりという音が教室中に満ち、そして静まる。
そして、俺は問題用紙を見て固まった。
…………ナニコレ簡単すぎない?
テストの問題の最初は、単語を書く問題。『犬』とか『ペン』とかものすごく簡単な、問題ばかりだ。
むしろこれだけ簡単だと逆に怪しい。俺は疑問を抱きつつも、サクサクと問題を解き進めていく。
その後、説明文の読解や作文などもあったが、結構簡単で、最終的にかなり時間が余ってしまった。
「はい、終わりです!」
次の鐘が鳴ってテストが終了するまで、解き終わってから十五分くらいが経っていた。
ざっと見渡した限り、大半の生徒は全部解き切れていないようだ。
「答案を回収します。後ろから前へ、裏返しにして送ってください」
先生はプリントを回収すると、それを揃えてカバンにしまった。
「それでは、次の鐘が鳴るまで休憩です」
先生が立ち去ると、教室の中には弛緩した空気が流れる。
「フォル、どうだった?」
「まあまあかな」
「そうなんだ……わたしはちょっとむずかしかったかな」
ジュリーが俯きがちにそう言うが、先生も言っていた通り、それが普通だ。
あのテストは本来ならばレベル一が終わった生徒が受けるものなのだから。
休憩時間が終わると、先生がまた教室に入ってきた。
「それでは、今度は数学のテストを始めます」
えー! と教室中からまた不満の声が漏れる。
それに対して、先生はさらに追い打ちをかけた。
「今日は一日中テストですよ。皆さんの実力をはかるためですから」
初日からテストかぁ……疲れるなぁ……。
でも、テストの結果次第ではレベルを飛ばせるかもしれないし、そうしたらその分早く卒業できるかもしれない。ここで頑張れば、あとが楽になる。
俺は気合いを入れ直して、数学のテストに臨んだ。
鐘が鳴り、テストが始まると、俺は素早く問題をざっと把握する。
今度はプリントの四分の三が計算問題だ。内容は簡単な四則計算。それがひたすらズラーッと並んでいる。
残りの四分の一は文章題だ。辺り触りの無い問題が並んでいる。
こんな問題、俺の手にかかればちょちょいのちょいだ。
だって俺は前世で、高校三年生までの数学を学んでいたのだから。
そういえば、この世界の数学はどのくらいまで進んでいるのだろう?
まだ産業革命が起こっていないことから察するに、この世界の水準は前世の十六世紀から十七世紀くらいに相当するはずだ。もし数学もそれと同じ程度に発展しているのであれば、まだ微分法が確立され始めた頃くらいではないか?
もしそうだとしたら、俺の知識はまさにチートだろう。まだこの世界で発見されていないことを知っているのだから。
そんなことを考えていると、鐘が鳴ってテストが終了する。
「答案を回収します。後ろから前へ、裏返しにして送ってください」
今回のテストも簡単だった。
もしかしたら、俺の知識水準は、すでに一般の一年生レベルを凌駕しているのかもしれない。
こんな調子で、俺は次々とテストを受けていくのだった。
※
昼前に、すべてのテストが終了した。
食堂で昼食を食べてから教室に戻り、昼休みを過ごすと、午後の授業が始まる。
「それでは、まずは皆さんの時間割を配布します。全員、問題はありませんでした」
今朝時間割を回収したばかりだが、もう確認が済んだようだ。仕事が早いな。
各自名前を呼ばれるので、先生のところまで取りに行く。
全員がそれぞれの時間割を受け取ったところで、先生が口を開く。
「さて、テストも採点が終わりました」
は、早くね……? 午前中に受けたのは五教科。それが三十人分だから、百五十枚の答案を昼休み中に採点したのか。
「それでは、答案を返却していくので、名前を呼ばれた人から前に来てください」
先生はカバンから答案用紙の束を取り出すと、一人ひとりに返す。
「フォルゼリーナさん」
「はい」
俺は四枚の答案用紙を一気に受け取る。予想通りというべきか、国語と数学はほぼ正解で満点に近い。魔法学は九割くらいで、歴史と古代語はあまり取れなかった。
さて、問題はレベル一を修了しているという判定になるかどうかだが……。
全員に答案を返し終わると、先生は話を続ける。
「それでは、今日の授業は終わりです。十一日からはレベル一の授業で学ぶことになります。明日は教科書を配布しますね。
それと、アクスくん、フォルゼリーナさん、ジュリアナさん」
すると、俺の名前が呼ばれた。ジュリーもである。そしてもう一人、男子の名前も呼ばれる。
「三人は教室に残ってください。それ以外の皆さんは速やかに下校してください。それでは、さようなら」
「「「「「さようなら!」」」」」
二十七名のクラスメイトたちが席を立つ。そして、俺たちに好奇の視線を浴びせながら、教室を次々と去っていった。
残されたのは俺と、隣に座っているジュリー。さらに、前の方にポツンと座る赤髪のメガネをかけた少年、アクスだった。
居残りって、何か俺たちやらかしたのかな……。怒られるようなことしたっけ……。
「おこられるのかな……」
ジュリーも俺と同じ気持ちのようだ。
オリアーナ先生は、俺たち三人だけが教室に残ったことを確認すると、教室のドアを閉めた。そして、再び教壇に上がる。
「さて、ここに残っている三人ですが、あなたたちにはもう一度、テストをしてもらいます」
「えー! そんな!」
前に座っていたアクスが思わずといった感じで声を上げる。
それに対して、オリアーナ先生は、まあまあ、と彼を宥めた。
「テストの点数が悪かったわけではないですよ? むしろ、良かったからこそ、こうして残ってもらっているんです」
「……どういうこと?」
ジュリーが聞き返すと、先生は笑顔で答える。
「今残ってもらってる三人は、少なくとも一つの教科で、レベル一を習い終えたくらいの学力がある、と判定されたんですよ。つまり、その教科については、皆さんにはレベル二以上からスタートしてもらいます。つまり、飛び級です」
先生は話を続ける。
「ですが、もしかしたら、皆さんの中にはレベル二を習い終えたくらいの学力を持っている人がいるかもしれません。そのため、これからレベル一修了レベルと判定された教科について、レベル二の修了テストを受けてもらいます」
ここで、俺は手を挙げて質問する。
「せんせい」
「はい、何ですか、フォルゼリーナさん?」
「もし、レベル二のテストにもごうかくしたら、レベル三のテストをうけることになるんですか?」
「はい、その通りです」
「もしレベル三にもうかったら……」
「レベル四を受けてもらいます。もし、レベル五の修了テストに受かったら、その教科の授業を受ける必要はなくなります。まあ、そんな人は学校が始まって以来、一人しか出てないですけどね」
いるんかいっ! ま、まあ、三百年以上も続いている学校みたいだし、歴史上一人くらいはいてもおかしくはないか……。
とりあえず、何をやろうとしているのかということは理解した。
今からやるのは、いわばサドンデス。合格点を下回るまでレベルをどんどん上げていくテストだ。
自分の限界を試されているようで、何だか燃えてくるな……。
「まず、三人ともレベル一修了相当だった、国語の試験から始めます。テストを配るので、筆記用具以外のものはカバンにしまってください」
先生が直接俺たちの元へ、テストを裏返しのまま渡してくる。
やれるだけやってみるか!
「それでは、テストを始めてください!」