「それでは、模擬戦、開始!」
そんなレニアの声とともに、シャルとハルクは、勢いよく互いに向かって疾駆した。
地面を蹴って、互いの距離を急速に縮める二人。最初から全力だ。もちろん、どちらも身体強化魔法も発動している。
動きと同時に加速する思考で、シャルは気づく。
……速い!
シャルは、向かってくるハルクの速度に素直に驚き、目を見開く。相手の顔には『どうだ、やってやったぜ』と言いたげな笑みが張り付いている。
どうやらシャルはハルクを少々過小評価していたようだった。
そして、二人の剣が交わる。
ガッキイイイイインンン‼
金属の塊どうしが激突し、二人の間に火花が散る。
その手ごたえに、シャルは驚きで大きく目を見開いた。
そのまま、二人は力を争うように、鍔迫り合いをする。
「どうだ、俺の剣術は?」
ハルクが口の端をゆがめながら、どこか楽しそうに嗤いながら、シャルに問いかける。
「……どうやら、あなたは本気で練習していたみたいね」
「はッ! 俺の努力をなめないで欲しいなァ!」
そう言って両者は同時にバックステップ。
ハルクは休んでいる暇もなく、再度剣を振りかぶり、突撃してくる。
「ウオオォォアアァァッッ!!」
「ハアアァァアアァァッッ!!」
無自覚のうちに両者は叫びながら、剣を打ち合わせる。
二度三度、剣が打ち合うたびに甲高く重い音が響く。
二人はそんな重さを意にも介さずに、剣を思いっきり振るう。
そこに手加減はない。
剣戟がどんどん加速していく。
汗がキラキラと日光を反射して輝く。
「おおおおー!」
審判役のレニアは、近くで一人で大盛り上がりだ。
金属の激突音が校庭に響き渡る。
始まってからどれくらいが経っただろうか。
ハルクもシャルも、何度目かのバックステップをして、互いに距離を置いていた。
「はあ、はあ……はぁ」
「はぁーはぁー……ふー」
両者とも汗だくになり、息が上がっている。
体力も魔力もかなり消耗している。残りはあと少しだ。
「これで、最後ね……」
「そうだな……、まあ、勝つのは俺だがな……」
「それは……どうかな……」
そう言って互いに不敵な笑みを浮かべる。
そして、どこからかザザッという音がした瞬間、二人は同時に足を踏み出した。
この時の両者の思考は完全にシンクロしていた。
「「これで決める!」」
シャルは、加速された意識の中で思う。
わたしは体力面でハルクに劣っている。このまま打ち合えば、体力切れで、先にわたしが力尽きてしまう。
だから、奥の手を使わせてもらうっ! それで、わたしが勝つんだっ!
ハルクは疲れているとは思えない素早さで、剣を上段から振りかぶってくる。
ここからは一つの失敗も許されない。シャルは剣を下から振る。
二人の剣が、接触する。
ただし、今度は奏でる音の長さが違った。
ガキイイイイイイイイインンン!
確かにその瞬間、ハルクの目が驚きで見開かれたのを、シャルは目撃した。
それはそうだ。これまでと同じようにぶつかって止まるだろうと思っていた剣が、まさか滑っていくとは予想していないだろう。
普通、そうすれば自分の剣は当たるが、また同時に相手の剣も当たってしまう可能性が高い。
しかし、結果的にはそうならなかった。シャルの剣が、ハルクの剣の方向を変えながら滑っていったのだ。
剣先をそらされたハルクは、バカな! とでも言いたげな顔をしている。
一歩間違えれば、シャル自身もハルクの剣によって傷ついてしまう。この技にはとても綿密な調整が必要なのだ。
それを、シャルは疲労が溜まっているこの終盤で、やってのけた。
この三年間、ハルクだけが成長しているわけではなかった。むしろ、シャルの方が大きく成長していた。
フォルという、見たこともない形の剣で、見たこともない技を繰り出す、シャルと渡り合えるほどの実力を持った者が現れたからだ。
この技は、フォルが使っていた、剣の軌道を逸らす技を、シャルが見様見真似で真似したものだ。
相手の剣を受け流し、あわよくばそのまま斬りかかれるという、防御と攻撃を兼ねた技。カウンターに使える技である。
シャルがこの奥の手を使った後は簡単に決着がついた。
シャルは身を少し捻ってハルクの逸れた剣を避けると、自身の剣をハルクの首筋にぴたりと当てた。
そのままの姿勢で、数秒待つ。
しかし何を言われないので、シャルがレニアの方に顔を向ける。すると、レニアは自分が審判だということを思い出したのか、ジャッジを下した。
「この勝負、シャルゼリーナさんの勝ち!」
※
それからしばらくの時が経ったある日。
その日、シャルは休日を利用してラドゥルフの自宅に戻っていた。
シャルがラドゥルフに戻ったときは、決まってフォルと剣の手合わせをしていた。
フォルは、帰るたびに剣が強くなっている。とても戦い甲斐があった。
そんな休日も終わり、明日からはまた授業が始まる。
すっかり暗くなった空の下、テクラスの転移施設を出たシャルは、足早に自分の宿舎へ戻る。
その道中、大きめの公園の横を通り過ぎているとき、それは聞こえた。
「くっそー! ぜってー勝つ!」
突然響いたそれに、シャルは思わずビクッと肩をすくませる。
それから、妙に聞き覚えのある声だ、と感じる。どうやら、公園の中から聞こえてくるようだ。
シャルは、なんだろう、と思って声の方へ恐る恐る歩いていく。
足を進めるにつれ、ひゅっ、ひゅっという風切り音もシャルの耳に届く。
そして、茂みの向こうを見渡せるようになった時、その声の主を視界に収めた。
砂漠気候特有の強く冷える夜にもかかわらず、上半身には何も着ていない。
その鍛え上げられた腹筋や胸筋から、汗が滴り落ちている。
「くそっ、俺は、あいつに、勝つんだ……!」
そこには、独り言を呟きながら剣を振り続けるハルクの姿があった。
あいつ、というのは自分のことだ、とシャルはすぐに理解した。
つまり、ハルクは自分に勝つために、この場所で一人で練習しているのだ。
シャルの胸の奥から強い感情がこみあげてくる。
ハルクは必死になってわたしに勝とうとしている。目の前の光景を見て、シャルはなぜかわからないが、とても嬉しく思った。
しかし、同時に怒りも感じていた。
ハルクの鍛錬はどう見ても甘い。いろいろな面が、剣術をするのに足りていない。一番シャルを苛立たせるのは、その欠点に無自覚であること。対戦相手として、同じく剣を振るう者として、とても看過できなかった。
シャルは、思わず茂みの陰から飛び出していた。
「まだまだ重心移動が甘いね」
「なっ⁉ み、見ていたのかッ⁉」
まさかシャルに見られていたとは思わなかったのか、ハルクはあからさまに動揺する。
「それだけ大声で叫んでいたら気づくってば」
「そ、そうか……」
すると、さっきの威勢はどこへやら、急にハルクは大人しくなり、剣を置いて縁石に腰を下ろした。
「……毎日やってるの?」
「ああ。だいたいこの時間にやってる」
どうやらハルクは相当努力しているらしい。
シャルは感心する。
しかし、ハルクは両手で顔を覆うと、弱音を吐き始めた。
「だが、これだけ練習しても、俺はお前に追いつけない……」
シャルは無言で、ハルクの隣に座った。
ハルクはそのまま独白する。
「昔、あの学校にいたときは、俺の剣の腕は無敵だって信じていた。実際、上級生にも下級生にも勝てるやつはいなかった。
だが、国内交換留学生としてラドゥルフに行き、お前と戦った時、俺のプライドは粉々になった。……絶対に勝てない、俺より上の存在がいる、と初めて思い知らされたんだ。
それからは、半ばやけくそになって、お前に何度も何度も勝負を挑んだんだ。だが、一度も勝てなかった……」
シャルは、無言で続きの言葉を待つ。
「頭の片隅では、わかっていたさ。お前には勝てない。なぜなら、成長速度も地の才能でもお前の方が上だから。どうあがいても追いつけないってな……。
やけくそになったのは、今思えばきっと、それを認めたくなかったんだろうな。
俺だってやればお前に追いつく、俺も本当はお前と同じくらい強いはずなんだって、信じていたんだ……」
「…………」
「だけど、それは無駄な試みなのかもしれない。自分を騙し続けても、ずっと前から結果は事実を示していたんだ。
シャルゼリーナ、お前は強い。俺は一生、お前に勝てない……」
「…………」
いつの間にか、ハルクの手の隙間からは、汗に混じって、汗ではない液体が滴り落ちていた。
バシンッ!
その音に、突然ハルクは動きを止めた。
「何言ってんの……」
シャルは肩をわなわな震わせて、激怒していた。
いつの間にかハルクの真正面に回っていたシャルは、ハルクの両肩を両手で掴んでいた。
「『お前には絶対勝てない』だの、『どうあがいても追いつけない』だの、『成長速度も地の才能でもお前の方が上』だの……。静かに聞いていればそんな言葉ばかり……」
そして、シャルは顔を真っ赤にして、ハルクに怒鳴り散らした。
「なんでそんなに自分を決めつけるんだっ‼ このドアホっ‼」
さらに続ける。
「さっきから何度も何度も自己否定を繰り返してっ‼ 自分を貶めるようなことを言ってっ‼ そんなのわたしの知ってるハルクじゃないっ‼‼」
シャルは、ハルクの顔前数センチまでずいと近づき、ハルクの手をどけると、目を見据えて怒る。
「自分で自分を決めつけるのを止めなさい‼ 人には可能性が無限大にあるんだっ‼ ハルクだって、わたしより上になる可能性はいくらでもあるんだよっ‼ でも、なんで、なんで自分の可能性を信じないんだ‼」
ハルクははっとした表情をする。
「もっと自分を信じなさいっ‼ 俺はシャルより剣術は上手くなれる! だから鍛錬を続ければ絶対に勝てる‼ そのために諦めずに足掻いて! 何でもやって! それで自分の欠点を自覚しろ‼」
「でも、俺の欠点って……」
「分からないなら、教えるから‼ これからみっちり訓練してやる‼ いいねっ⁉」
「え」
「返事‼」
「う、うす!」
「よし、ならば今から練習!」
シャルはハルクから一歩離れると、早速最初の訓練メニューを言った。
「まずは素振り! わたしがよし、と言うまで!」
「そんな無茶な……」
「つべこべ言わずにさっさとやるっ‼ ほら立って!」
「う、うす!」
素振りを始めたハルクは、汗と涙を吹き飛ばしながら、どこか楽しそうに口角を上げた。