「おはよーございまーす」
生徒たちが続々と校庭にやってきて、待っていたシャルに挨拶をする。
しかし、今回は少しばかり生徒たちの様子が違った。
「あ、せんせー! 聞きたいことがあるんですけど!」
「んー? 何かなー?」
「先生! ハルク様と恋仲って本当ですか⁉︎」
「夜の公園に二人っきりでいたんですよね⁉︎」
「デートですか⁉︎」
「なっ……、なっ、ななななな」
シャルはそれらの言葉に、顔を真っ赤にして、持っていた木剣をドサドサと地面に落とした。
「そそそそそそ、そんなわけ、なななな、ないでしょ⁈」
た、確かに、あれから、ちょくちょくハルクの鍛錬には付き合っていたし……。
練習中、周りには人がいなかったから、二人っきりだったし……。
もし見られていたなら、勘違いされてもおかしくはない、かも……?
「挙動不審ですよー」
「本当のことを吐いてくださーい」
不遜な生徒たちは、ワハハハ、と一斉に笑う。
すると、キーンコーンカーンコーン、と校舎から鐘の音が聞こえてくる。これ幸いと、シャルは大きな声をあげた。
「はーい、静かに! これから授業を始めまーす!」
※
「ふんっ……ふんっ……」
その夜、公園にて、シャルはハルクの訓練に付き合っていた。
目の前で、ハルクは剣を振っている。シャルが練習に付き合い始めた頃よりも、その動きは格段に良くなっていた。
そんなハルクを見ているシャルは、心あらずといった様子だった。
もちろん、その原因は、本日昼、生徒たちから言われたことだった。
ハルクとわたしが恋仲……? いやいや、あり得ない。
シャルは頭の中で反芻すると、ぶんぶんと頭を振る。
「……ル? おい……」
わたしはただ、ハルクの練習に付き合っているだけ。確かに夜の公園で、二人っきりだけど……。そこに恋心とか、そういうやましいものはない! ……はず。
「おい、シャルゼリーナ!」
「わわわわ、なななななに⁉︎」
突然肩を揺さぶられたシャルは、慌ててハルクの方を向く。
そこには、不審そうな顔をしたハルクがいた。
「……どうしたんだよ、何か変だぜ、お前」
「い、いやいやいや、なんでもないって……」
「……考え事か?」
「う、うん……まあ、そんなとこ」
「そか……お前も忙しいもんな、仕事とはいえ、ガキの剣術の指導もしなきゃいけねぇもんな」
ハルクは剣を下ろすと、タオルで汗を拭った。
「そだ、明後日のことなんだが」
「ん?」
明後日は休日だ。その日は特に予定がないので、夕方からいつものようにハルクの剣術練習に付き合おうとシャルは考えていたのだが。
「明後日は、場所を変えようと思う」
「え、どこに?」
「学校の校庭だ」
「どうして?」
「決まってるだろ?」
察しが悪いな、と言わんばかりに、ハルクはため息をつく。そして、シャルに鋭い視線を向けて、言った。
「模擬戦だ」
「もぎ……せん」
「そうだ。この前言ってただろ? 『もうわたしに勝てそうだね』と」
「ああ、うん……」
「あれ、お世辞じゃぁないだろ?」
「そうだよ」
「そうだよな。お前が剣に関してお世辞をいうわけないもんな」
シャルは、ハルクに性格を把握されていた。
「というわけで、そろそろ俺は、一度勝ちたいわけだ」
「ふっふ……わたしに勝てるかな?」
「勝てるさ。言っとくけど、俺はお前の目の前でしか、剣の練習をしていたわけじゃねぇ。お前のアドバイスに従って、いろんな人からいろんなアドバイスを受けてきた。その中には、当然、お前に披露していない必殺技もある」
「なるほどね……」
「だから、楽しみに待つことだな、シャルゼリーナ」
「わかった。わたしも楽しみにしているよ」
「それと、そのときは……」
「?」
「いや、なんでもない」
シャルには、ハルクが妙に顔を赤らめたように見えた。
※
翌々日、ハルクとの模擬戦当日。
約半年前の、校庭での一戦以来、シャルたちは模擬戦をしていない。
模擬戦をするよりも、練習に時間を費やした方がいい、とハルクが自分で言っていたのだ。
それはきっと、勝てるようになってから挑もう、と考えているのだろう、とシャルは感じていた。
シャルは、怖いという気持ちを一切持っていなかった。むしろ、ハルクがどれだけ強くなったのかを、楽しみにしていた。
シャルは、太陽が昇ってから宿舎を出ると、日陰で木剣を振り、軽くウォーミングアップをする。
それから暑い中を、シャルは日陰をなるべく歩いて校舎を回り込む。
今回、ハルクから対戦場所として、体育館を指定された。
せっかくだから、いい環境できちんと対戦しよう、というハルクの意図が透けて見える。
きっと、レニアに頼んで確保してもらったのだろう。
シャルは、体育館にたどり着くと、入り口の扉を押し開ける。
次の瞬間、床を揺るがす歓声が溢れた。
一瞬声の大きさにたじろぎ、恐る恐る中に入ってみると、再び歓声がシャルに向けられる。
ギャラリーを見渡すと、そこには人、人、人。
二百人以上はいるだろう。その中には、何人も授業で見たことのある顔があった。
ギャラリーはこの学校の生徒たちだった。
それにしても、なんでこんなにいるのー⁉
シャルは愕然とした。
「驚いたか? シャルゼリーナ」
見ると、ステージの真正面にハルクが立っていた。
「ハルク! なんでこんなに観客が……」
「ああ、どうやら校長が観戦希望者を募ったらしい。俺たちの試合を見ることで、何か学びが得られるんじゃないか、だとさ」
「そ、そっか……」
校長も一応、教育者なんだなぁ……とシャルは思った。
「そうだ、一つ戦う前に言っておかなきゃいけねぇことがあった」
「なによ」
「この勝負、もし俺が勝ったら、一つ言うことを聞いてもらう」
おおお! と盛り上がるギャラリー。
もしかして、この前言いかけていたのはこのことだったのだろうか?
へぇ、面白いじゃん、とシャルは心の中でニヤリと笑った。
「いいよ。もしもわたしに勝てたなら、一つだけ、言うことを聞いてあげる」
「絶対だな?」
「二言はないよ」
そして、いまだギャラリーが騒がしい中、鐘の音が聞こえてくる。
「二人とも、揃いましたね」
すると、どこからかレニアがやってきた。そして、二人の間、レフェリーのポジションに立つ。
ゆっくりと観客席のざわめきがおさまってくる中、レニアは声を張り上げた。
「この模擬戦では模造剣を使用し、それ以外の方法による攻撃は禁止されます。フィールドは、ギャラリーを除くこの体育館内のみです。これに違反した場合は即座に敗北とみなします。
勝利条件は相手が降参宣言をするか、審判である私が勝ちとみなすことです。何か質問は?」
「いや、ない」
「わたしもです」
一般的な模擬戦のルールだった。
「準備はいいですか?」
「うす」
そう言って、ハルクが刃を潰した剣を構える。
「ええ」
そう言って、シャルもほぼ同時に模造剣を構えた。
ハルクとシャルはゆっくりと互いに歩み寄る。そして、十メートルほどの距離で立ち止まった。
体育館に、完全な沈黙が流れる。
「それでは、始めっ!」
歓声の中、シャルとハルクの模擬戦が始まった。