「着いたー」
強く乾いた風が、シャルの長い茶髪を揺らす。
高い太陽が燦々と照りつけ、シャルの肌を容赦なく突き刺す。
やっぱり帽子を持ってきて正解だった、とシャルは自画自賛した。
背後には、黄土色の石で建てられた転移施設。テクラスの街の転移魔法陣がその中で管理されている。
ついさっき、シャルはラドゥルフから転移魔法陣を乗り継いで、そこに転移してきたのだ。
テクラス州はアークドゥルフ王国の北部を占める自治体だ。ラドゥルフ州の北東、王国直轄州の北側とそれぞれ接している。
テクラス州の特徴は、なんといってもその気候だ。テクラス州の北半分は灼熱の砂漠で占められているし、南半分もそれほど雨が多いわけではない。
テクラス州の州都テクラスは、そんな砂漠の端に位置する街だった。もう夏はとっくのとうに終わっているのに、ラドゥルフよりもはるかに気温が高い。
「あぢー」
暑い空気が、シャルの肌を焦がしに来るように感じられた。
シャルは早々に目的地へと向かうことにする。
ガラガラと車輪のついたバッグを引きずって、灼熱の街中を早足で歩いていく。
ものの数分で、シャルは目的地にたどり着いた。
目の前の門の先には、かつて自分が通っていたのと同じような、広大な敷地を持つ学校があった。
校舎の形自体はラドゥルフと同じだが、転移施設や街の大半の建物と同じく、黄土色の石材で作られているため、印象は全く異なっていた。
シャルは暑いとボヤきながら、学校の敷地内に入り、構内を歩いていく。
今日は休日のようで、廊下には人一人たりとも見受けられなかった。
無人の廊下を進み、シャルは校長室へ向かう。
シャルの手元には、ラドゥルフの校長から手渡されたメモがあったため、さほど迷うことなく、目的地に辿り着いた。
コンコン、とドアをノックして、中に入る。
「失礼しまーす……」
机を挟んで、女性が一人、席についていた。
「シャルゼリーナ・エル・フローズウェイさん、ですね」
「はい」
「この度は遠路はるばるありがとうございます。炎天下で大変だったでしょう」
「はは……暑かったです……」
「私はこの学校の校長の、レニア・ユーレ・カルタノです。これからよろしくお願いしますね」
「こちらこそ」
レニアは、シャルを応接室へ案内すると、改めて仕事に関する話をする。
シャルの仕事は、この学校での剣術の講師。期限は一年間で、シャルの働きぶりによっては契約延長や給与の増額などもあるという。
一通りの説明を終え、雇用契約を結ぶと、レニアは席を立った。
「それでは、宿舎に案内しますね」
シャルは荷物をガラガラ引きながら、レニアについていく。
二人は学校を出ると、すぐ横の建物に入る。シャルはその一室へ案内された。
「ここがシャルゼリーナさんのお部屋です」
どうやら教員用の宿舎のようだった。案内された部屋は一人用にしてはそこそこ広かった。
快適に生活できそうだ、とシャルは思う。
「この部屋には冷暖房の魔法陣がありますので、暑かったり寒かったりしたら、遠慮なく使ってください。こちらが暖房、こちらが冷房です」
「わかりました」
「それで、これがこの学校の地図と、この建物の地図です」
レニアはそう言うと、紙を二枚取り出してシャルに渡す。
「何か分からないことがあったら、ここに書いてある私の部屋を訪ねてください」
「わかりました」
「それでは、改めてこれからよろしくお願いしますね」
レニアがドアを閉め、シャルは部屋の中で一人になった。
シャルは無言で、ドアの鍵を閉めると、カーテンも閉める。
それから、冷房のスイッチを押した。冷却魔法の魔法陣が作動し、部屋全体が急に涼しくなっていく。
シャルは荷物を壁際に寄せると、ベッドに倒れ込んだ。
「すずし~」
数分も経たないうちに、旅の疲れからか、シャルは眠ってしまった。
そして翌朝。
「へくしっ」
来てそうそう、シャルは風邪をひいてしまった。
※
「それでは、今日の授業はこれで終わりにしまーす」
「「「「「ありがとうございました」」」」」
生徒たちが木剣を箱に戻し、次々と校舎へと去っていく。
わたしも三年前はこんな感じだったなぁ、とシャルは懐かしい気持ちになる。
そんな彼らの背中を見送りながら、木剣の入った箱を台車に乗せていく。
シャルがテクラスが働き始めてから、約一ヶ月が経過した。
最初こそ緊張したり手間取ったりしたが、徐々に授業には慣れていった。
もともと剣術が好きだということもあり、剣術を教えるこの仕事は、シャルにとって全く苦にならなかった。
しかも、ここに来る前にはフォルに剣術を教えていたこともあり、剣術を教えるのにも、さほど苦労はしなかった。
ガラガラと台車を押しながら、フォルを教え始める時にパパが言っていたことは間違っていなかった、とシャルは振り返る。
今日担当する授業は、さっきので最後だ。明日は休日。
何をしようかな、と考えながら、シャルは物置に剣をしまうと、校庭を歩く。
すると、校門のところに誰かが立っているのが見えた。
あまり気にせず目を逸らしたシャルだが、すぐにその人影が誰なのかを理解し、もう一度目を向け二度見する。
「あなたは……」
「よう、シャルゼリーナ」
そこにいたのは、ハルク・ヴァン・フロイエンベルクだった。三年前に一ヶ月だけクラスメイトだった国内交換留学生。
「どうしてここに……?」
「そら、俺がこの街に住んでいるからだ」
そういえば、ハルクはテクラス州の州知事の一族だっけ、とシャルは思い出す。
「それにしても、本当に学校で剣術の講師をしているとは」
「ああ、うん。この夏からね」
「そうか」
「それで、何の用?」
すると、ハルクは背後から、一振りの剣を取り出した。先ほど生徒たちが扱っていた木剣ではなく、金属製の剣だ。ただし、その刃は潰されている。
それを、ハルクはシャルの足元へ放り投げた。
「シャルぜリーナ、俺と模擬戦をしろ」
※
だだっ広い校庭に、一陣の風。
ザアアと舞い上がる砂の中、三人の人影。
シャルとハルク、そして校長のレニアだ。
「悪いな、先生。俺の頼みで校庭を使わせてくれるうえに、審判までやってくれるなんて」
「いえいえ、ハルクさんの剣技が見られるのですから、これくらいなんてことないですよ」
レニアは笑みを浮かべながら答える。
どうやら、レニアはハルクの剣技が相当好きらしい。
「……校長先生は、剣が好きなんですか?」
「ええ、とっても。とはいえ、私はする方ではなく、見る方ですが。
ハルクさんは、この学校の生徒だったときから、周りとは頭ひとつ分抜けていました。
そのハルクさんが唯一勝てなかったと言っていたのがシャルゼリーナさんですから、二人の直接対決は、ぜひ間近で見てみたいと思っていたんです!」
こりゃ本物だ、とシャルは思う。
なんにせよ、模擬戦の環境を提供してくれたことに、シャルは感謝していた。
ここに来てから久しぶりの模擬戦。しかも、相手もなかなかの剣の使い手。
三年前からどれくらい進化しているか、シャルは内心楽しみにしていた。
二人は間隔を空け、剣を構えて相対する。その中間付近にレニアが立った。
静かな時間が流れる。そして、レニアが宣言した。
「それでは、模擬戦、開始!」