「いち、……に、……さん、……」
「頑張って!」
「ご、……ろく、…………なな」
「あと少し!」
「きゅう、…………じゅ……ぅ!」
「よーし! よく頑張ったね!」
連続して酷使したせいか、腕に鉛が詰まっているような感覚がする。
なんとか立ち上がると、シャルは息をつく間もなく、次のメニューを課してくる。
「よーし、じゃあ次はスクワット!」
「え~……」
「ほら、さっさとやる! 十回だよ」
「はーい」
「よーい、スタート!」
「いち、に、さん……」
俺はシャルの指示に従って、俺は筋トレに励んでいた。
剣術の訓練を始めてから、すでに半年が経過している。
最近ようやく冬を越え、気温が上がり過ごしやすくなってきた。しかし、それだけの時間が経過したにもかかわらず、俺はいまだに剣に一度も触れられていなかった。
代わりに、体作りをずっとしている。庭をぐるぐる走ったり、筋トレでいろんな部位を鍛えたりしている。
最初は体力が無さすぎて、一つ一つのメニューをこなすのがやっとだったが、最近ようやく通しでメニューをこなせるようになった。
ただ、シャルによれば、これでも本来の体力作りのメニューの三割程度の内容らしい。
まあ、正直仕方のない部分はある。俺の年齢がかなり重いハンデになっているのだ。
早く体が成長しないかなぁ……。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「よし、今日はこれくらいにしよっか。お疲れ!」
そんなことを考えていると、やっと筋トレが終わる。
一ヶ月前の俺だったら、力尽きて動けなくなり、『フロート』で体を浮かせていただろう。しかし、体力がついてきた今は、立ち上がって自分の足で動けるだけの余力が残っていた。亀の歩みくらいのろまだが、少しずつ体力がついてきている。
そして、俺は立ち上がると、最近ずっと心に秘めていた『お願い』をする。
「ねえ、シャル」
「ん?」
「そろそろけんをにぎりたい」
最初こそ、剣を握りたいという一心で体づくりに励んできたが、終わりが見える気配がないことで、俺のモチベーションは徐々に低空飛行になりつつあった。そろそろ、一度くらい剣に触れておきたい。
しかし、そのお願いをシャルは一蹴した。
「まだフォルには早いよ」
やっぱりな。まだメニューの三割しかこなせていないと言っていたし、触らせてくれる可能性は低いだろうと予想していた。
しかし、俺には秘策がある。俺が幼いからできる、とっておきの作戦だ。
俺はおもむろに地面にひっくり返ると、大きな声を出した。
「いやあぁぁぁあああ〜! さわらせてぇぇえええ〜!」
「うるさっ!」
必殺、『駄々を捏ねる』! 幼児という立場を利用し、わがままを言って大人に言うことを聞かせる効果をもつ!
さらに、同時発動、『金切り声』! 子供にしか出せない高周波の声で、大人の耳に確実にダメージを与える! やめてほしければ、言うことを聞くしかない! 威力はバルトのお墨付きだ!
厳格な人には通じないだろうけど、シャルにならきっと効果はあるはず。そう踏んで、俺はこの攻撃を繰り出した。
そして、俺の目論見は見事に当たった。
「あーもう、わかったわかった! わかったから! 木剣持たせてあげるよ!」
「ほんと⁉︎」
シャルが投げやり気味にそう宣言する。それを聞いて、俺はガバッと起き上がった。
今の言葉、二言はないよ⁉︎ 言質とったからな!
「やったー!」
「じゃあ、お家に戻ろうか……」
シャルは少し疲れたような顔をして、家へ戻る。
やっと剣を触れる! 真剣じゃなくて木剣だけど、そこは問題ではない。重要なのは、剣に触れるということなのだから。
これでモチベが回復できる! あわよくば、そのまま剣術の訓練も開始できれば……。
家に戻ると、シャルは自室へ上がっていく。そして、しばらくすると手に木剣を携えて戻ってきた。
「じゃあ、これ持ってみて」
そう言って、シャルは木剣を俺の方へ差し出した。
俺は恐る恐る、それを掴む。直後、シャルが手を離した。
「うっ……おも……っ!」
次の瞬間、俺の腕にずっしりくる重み。腕がプルプル震えて止まらない。
ズシッ、と両手にくる木剣の冷たさが、その重さをより強調しているように感じる。
ある程度覚悟はしていたが、想像以上に重い……。
シャルは、ゴブリンとの戦いで、これより重いであろう真剣を軽々と振っていた。やはり、力が違いすぎる。
「じゃあ、それを構えてみて」
「うん……」
今、俺は剣の腹の部分を、床と平行になるように、両手で持っている。この状態でもかなりきついのに、剣の持ち手を持ったら、モーメントによって手首にすごい負荷がかかりそうだ……。
俺は、木剣の柄を握って、よいしょと剣を立てる。
ヤバい……。手首が痛い……。俺の腕と手がさっきよりも大きく震えている。
「じゃあ、振ってみて」
ええええ! 無理でしょ!
持つだけで限界なのに、更に振るの?
俺は、いやいや無理だって! と言おうとして、口を閉じた。
ここで、俺が無理だと言ったらどうなるか。
きっと、シャルはそれを口実にして、俺に筋トレの継続を命じるだろう。
俺は剣の練習をしたい。
そのために、剣を振れることを証明する必要があるのだ。
やってやろうじゃないか!
「イヤアア!」
俺は気合を入れて、叫びながら剣を振り上げる。
「アアアァァアア?? ごべん゛ミ゜!」
そしてそのまま、バランスを崩してひっくり返り、頭を打った。
※
翌日。俺はシャルの指導のもとトレーニングをした後、いつもとは違い、庭に残る。
「いたい……」
ベンチに腰掛けた俺は後頭部をさする。昨日ぶつけたところはまだ少し痛かった。
しかし、浮遊魔法の訓練で散々天井に頭をぶつけていたおかげで、たんこぶができなかったのは不幸中の幸いというべきだろうか。
結局、あの後、シャルには『やっぱりフォルにはまだ剣は早いんだって!』と言われた。
確かにそれはそうなのだ。そのことは十分承知しているし、昨日身をもって実感した。
しかし、その事実は俺にとってかなりショックだった。
剣をまともに振れるようになるまで、あとどのくらい体を鍛え続ければいいのか。ゴールが全く見えず、俺はある意味絶望していた。
本当に体の小ささが憎い。もっと早く成長してほしいのに、一日一日はゆっくりとしか過ぎてくれない。
今日も晴れていて、白い雲がのんびりと秋の空を移動している。
そんな空を眺めながら、俺はベンチに座って考える。
体を作る、という方法はあまりにも時間がかかりすぎる。
シャル曰く、これが最短ルートらしいのだが、剣を振れるほどの体になるには、とんでもなく長い時間が必要になると俺は直感していた。
そこで、俺は思う。
魔法でどうにかできないのか、と。
具体的には、筋力を増強する魔法とか、スタミナを上昇させる魔法とか。
もしかしたら、『ヒール』で実現できるんじゃないか? あれはおそらく、体の代謝を魔法で加速させて超回復を実現する魔法だ。だから、剣を振るっている最中にずっと自分に『ヒール』し続ければ、筋繊維が傷つくたびに回復するから、理論上ずっと動けるのでは……?
いや、ダメだ。『ヒール』は、あくまで体の状態を最良に戻すだけの魔法だ。超回復により、多少体の成長は早くなるかもしれないが、俺のマックスパワーでもできないことは、『ヒール』で体を最良に保っても実行不可能である。
つまり、俺の体力や力の最大値を、無理やり上昇させる魔法が必要だ。
でもそんな魔法、あったっけなぁ……。
頭を悩ませて、記憶をいろいろと漁っていると、ふと前世でのある日の会話が脳裏をよぎった。
それは高校に通っていたある日。
友達に、今流行りだと『異世界転生モノ』の小説を勧められて読んだときのこと。
『異世界転生モノの身体強化って、魔力を体に纏う感じでできるものが多いんだよなぁ』
「それだー!」
俺は思わずベンチから飛び上がって叫んでいた。
魔力を体に纏う。確かその小説の登場人物は、そんなふうにして、体を強化していた。
もしかしたら、この世界にもそのような魔法があるのでは?
俺は、家に戻って『上級編』を取ってくると、ベンチに座って、実践パートのページをしらみつぶしに探していく。
そして、見つけた。
「『身体強化魔法』」
説明欄には、魔力を魔法に変換せずに、体に流し込むことで、身体の強化ができる、と書かれている。まさに俺が考えていたものだ。
よし、早速実践だ!
俺は、魔法を発動する前の、魔力を集める工程を始める。
身体の中心から、何か強大な力が手のひらに集めていくイメージ。
しかし、今回はその力を貯めておくのではなく、全身にゆっくりと回していく。
数分後、俺は魔力を全身に行き渡らせることに成功した。
しかし、体に特に変わったことはない。めちゃくちゃやる気が出てきたとか、動きたくてたまらないとか、そんなことは全くない。
とりあえず走ってみるか。
俺は、魔力を行き渡らせる意識を途切れさせないようにしながら、地面を蹴る。
普段なら、一歩は五十センチになるはずだった。
そう、普段なら。
次の瞬間、俺の体は、一瞬で二メートルくらい進んだ。
「おおっ?」
予想外の動きに脳がバグったような感覚が俺を襲う。思わずズッコケそうになるが、手をついて耐える。
その瞬間、集中が途切れてしまい、全身に行き渡らせていた魔力が雲散霧消してしまう。
しかし、俺の思考はそれどころではなかった。
俺は、確かに自分の足で一歩を踏み出した。瞬間移動など決してしていない。
だが、まるで、縮地法を使ったかのごとく、俺は大きな距離を移動した。
つまり、身体強化魔法に成功したのだ。
「やったー!」
俺はもう一度、先ほどの手順を踏んで魔力を身に纏うと、走る。
もう、これまでの俺とは比べ物にならないほど、ビュンビュンと庭を速く走ることができた。
これなら、走る以外にもいろんなことができそうだ……! もしかしたら、剣をも振るえるかもしれない……!
そんな期待が心の中から溢れ、いてもたってもいられなくなった俺は、早速、身体強化魔法の練習をするために、ルーナを呼びに家へ駆け戻るのだった。