翌週。俺はクリークに足を踏み入れると、掲示板の表を見た。
もう全試合の三分の二が終わったため、表はかなりの部分が埋められている。時間的にも、開始から今日でちょうど一ヶ月だ。なんか、あっという間だったな……。
まず、キャサリン先輩の列と俺の行がぶつかるところには、×印が書かれていた。当然、気絶による俺の判定負けである。
俺は他の試合の結果も確認する。
第二試合、ダイモン先輩対リンネ先輩は、ダイモン先輩の勝利。
第三試合、エリック先輩対シャーロット先輩は、エリック先輩の勝利。
第四試合、ジョン先輩対カンネ先輩は、ジョン先輩の勝利。
第五試合、アーチェン先輩対ローガン先輩は、アーチェン先輩の勝利。
以上より、暫定順位はエリック先輩が六勝で首位。アーチェン先輩が五勝一敗で二位。ジョン先輩が四勝二敗で三位。そして、俺、キャサリン先輩、ローガン先輩、カンネ先輩が三勝三敗で四位タイ。シャーロット先輩が二勝四敗で八位。ダイモン先輩が一勝五敗で九位。リンネ先輩が六敗で十位だった。
本来なら、俺はこの回のダイモン先輩とリンネ先輩の試合を観戦できたのだが、その時ちょうど保健室で寝ていたので、見ることはできなかった。
今回の俺の相手はジョン先輩だ。今年の入会試験の試験官である。
入会試験の際に観客席から見ていたが、キャサリン先輩とは別ベクトルで強そうだ。
例えるなら、キャサリン先輩は派手に自分の力をぶっ放すタイプだけど、ジョン先輩は落ち着きながらも全力を出してくるタイプ、といった感じだ。
実際、キャサリン先輩もあの場で、ジョン先輩は魔法の正確さと丁寧さがすごい、と絶賛していたしなぁ……。
そんなジョン先輩の得意な系統は風系統だ。自己紹介でもそう言っていたし、実際会員戦でもそれを披露していた。
一応、対策は考えてある。それがうまくいくかは……微妙だが。
俺は練習場に入る。すると、先輩はすでにそこで待機していた。
「おぅ、来たか」
「こんにちは、先生、ジョン先ぱい」
「……こんにちは。もう怪我は大丈夫なのか」
「はい。よくなりました」
「それならよかった」
どうやら、前回の対戦で俺が大火傷を負ったらしいということを、先輩はどこからか聞いたらしい。
そして、先輩は観客席をチラッと見てから言った。
「……君も災難だったな」
「ちょっとどういう意味よ!」
かなり小さい声だったと思うのだが、どうやらキャサリン先輩は地獄耳らしい。観客席で立ち上がり、顔を髪の色と同じくらい真っ赤にして、カッカしている。
「やめなさいキャサリン!」
「そうだよ〜、試合の邪魔をしちゃダメだからね〜」
それを両隣のリンネ先輩とカンネ先輩がおさえにかかる。その様子を、サングラスをかけたシャーロット先輩が、その二列後ろから少しニヤけながら見ていた。
ちなみに今日の観客は女子しかいない。というか俺を含めれば、虹の濫觴の女子メンバー全員がここに集まっている。
「……あー、そろそろ始めてもいいか?」
「はい」
「いいですよ」
先生が口を開き、俺とジョン先輩は数メートルの距離を取って相対する。
「フォルちゃ~ん、頑張れ~!」
「フォルちゃん、頑張ってー!」
「がんばります!」
リンネ先輩とカンネ先輩が俺だけを応援してくれる。それは年下だからなのか、弱いからなのか、それとも同性のよしみなのか。
いずれにせよ、俺はジョン先輩に全力でぶつかるだけだ。
そして静寂を破るように、先生が声を張り上げる。
「それでは、第七回戦第一試合、ジョン・ラッセル・クリフガルド対フォルゼリーナ・エル・フローズウェイを始める!」
次の瞬間、ゴーン! と鐘の重低音が響き、試合が始まったのだった。
※
「『ワールウィンド』」
まず真っ先に攻撃してきたのはジョン先輩だった。そこそこの規模の暴風を引き起こし、真っ直ぐ俺に向かわせる。
だが、その攻撃は想定済みだ。俺は魔力視と身体強化魔法を発動すると、すぐに別の魔法を発動する。
「『ロックウォール』!」
すると、俺の前面を塞ぐように、上と左右へ湾曲した、高さ一メートル半ほどの殻のような壁が現れた。その壁のおかげで、『ワールウィンド』の暴風は遮られる。
風系統は主に空気の動きを操る魔法だ。そのため、物理的な障壁にとても弱い。特に、地系統との相性は最悪だ。
今回はリンにいっぱい頼ることになりそうだ。
『任せて〜〜』
頼もしい限りである。
しかし、これで簡単に諦めるような先輩ではない。先輩は身体強化魔法で強化された身体能力で、壁を飛び越えてくる。
「『ワールウィンド』」
再び暴風。だが、俺は『マニューバ』を一瞬だけ発動することで、瞬間的な高速移動を実現し、からくも『ワールウィンド』の射線から外れることに成功した。その代償として得た速度を、身体強化魔法でめいいっぱい踏ん張って殺し、慣性に振り回されながら壁ギリギリで折り返す。
「ふむ、厄介だな」
先輩はそう呟いた。
それはこっちのセリフでもある。
実際に戦ってみると、先輩の魔法は驚異的な正確さと丁寧さを兼ね備えている。
先程から魔力光がほとんど見えないし、魔法を発動するのに余計な魔力をほとんど使っていないようだ。
さらに、二回の『ワールウィンド』は、いずれも俺のいた場所を狙って正確に放たれていた。
さて、ここからは俺のターンだ!
「『ロックパイル』!」
俺は反転際に、先輩に向けて岩の杭を発動した。だが、先輩は慌てることなくジャンプする。それでも、この大きな岩の杭からは逃れられないはず──
「『ウィンド』」
次の瞬間、先輩の体が不自然に上方向へ加速する。その結果、間一髪で岩の杭を避けられてしまった。
なるほど、自分自身に風魔法を発動して強制的に加速させたのか……!
だが、それも織り込み済みだ。
「『ファイヤーボンバー』!」
俺はファイヤーボンバーを三重発動(トリプルキャスト)。俺自身の二回分と、ルビの一回分だ。
三つの火球は、ジョン先輩が避けた先の空間を埋めるように進んでいく。これならダメージを与えられるだろう……!
「『ウィンド』」
だが、先輩がそう唱えた途端に、三つの火球はまるで意思を持って先輩を避けるかのように外側に逸れた。直後に観客席に着弾し、ドーン! と三コンボ。
マジかよ……。この人、風系統の初級魔法で火球の軌道を逸らしたよ……!
確かに、『ファイヤーボンバー』は火球を生成して発射するだけの魔法だから、発射後にその軌道を外部から変えることは可能だけどさ……! こんなこと、驚異的な空間認識能力と時間感覚がないとできない。
しかし、その二つの能力を、両方とも先輩は持っている。そして、風系統の基本のキともいえる初級魔法『ウィンド』で、それをいとも簡単かのように実現していた。
「『ヘイル』!」
次に発動したのは、氷の塊をたくさん発射する魔法。第二回戦でダイモン先輩が俺に使っていた魔法だ。
その正体は『ヘイル』という水系統中級魔法ので、魔力消費量は二百。実は、その試合後に先輩に教えてもらい、密かに練習していたのだ。
「『ウィンド』」
だが、それも効果がないようで、ジョン先輩の魔法により全て逸らされ、一粒も当たらない。
それならば、絶対に当たる至近距離から攻撃してやる!
「『ライト』!」
俺はまず、光系統初級魔法『ライト』で、先輩の目の前に光源を発生させる。これにより、一時的に視覚が役に立たなくなる。その隙を最大限に利用し、俺は『マニューバ』を発動して、爆速で先輩に迫り、拳による直接攻撃を仕掛けようと画策する。
「『ワールウィンド』」
だが、視界が奪われているはずの先輩は、俺に向かって的確に魔法を放ってきた。
俺はそれに煽られて進行方向が逸れる。同時に先輩も身体強化魔法を使って飛び退いたため、俺の直接攻撃は不発に終わった。
そうか。視界が真っ白でも魔力視はできる。それと先輩が持つ空間把握能力を合わせれば、目が見えない状態でも正確な攻撃ができる、ってことか。
くっそ……! ここは一旦上空に退避して時間稼ぎだ!
「『フロート』!」
俺は浮遊魔法で空中に浮いて天井近くに滞在する。今度は柱伝いに来られないように、フィールドの中央に陣取る。
「『ワールウィンド』」
だが、先輩は俺に向けて暴風を起こす。
残念ながら、空中には遮るものは何もない。俺はエルに『エアウォール』で体を空気のバリアで包んでもらおうとしたが、その前に煽られて体勢を崩してしまう。
「『ワールウィンド』」
そして、先輩は今度は自分の真下に暴風を起こす。
その結果、風に煽られた先輩は俺のところへ、まっすぐに飛んできた。
「パンチ」
「ごふっ!」
そして、腹パン。
その勢いで俺は吹っ飛び、柱に背中から衝突した。
今のは……普通に……痛い……! 俺より大きな体格から繰り出される、俺より強力な身体強化魔法で強化されたパンチは、それが鳩尾から外れていて、パンチの方向と先輩の進む方向がずれていて完全に力が伝わっていなくても、かなりのダメージを俺に与えていた。
「ごほごほっ! 『ヒール』! 『ロックウォール』!」
幸い、骨まではいっていなさそうだったので、俺は地面に着陸するなり、『ヒール』で回復。直後に、『ロックウォール』で、リンの力を借りて小さな岩のドームを二重に形成する。
「ふぅ……」
これでしばらくは凌げるだろう。さすがに物理的な分厚い壁を風系統で突破するのは難しいはずだ。もし突破してくるとすれば、身体強化魔法で強引に破壊してくるくらいしかありえないが、二重にしているのでそう簡単に破られはしないだろう。
さて、作戦を練り直すか……。
そう思ったとき、外からバキン! バキン! と岩が崩れる音が聞こえてきた。そして、俺の真横の壁から、バラバラと小さく岩が弾け飛んでいく。
ま、まさか……! まだこのドームを作ってから十秒も経っていないんだけど⁉︎ かなり頑丈なはずなのに、どうして……!
次の瞬間、ドコオ! と拳が俺のいるドームの内部に突き刺さった。
その拳がスッと外側に消えると、今度は、ボォン! とその周辺の岩が中に飛び散り、さらに穴が広がる。
そして、そこからヌッと先輩が入ってきた。
「ど、どうして……」
「……圧縮した空気は、岩をも吹き飛ばす」
その一言で、俺は全てを察した。
ヤバすぎるだろこの人!
俺はその場にへたり込む。言葉で表すなら、戦意喪失。
俺の攻撃は避けるか逸らされ、逃げようにも身体強化魔法で強化された身体能力と、風系統の魔法のコンボで攻撃される。防ごうにもそれを貫通される。
もしかしたら、風系統は万能なのかもしれない。
そして俺には、これ以上試合を継続しても、この人に勝てるビジョンが浮かばなかった。
「……こうさんします」