翌日の午後。俺は再びクリークにやってきていた。
今日は俺が出る試合はない。だが、今日行われる試合のうち、最後の第五試合を観戦することができるのだ。
対戦カードはキャサリン先輩対ローガン先輩。上位勢同士でもあり、俺と最も学年が近い二人の戦いである。二人がどのように戦うのか、ぜひ見てみたい。
ちなみに、観戦するのはこれで二回目。一度目は昨日、俺の試合が終わった後に行われた第二試合のシャーロット先輩対リンネ先輩だった。
この試合では、開始早々シャーロット先輩の『ダークネス』がフィールドを覆い、その数十秒後にリンネ先輩がシャーロット先輩に『催眠』をかけられて意識を失い、シャーロット先輩が勝利した。
かなり呆気ない試合だった。しかも、暗闇でフィールドの様子が見えなかったし、魔力視を使ってみても、シャーロット先輩の光系統初級魔法の『ダークネス』の魔力はあまりにも微弱で感知できず、リンネ先輩がウロウロしていたら倒れた、ということしかわからなかった。
それに比べて今回は、派手に火系統の魔法をぶっ放すキャサリン先輩と、光系統の魔法で分裂したり姿を消したりするローガン先輩の戦いだ。きっと視覚的にもド迫力の戦いになることだろう。俺はかなりワクワクしていた。
俺はクリークに入ると、掲示板の横を通り過ぎて、階段を上る。そして、二階のギャラリーに出た。
「フォルちゃ~ん」
真っ先にリンネ先輩が声をかけてくる。俺は先輩の隣に腰を下ろした。
「こんにちは、リンネ先ぱい」
「こんにちは~、フォルちゃんは挨拶できていい子だね~」
リンネ先輩はそう言って俺をナデナデしてくれる。包容力の固まりだよ、この人……。うへへ……。
一階のフィールドを見ると、すでにキャサリン先輩が、入り口に向かって、仏頂面をしながら仁王立ちしていた。相変わらずの態度である。
すると、ここで一階に繋がる階段から足音がして、ギャラリーに三人の男子生徒が現れた。
一人は茶髪のメガネをかけた人。ダイモン先輩だ。そして、彼と仲良さそうに話している男子生徒があと二人。
「おっ、リンネ君、カンネ君、もう来ていたんですねー!」
ダイモン先輩がこちらに気づいた。そのまま、残りの二人を連れて、俺たちの一列後ろの席に並んで座る。
「ダイモンせんぱ~い、それに、アーチェン先輩とエリック先輩も~」
「……やあ」
「来たぜー、オイ」
濃い金髪の方がアーチェン先輩、もう片方の、体格のいい方がエリック先輩だ。
そうか、この三人は同じ学年なんだっけ。
すると、エリック先輩が俺に話しかけてきた。
「そういや、お前、フォルゼリーナといったか?」
「あ、はい……どうも」
「これまで三勝四敗。初参加の二年生にしては、なかなかやるな、オイ」
「ど、どうも」
そういうエリック先輩は全勝中。キャサリン先輩の言う通り、やはり最強らしい。
「そういえば、フォルゼリーナ君は、次の試合でアーチェン君と戦うんですよね?」
「……そうだね」
アーチェン先輩は一拍遅れで頷く。そういえば俺、まだこの人の適性系統とか、得意魔法とか何一つ知らないんだよな……。
「……お手柔らかに」
「こ、こちらこそ」
そして、俺がアーチェン先輩に得意魔法を尋ねようとしたその瞬間、一階の方から黄色い声が飛んできた。
「エリックせんぱぁい! 来てくれたのねー!」
「おう、来たぜキャサリン」
普段からキンキン気味の声のトーンをもう一段階上げて、キャサリン先輩はエリック先輩に手を振る。
めちゃくちゃ嬉しそうだ。犬だったら尻尾を切れそうなくらいブンブン振っていることだろう。キャサリン先輩、こんな表情もするのか……。普段の様子からは全く考えられないな。
「人気ですねー、エリック君は」
「アイツだけにな。いつもこんな調子だぜ、オイ」
「あたし、頑張るわよ~!」
「おう、頑張れよ」
……もしかして、キャサリン先輩はエリック先輩のことが好きなのでは? 思わずそう感じてしまうほどの熱量だった。
すると、練習場の入り口からフィールドに入ってくる人影。ローガン先輩だ。
「お、もう皆さん勢揃いですか」
「遅いわよ! ……まあ、時間には間に合っているけど」
「すいません。じゃあ早速、始めますか?」
「いいわよ」
「んじゃぁ、お前ら位置につけ」
ジェラルド先生の指示に従い、二人は試合開始前の定位置についた。
その様子を見ながら、エリック先輩が小声で切り出す。
「なあお前ら、今回の試合、どっちが勝つと思う?」
「そりゃあキャサリン君でしょう!」
「……自分も、そう思う」
ダイモン先輩とアーチェン先輩が真っ先に答える。
「リンネはどうだ?」
「ん〜、わたしもキャサリンちゃんかなぁ〜」
「フォルゼリーナは?」
「……わたしも、キャサリン先ぱいだと思います」
「だよな、オイ」
今回の勝負は、圧倒的にキャサリン先輩の方が有利だ。
はっきり言って、ローガン先輩の分身魔法はほとんど役に立たないだろう。キャサリン先輩なら、きっとガーネと二人で分身ごと力技で焼き払うだろうな。
唯一対抗できそうなのは、ローガン先輩の身体強化魔法だが……。
「それでは、第七回戦第五試合、キャサリン・ジザール対ローガン・ガルシアを始める!」
次の瞬間、ゴーン! と鐘の重低音が響き、試合が始まったのだった。
※
両者が動いたのはほぼ同時だった。
キャサリン先輩は、ガーネとともに大量の火球を生み出し、ローガン先輩に次々と放つ。
一方で、ローガン先輩はサッと三人に分身すると、同時に発動した身体強化魔法で雨あられと降り注ぐ火球を回避していく。
「ちょこまかと……!」
かなりの密度で撃っているはずなのに、全然当たらないことに対して、早くもキャサリン先輩はイラつき始めていた。
すると、火球を避け切ったローガン先輩が、キャサリン先輩へ斜め横から突っ込んでくる。
キャサリン先輩はそれを迎え撃つべく、『ファイヤーボンバー』を放った。
生み出された火球はローガン先輩に真っ直ぐ向かう。だが、ローガン先輩は避けるそぶりすら見せない。
そして、瞬きもする暇もない時間の後、ローガン先輩に火球が直撃した……はずだったが、その姿がかき消えた。
直後、ローガン先輩がキャサリン先輩にパンチをお見舞いする。見事なまでのクリーンヒットで、キャサリン先輩は後ろへ吹っ飛んでいった。
そのトリックを、二人を真横から見ていた俺たちはしっかりと目撃していた。
ローガン先輩は、キャサリン先輩へ突っ込む方向へ、縦に三人に分裂していた。
そして、本人は一番後ろで、前の二人を盾に、少し腰を落としていた。
その結果、キャサリン先輩の攻撃を受けた前二人の陽炎は消え、腰を落として火球を避けたローガン先輩本人は、キャサリン先輩の目の前まで接近できていた。
きっとキャサリン先輩からしたら、攻撃を当てたと思ったら、急に低い姿勢のローガン先輩が出てきて、対応できない間に吹っ飛ばされた、というふうに感じただろう。
「あら〜」
「これは痛そうですねー!」
キャサリン先輩は立ち上がるが、若干ふらついている。やはりダメージは相当入っているようだ。
だが、その目に宿る闘志の炎は、弱まるどころかさらに強く激しく燃え上がっていた。
「あんた……やってくれたわね……」
キャサリン先輩の長い赤毛がふわりと逆立つ。彼女の両手から炎がボワッ! ボワッ! と噴出していた。
「でも、あたしを一撃で仕留められなかったのが、運の尽きよ……!」
すると、キャサリン先輩は自分とローガン先輩を囲むように、巨大な炎の壁を地面から出す。
二階の俺たちの席よりも高く、十メートル近くの円形の炎の壁がフィールドに出現した。これを超えるのは、いくらローガン先輩であっても難しいだろう。
「これで、終わりよっ……!」
そう言って、キャサリン先輩は大小異なる大量の火球を、自分の周りにびっしりと隙間なく生み出す。いくらローガン先輩であっても、これを全て避けきるのは至難の技だろう。
だが、ローガン先輩はこれを前にしても、落ち着いた様子だった。
そして、キャサリン先輩が火球を放とうとした瞬間、ローガン先輩が口を開いた。
「僕、降参しますね」
「…………は?」
「降参です。僕の負けです」
ポカーンと口を開いたキャサリン先輩の周囲で、火球が次々と消えていく。予想外の展開に、完全に思考が止まっているようだ。
きっと、ローガン先輩は、キャサリン先輩の攻撃を受けたら、負け以上に酷い状態になると感じたのだろう。そして、その判断はおそらく正しい。ローガン先輩は極めて冷静だった。
火球が完全に消え、炎のリングも消えた直後、代わりにキャサリン先輩の怒りの炎が爆発した。
「〜〜〜〜っ‼︎ 冗談じゃないわよっ!」
顔を真っ赤にし、目を釣り上げてズカズカとローガン先輩に近づいていく。
「あんたねぇえええ!」
「やめろ、キャサリン。もう試合は終わりだ。お前の勝ちだ」
ジェラルド先生がローガン先輩の前に立ち塞がる。
だが、それでもローガン先輩に向かおうとするキャサリン先輩。先生はそんな彼女の体を掴んでその場に止まらせる。
「一発殴らせなさいよ! 殴られっぱなしじゃいられないわ!」
「では、僕はこれで。お疲れ様でしたー」
「待ちなさいよっっっ‼︎」
怒り狂うキャサリン先輩とそれを取り押さえる先生を背に、ローガン先輩はさっさとその場を後にしたのだった。