入門篇

 日本では社会的連帯経済ということばはまだなじみが薄いかもしれませんが、ラテン系の国を中心に世界各地に広がっています。また、国連やその関連機関でも、社会的連帯経済関連の活動が行われています。

概念の整理

 世界各地では、主に歴史的な理由から社会的経済や連帯経済、社会的企業、そして非営利セクターや第3セクターなどの単語が使われていますが、これらの単語は一見似たような意味合いを持っているようで、その指し示す範囲はかなり違っています。誤解を避けるべく、まずこれらの概念の違いを見てゆきたいと思います。

 

社会的経済

 社会的経済は、株主の利益を最重視する資本主義企業でも、国営企業でもない経済活動として、協同組合やNPO(フランス語やスペイン語では、結社を意味するアソシアシオンと呼ばれる)、財団や共済組合をまとめたもので、その後別の法人格でも似たような運営を行う経済活動を社会的経済と認めるようになりました。資本よりも人間が優越すること、一株一票ではなく一人一票の民主的運営、行政からの自立などが挙げられますが、基本的に社会的経済かどうかの判断基準が運営実態ではなく法人格であることから、実際には民主的な運営や地域環境への配慮などをそれほど行っていなくても、協同組合やNPOであれば自動的に社会的経済の一員に認定されます。

 社会的経済の概念自体は19世紀に遡りますが、これが本格的に注目されるようになったのは、1973年のオイルショックにより高度成長が突如終わりを告げ、これまでのように税収増に基づいた福祉国家を運営できなくなってからです。この時期に社会的経済の考え方が見直されるようになり、1981年に発足した社会党のミッテラン政権下で支援が行われるようになりました。その後、同じフランス語圏であるベルギーのワロン地域や、同じくラテン系のイタリア、スペイン、ポルトガルでも、そしてさらには海を越えてカナダはケベック州でも、この動向を受けて社会的経済という考え方が広がり、政府による支援が行われました。

カナダ・ケベック州で作成された、社会的経済を紹介する動画(英語・フランス語

 

  

 また、アジアで社会的経済という概念が独自の発展を遂げているのが、韓国です。ここでは自活企業やマウル企業、社会的企業や協同組合が独自の成長を遂げ、政府や各自治体も積極的な支援を行っています。世界的に見ると後発で、2000年代後半から社会的経済という概念が少しずつ形成されてきた韓国は、世界各地の事例を貪欲に学習しながら新しい事例を増やしつつあり、今後も注目される存在です。

 

連帯経済

 それに対し連帯経済は、各種環境保護活動や社会運動と密接に結びついたものです。2018年に「連帯経済への招待」(ジョルディ・アスティビィ著)という本がバルセロナで刊行されましたが、この本の中では連帯経済について、「ある意味では連帯経済は、社会的経済の娘だといえる。この娘は反逆的で、母の現状維持や硬直化を受け入れず、自らの構築が行われるにつれ登場する新たな特徴を導入しているが、それらはさらなる環境意識、女性の役割や差異の権利に対する認識の強化、経済生活における民主主義と平等の導入という明らかな意思、社会的・文化的変革の展望、新たな政治文化である」という解説が書かれています。連帯経済は確かに社会的経済との共通点も多いのですが、端的にいうなら各種活動家がその活動に関係した事業を立ち上げ、活動の理念を反映させているものです(たとえば反原発運動家が再生可能エネルギーの消費者協同組合を立ち上げたり、途上国支援のNGO出身者がフェアトレードショップを立ち上げたり)。また、事例としてはこの他、有機農業や地域通貨、倫理銀行(日本ではNPOバンクという名前が使われている)などが含まれます。

社会的企業

 社会的企業については国により定義がかなり異なりますが、大まかにいうなら障碍者や長期失業者などの社会統合や低所得者層への支援など、何らかの社会的目的を経営目標に掲げて運営される企業です。英国や米国など英語圏で、新自由主義により慈善団体などへの公費助成が削減されるようになったことを受けて、慈善団体が事業を始めるようになったのが、社会的企業の始まりです。1980年代頃から頻繁に話題になるようになり、その後世界各地に広まるようになりました。社会的経済や連帯経済の一員とみなされる場合もありますが、協同組合やNPOなどに見られる民主的な運営をそれほど重要視しない団体もあることから、その距離感は微妙なものです。

非営利セクター、第3セクター

 日本では第3セクターというと、官民共同出資事業(特に旧国鉄の路線の運営事業体)というイメージが強いですが、これは日本独自の用語法であり、世界的には第3セクターは非営利セクターを指します。社会的経済と比べると、社会的経済で大きな存在感を示す協同組合が含まれない一方で、私立大学や私立病院が含まれますが、ここで何よりも大切なのは、非営利と非資本主義的・民主的のどちらに判断基準を置くかという点です。非営利セクターの考えの背景には、基本的に儲けが出る事業は全て民間が賄う一方、儲からないけど社会にとってどうしても必要な事業は政府やNPO、財団などにその運営を任せ、資金不足の部分は大企業や富豪などからの寄付で賄おうという考え方があります。それに対し社会的経済や連帯経済は、そもそも資本主義の論理に基づかない経済を模索しようというものであり、営利事業ではあるものの、株主ではなく労働者自身など関係者に剰余金を配当する協同組合は、まさに社会的経済の中核をなす存在なのです。

日本の動き

日本のつながりの経済(社会的連帯経済)の担い手紹介

各種の協同組合

農業協同組合 (農業協同組合法 1947年) 

消費生活協同組合  (消費生活協同組合法 1948年)

漁業協同組合 (水産業協同組合法 1948年)

企業組合 (中小企業等協同組合法 1949年) 

信用金庫 (信用金庫法 1951年) 

労働金庫  (労働金庫法 1953年) 

森林組合 (森林組合法 1978年) 

労働者協同組合 (労働者協同組合法 2020年)

 協同組合の一形式。株式会社の用に一株一票ではなく、一人一票の原則で運営される。労働者は自分自身を雇用し、出資し、経営、そして労働するという理念(「協同労働」)を持つ。

2020年12月4日労働者協同組合法 可決・成立。2022年4月施行。


日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)連合会

 高齢者事業団を起源とし、東京池袋に本部を持つ全国組織。2020年3月時点の加盟団体は28。「よい仕事」を地域に広げる運動を主として行う。最近では、「みんなのおうち」構想として、事業所を地域の人の居場所にする取り組みを行う。


ワーカーズ・コレクティブ

 1980年のICA大会におけるレイドロー報告が示した「協同組合による地域づくり」を生活クラブ生協が方針の1つに入れた。1982年にワーカーズ・コレクティブ「にんじん」が神奈川に誕生し、「デポー」と呼ばれる生活クラブ生協の拠点で、業務の請け負い・仕出し弁当製造販売などを始めたのが第1号。その後、東京・千葉・埼玉でも相次いで設立され、また、生活クラブ生協だけではなく、他の生協もワーカーズ・コレクティブの設立をすすめるようになり、全国に広がった。

 業種も生協の受託事業にとどまらず、食・福祉・環境・情報など日々の暮らしの質を高めるための「ものやサービス」を提供する事業体へと発展。家事援助・介護、保育・託児、生協の業務委託、弁当・食事サービス、編集・企画、リサイクル、移動サービスなど多岐にわたる。

全国で連携するワーカーズ・コレクティブネットワークジャパン(WNJ)に関連している団体は、全国で約400団体以上あり、約10000名のメンバーが所属。


NPO組織

特定非営利活動法人特定非営利活動促進法 1998年)

一般社団法人・財団法人一般社団法人及び一般財団法人に関する法律 2006年)

社会福祉法人 (社会福祉法 1951年)

社会福祉協議会(社会福祉法 1951年)

共済組合・共済会

NPOバンク


日本における具体的な取り組み

事業事例

・地域通貨

・有機農業

フェアトレード

・NPOバンク

ソーシャルファーム(東京)


活動事例(ネットワーク)

 社会的連帯経済においては、それぞれの取り組み(有機野菜を使った食堂、フェアトレードショップ、NPOバンクなど)も大切ですが、それだけではなくこれら事例が地域(たとえば都道府県や地)や分野(たとえばフェアトレードや有機農業)別のネットワークを作り、協力関係を結んだり、共同で見本市を開いたりすることで、日本社会全体における社会的連帯経済の存在感を高めることも欠かせません。ここでは、日本国内で活動している例をいくつか紹介いたします。

つながる経済フォーラムちば

生活クラブ運動グループ地域協議会

・「よい仕事フェア

よい仕事ステーション

共同連

NPOバンク連

世界の動き

ヨーロッパ

  まずヨーロッパですが、社会的経済という概念を生んだフランスを中心に、主にラテン系諸国(ベルギー南部、イタリア、スペイン、ポルトガル)で社会的経済や連帯経済という表現が使われています。特に盛んといえるのがフランスで、こちらでは前述した通り社会的経済という概念が定着しており、政治的な支援を得られることもあります。また、共済組合の中には社会的経済関係の各種イベントに協賛を行う団体も多く、フランス社会の一員として社会的経済が広く知られています。ベルギーについては、フラマン語(オランダ語の方言)を話す北部のフランダース地方とワロン語(フランス語の方言)を話すワロン地方の間で文化的にも社会制度的にも大きな違いがありますが、社会的経済は南部のワロン地方で盛んになっています。

 連帯経済についてはそれぞれの国で動きがありますが、ヨーロッパで一番活発と言えるのはスペイン、それも特にカタルーニャです。スペインではREAS(レアス)という連帯経済のネットワークがあり、州別や分野別のネットワークから構成されていますが(なお、カタルーニャについてはREASカタルーニャではなく、XES(シェス)という別組織)、カタルーニャは歴史的に社会運動が活発なこともあり連帯経済においても多様な活動が見られ、見本市を開催したり、連帯経済の事例マッピングサイトを運営したり、連帯経済ネットワークに加盟している団体がきちんとその原則を守っているかどうか査定する社会的バランスシート診断を行ったりしています。

ドキュメンタリー「バルセロナの連帯経済」(日本語字幕版)

 

 社会的経済や連帯経済が盛んな国の中では、社会的経済法や社会的連帯経済法を制定する国が出ており、ヨーロッパではスペイン(2011年)、ポルトガル(2013年)とフランス(2014年)で関連法が制定されています。

 その一方、英国では社会的経済ではなく社会的企業のほうがはるかに知られています。社会的企業は、オイルショックによりチャリティ(慈善活動)が政府からの財政援助を受けられなくなったことから、自分たちで事業を起こして必要な資金を賄う必要に迫られたことから発足したもので、基本的に法人格としては普通の株式会社や有限会社であっても、利益ではなく社会的目的の追求を優先するものになりました。

 

南北アメリカ大陸

  アメリカ大陸に目を移すと、社会的経済が最も活発なのはカナダのケベック州です。ケベック州は、英語が支配的な北米(米国・カナダ)において唯一フランス語圏となっていることから、他の地域とは異なった経済構造があり、社会的経済が活発に運営されており、社会的経済の州法も可決しています。同地域にはシャンティエと呼ばれる社会的経済の推進組織が存在し、各種活動を行っています。英語圏カナダでは、主に地域開発が話題になっており、ケベックであれば社会的経済とみなされる団体が地域開発の観点から活動を行っています。米国には連帯経済ネットワーク(SEN)もありますが、同国の規模を考えると非常に小さな存在である一方、非営利セクターまたは第3セクター(概念については上記参照)のほうがより一般的な概念です。

 中南米については、ラテン系ヨーロッパ諸国と同じく社会的経済と連帯経済の動きがありますが、特に注目すべきは、中南米独自のさまざまな価値観を取り込みながら発展を続ける連帯経済です。中南米は先住民やアフリカ系、ヨーロッパ系(ラテン系・ゲルマン系・スラブ系)や中東系、そして日系や華僑などさまざまな人種のるつぼとなっていますが、それぞれの伝統文化の中から連帯経済につながる価値観を見つけ出したり(たとえば自然と調和した豊かな生活を意味する「ブエン・ビビール」)、さまざまな社会運動と結び付いたりして発展しています。その中でも特に目を見張るのがブラジルで、「もう一つの世界は可能だ」をスローガンとして2001年に始まった世界社会フォーラムの中で、新自由主義的ではなく人間や環境を大切にする経済活動として社会的連帯経済が注目されるようになり、ブラジル連帯経済フォーラムという全国組織が結成されました。そして2003年に就任した労働者党のルラ政権の下で連帯経済局が連邦政府の機関として創設され、各種支援活動が行われていましたが、労働者政権が2016年に終わり、新自由主義を推進する政権になると連邦政府からの支援は打ち切られるようになり、2020年現在は逆境に立たされています。また、ブラジル最南部リオ・グランデ・ド・スル州サンタマリア市で開催されている連帯経済見本市(FEICOOP)は中南米でも最大規模のもので、ブラジル全国のみならず、アルゼンチンやウルグアイなど周辺諸国からも数多くの人が参加しています。なお、社会的経済の関係でいうなら、ブラジルやパラグアイなどでは日系人が農協を作って運営している例もあることも、日本人としては知っておきたいものです(その中でも最も栄えたものの、1994年に破綻したコチア農協の事例(日本語)についてはこちらで)。

FEICOOPの様子の紹介(2015年版)

アフリカ

  アフリカについては、やはりフランスの影響の強いフランス語圏アフリカ諸国の中で社会的連帯経済の動きが比較的盛んで、モロッコやセネガル、マリなどの国では全国ネットワークが存在しており、その他の国でも社会的連帯経済への取り組みがちらほら見られます。ポルトガル語圏でもカボ・ベルデやサントメ・プリンシペなどで連帯経済の萌芽が見られる一方、英語圏アフリカでは社会的連帯経済という考え方の浸透が遅れているのが実情です。

 

アジア

 アジアについてですが(日本については別記事で取り上げていますので、ここでは省略します)、社会的経済の動きが最も活発なのは、お隣韓国です。韓国は世界的に見ても独自の社会的経済が発達を続けており、自活企業(低所得者による労働者協同組合の一種)、社会的企業、NPO、マウル企業(日本でいうところのコミュニティビジネスに近い)、そして協同組合などによって構成されており、それぞれの団体に対して韓国政府(韓国社会的企業振興院)や道庁、市役所(ソウル市のポータルサイトの日本語版はこちらで)からさまざまな支援が提供されています。香港では社会的企業が集まって年1回サミットを開いたり香港政府も社会的企業を支援したりしています。さらに主に東南アジア方面や南アジア方面では、アジア連帯経済評議会(ASEC)が各種講演会などの活動を行っています。

動画「ソウルの社会的経済」(日本語字幕版)

 

国際ネットワーク・国連

 また、社会的連帯経済の特徴として、国際的なネットワークが活発に活動している点が挙げられます。その中でも主なものとしては、以下の3つが挙げられます。なお、この3つとも公用語として英語・フランス語・スペイン語の3言語が採用されているため、英語ができれば会議そのものには参加できますが、会議参加者の中には英語ができない(フランス語やスペイン語しかできない)人も少なくないので、フランス語やスペイン語をマスターすると人脈が広がります。

社会的連帯経済推進大陸間ネットワーク(RIPESS、リペス)

 1997年発足、2013年まで4年ごとに全世界大会を開催し(1997年南米ペルーの首都リマ、2001年北米カナダのケベックシティ、2005年アフリカ・セネガルの首都ダカール、2009年欧州ルクセンブルク、2013年アジア・フィリピンのマニラ首都圏)、大陸別ネットワーク(アジアでは前述のASEC)が機能。社会的連帯経済の実践者が中心のネットワーク。また、最近では社会的連帯経済以外も含めた「変革型経済」(transformative economy)という表現も生まれていて、2020年には変革型経済世界社会フォーラムを開催(本来は6月にスペイン・バルセロナ市内で開催する予定だったが、Covid-19によりオンラインフォーラムに変更)。


 社会的連帯経済国際フォーラム(旧称モンブラン会議)

  2004年発足。フランスの社会的経済の重鎮だったティエリ・ジャンテ氏が長年理事長を務め、フランス色の非常に強い会議。


グローバル社会的経済フォーラム(GSEF、ジーセフ)

 韓国のソウル市役所により2013年に創設。どちらかというと行政関係者が多く、またソウル市が発足したことから他のネットワークと比べて韓国からの参加者が非常に多い。また、このGSEFを基盤として発足した社会的連帯経済を推進する会が日本で活動を行っていることから、日本でも他のネットワークと比べてGSEFへの参加者が多い。 

2013年にフィリピン・マニラ郊外で開催されたRIPESS会議の模様

 そして、社会的連帯経済関係で注目すべきは、国連や国連関連諸機関の動きです。まず、国際労働機関(ILO)は2010年より世界各地で社会的連帯経済アカデミーを開催しています。国連系のシンクタンクである国連社会開発研究所(UNRISD)は社会的連帯経済関連の国際会議を運営済みで、その後もさまざまな研究を発表しています。そして国連本部にも社会的連帯経済の部局間作業部会が存在し、国連における社会的連帯経済の推進活動に取り組んでいます。

国連の社会的連帯経済関係部局間作業部会のホームページ 

 なお、社会的連帯経済は非英語圏諸国で活発な傾向があるため、世界のさまざまな動向を深く知るには、英語のみならず、ラテン系諸言語や韓国語など他の外国語も学んで積極的に情報を取れるようになることが大切です。語学については「社会的連帯経済関係の国際交流と語学力について」で詳しく紹介していますので、他の国に興味を持った方は、これを機会に語学の学習にも励まれることをお勧めします。