[台本] 東西東西・噺屋:天犬 大火の興行 ─第九幕・牢乎ノ断片:無念。─
登場人物
〇尊海 牢乎(とうとうみ ろうこ)
40歳、男性
寺生まれの“祓い屋”で大火の師匠。
軟派な発言が多いが物腰柔らかく、温和な人物だが、叱るときはちゃんと静かに叱る。
対怪異的にも物理的にも最強の人物。
○虚聞飛鳥馬華蔵閣 一(きょぶんあすまけぞうかく はじめ)
??歳、男性
いつも和服を身にまとっており、軽快に下駄を鳴らしながら歩く。
その発言は常に適当、だが何故か納得できてしまう言い分を必ずくっつけてくる。
自称・尊海 牢乎の弟子だが、そのような事実は無いし、最近、尊海 牢乎に殺されたので復活した。
○天狗・赤星(てんぐ・あかぼし)
????????歳、不問
大火の同位体で物語の黒幕。
大火の母、メメの同位体でもあり、大火に掩蔽せし全天にて燃え燦めく赤色超巨星に近い熱量を内包する存在。
また、大火の生まれた里の人間たちが顕現させようとしていた“天狗様”。
現し世そのものを燃料とし食い散らかしたいと考える物理的星食の怪物。
尊海 牢乎 ♂:
虚聞飛鳥馬華蔵閣 一 ♂:
天狗・赤星 不問:
↓これより下が台本本編です。
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~厭離穢土欣求浄土・右心室~
牢乎:「…………。」
間。
牢乎:「お。」
(赤星、何処かからか転送されて現れる。)
赤星:「ッ!!ここはどこだ……ッ!?」
牢乎:「“厭離穢土欣求浄土(おんりえど・ごんぐじょうど)”の右心室だよ。」
赤星:「ッ!!」
間。
赤星:「……尊海 牢乎(とうとうみ ろうこ)ッ!!」
牢乎:「やあ。初めまして。“天狗様”、赤星(あかぼし)。」
赤星:「貴様のせいで大火(たいが)はおかしくなったッ!!」
牢乎:「そうかな?僕のせいかな?
タイガくんは元々そういう質(たち)だったと思うよ。」
赤星:「黙れッ!!」
(赤星、牢乎に向かって手を向ける。)
赤星:「“我は全天を灼き尽くす星なり”ッ!!!
“我が炎よ”ッ!!“灼き尽くせ”ッ!!!!!」
(赤星が放った炎が牢乎を包む。)
牢乎:「……。」
赤星:「ははは……!一切効かないかッ!!」
牢乎:「一切という事は無いよ。流石に火傷しそうだ。」
(牢乎、炎を払う。)
赤星:「そうか。それは良かった。」
(炎の熱量が一気に上がる。)
牢乎:「…………ん。」
(牢乎の右腕、炭化してしまう。)
牢乎:「おや。僕の右腕が使い物にならなくなってしまった。」
赤星:「全能の化身と言えど、規格は人間に収められる様だな。
であればッ!!!」
牢乎:「っ。“結界・三千世界(さんぜんせかい)”。」
赤星:「擬似世界展開による防御程度でどうにかなるとでも?」
(赤星の心臓が発光する。)
牢乎:「恒星爆発級の熱量か。これはまずいかもしれない。」
赤星:「私は旧世界、そして赤色超巨星の化身にして“世界”に至った者だッ!!!
両腕の無い貴様の結界術ではこれは耐えられないだろうね!!消えろッ!!!」
一:「そうであろうそうであろう。」
赤星:「ッ!!」
一:「トウトウミ先生、ご一緒に!!」
牢乎:「はぁ……。」
一:「“結界・大千世界(だいせんせかい)”ッ!!」
牢乎:「連結。再構築。“結界・三千大千世界(さんぜんだいせんせかい)”。」
(牢乎と一、赤星の攻撃を完全に無力化する。)
赤星:「なにッ!?」
牢乎:「弟子と一緒に居なくて良いのかい。」
一:「私の弟子である畢(おわり)くんもシオンくんも優秀であるからなぁ。
あちらはあちらで任せようと思い、助太刀に参った次第だ。」
牢乎:「別に助太刀とか要らないのに。」
赤星:「虚聞飛鳥馬華蔵閣 一(きょぶんあすまけぞうかく はじめ)ッ!?
何故貴様がここにいるッ!?死んだはずではッ!!!」
一:「それに対しては至極当たり前の答えを返そう!
我が弟子が……いや、“黄泉帰り”をした。ただそれだけだ。」
赤星:「妖(あやかし)では無いただの人間がどうやってッ!!」
一:「はて?????
私は人間だったかな?どう思う?トウトウミ先生????」
牢乎:「知らないよ。」
一:「そうであろうそうであろう!
私自身、自分を“ただの人間”だと思えた事は一度たりとも無くはないくらいだ。
故に──」
赤星:「……“隠世(かくりよ)”に渡ったというのか。」
一:「そうだとも。
まあ、“現し世(うつしよ)”と“隠世(かくりよ)”が曖昧なこの場所だから出来た芸当だがな。
そして、黄泉帰りをした者はどうなるか、知らぬわけはなかろうよな。」
赤星:「…………確かに。以前にも増して厄介そうだ。
だが──」
間。(赤星、構える。)
赤星:「関係無い。“潰れろ”。」
一:「ん?」
(一、上下から力を加えられる様にぺしゃんこに潰れる。)
一:「──ぐあッ」
赤星:「よし、まず一人排除だ。」
牢乎:「まず一人って誰の事?」
(赤星、牢乎の方を見る。)
赤星:「は?」
一:「はて──」
赤星:「ッ!?」
(赤星、声の方を向く。)
一:「一体全体誰が誰を排除したというのか。
どう考察する?トウトウミ先生。」
牢乎:「考え察する部分なんてなかったでしょ。」
赤星:「何……!?」
一:「何故、私が生きているのか、と言った顔だな。
しかしだ。“自明の理(じめいのり)”では無いか?」
牢乎:「彼は、人をおちょくるのが大好きで、大好きすぎて世界すらもおちょくる男。
虚聞飛鳥馬華蔵閣 一(きょぶんあすまけぞうかく はじめ)。
“世界”に至った君には、少々、いやかなり分が悪い相手だと思うね。」
赤星:「私の認知を歪めているとでも言うのかっ!」
一:「否、否否否。
私はわざわざ“黄泉帰り”までしてきたのだぞ?
認知を歪めた、などという狭い尺度でやり繰りする様な存在ではなくなったのだよ。」
間。
一:「改めて。」
間。(赤星、一切の瞬きをしていないにも関わらず、一が視界から消えた事に気づく。)
赤星:「ッ!?一瞬いや須臾(しゅゆ)すら目を離さなかったというのに!!
何処へ消えたッ!!」
一:「閑話休題(かんわきゅうだい)。それはさておき。ともかく、だ。
名乗らせて頂こう。」
赤星:「くそッ!!どこから声がッ!!」
一:「私の名は虚聞飛鳥馬華蔵閣 一(きょぶんあすまけぞうかく はじめ)。
国家の裏側を束ねし“鉢頭摩(はどま)”の子孫であり、擬似的並行世界航海者。
“絶対”を司る尊海 牢乎(とうとうみ ろうこ)の対を成す“曖昧”を司る払い屋。」
牢乎:「別に司ってないけどね。」
一:「私は世界を騙し、懐疑し、その在り方に常に“疑問”を投げかけよう。」
間。
一:「何故、君が選ばれたんだね?」
赤星:「知らないよ。私が私としての自我を芽生えさせた時、既に“斯くあるべし”と定められていた。」
牢乎:「“人々の願い”というやつかい。」
赤星:「そうだ。
疑問というのであれば、尊海 牢乎(とうとうみ ろうこ)、貴様を問い質す。」
牢乎:「聞くだけ聞こう。」
赤星:「何故、“世界をこの様な形”にした。」
牢乎:「……。」
一:「……。
おやおや。“絶対”を司り、全能の化身たるトウトウミ先生は世界の在り方さえもお決めになられたのか。」
赤星:「少なくとも、私たち旧世界の存在が“妖(あやかし)”という形で干渉出来るのは、貴様の影響という事は分かっている。
私たちにとってはまたと無い好機、だが貴様は決して私たちの味方というワケではない。
そこにどういう“理由”があるのか。是非とも明かして頂きたい。」
牢乎:「……。」
間。
牢乎:「ま、それくらいなら答えよう。
……単純な話。“そうせざるを得なかった”、だ。」
一:「ほう?」
牢乎:「旧世界から今の世界に到るに辺り、不完全燃焼が起きた。
故に、中途半端に旧世界の熱量が残り、こちらが新しく羽化するには些か熱量が欠けていた。
このままでは両方の世界が虚(うつろ)に落ち、洞(うろ)に落ちてしまう。
そうなっては“六つの世界を越え、ここまで来た積み重ね”が無駄になってしまう。
それだけは避けなくてはならない。」
間。
牢乎:「だから、僕“たち”は二つの世界を一つにした。」
赤星:「………………そうかそういうことか……。」
間。
赤星:「貴様たちにとっては、どちらの世界が上位になろうとも関係無いということか!」
牢乎:「有り体に言えばそうだね。」
一:「当意即妙、臨機応変に事を進めていた、と。
いやはや、“上位”の存在たちの考える事はすけぇるが大きくて敵わないなぁ。」
赤星:「であればロウコ、貴様は何故私の前に立ちはだかる。
傍観の立場であらねばならない筈の貴様たちが、何故“盤上”に立つ。」
牢乎:「簡単な事だよ。」
一:「……。」
牢乎:「僕は、この世界の事は確かにどうでも良いって思ってる。
だって僕自身は何も変わらないからね。」
間。
牢乎:「けど、僕の弟子たちはこの世界を守ろうと必死に足掻いている。
だったら、それを手助けするのが師匠ってもんじゃないかな。」
赤星:「ッ!!!!」
一:「おお~トウトウミ先生。
私は感銘を受けました。涙が止まりませぬ。」
牢乎:「せめて一粒でも流しなよ。」
一:「元々私はこの世界を守る側でしたが、
更に気持ちを引き締め、この戦いに臨もうと決心致した次第です。」
牢乎:「あっそ。」
一:「全ては!愛する私の弟子たちの為にっ!!」
牢乎:「はぁ……。」
(牢乎、赤星を一瞥する。)
赤星:「ッ!!何ィッ!?!?!?!」
一:「おや、かつての私の様に何の脈絡もなく身体が真っ二つに。」
牢乎:「実はね。これでも凄く怒ってるんだ。」
赤星:「な……何が起こっている……!」
牢乎:「僕の弟子の弟子、鬼嫁 弓燁(おにとつぎ ゆみか)の亡骸を媒介(ばいかい)に“災厄の華”なんてものを開花させたんだってね。」
(赤星の脚が消失する。)
赤星:「……ッ!!あ……脚がッ!!」
牢乎:「大体何?“赤色超巨星の化身”って。
どれ?まあ“赤星(あかぼし)”だし“蠍(さそり)の炎”なんだろうけどさ。」
(赤星の腕が消失する。)
赤星:「一体全体何がどうなっている!!!」
一:「その気持ち、非常に分かる。」
牢乎:「不愉快だ。
君がもう少し我慢してくれれば、或いはもっと早く目覚めていれば。」
間。
牢乎:「でも、それも“是非も無し”だ。
過ぎ去った事はどれだけ悔やんでも、“僕”にはどうしようも無い。」
(赤星の胴体が消失する。)
赤星:「くぅッ!!!!」
牢乎:「……へぇ……生首だけになっても生きているんだ。」
赤星:「何故……何故こうなっている……!!
これが“絶対”を司りし“全能の化身”の力なのかッ!!」
牢乎:「あのさ……僕は別に絶対を司ってないし、全能の化身でも無い。
もしも本当にそうだったら、誰も泣かなくていい。
“人を愛しちゃいけない、人に愛されちゃいけない”なんて言う子がいない世界を作るよ。」
赤星:「──ッ」
(赤星の頭が消失する。)
間。
牢乎:「……はぁ……。」
一:「おやおや、結局“手の奥”を出すまでもなかったですな。
どうやら、ほぼ同時に他の場所でも核の消滅が叶った様です。」
牢乎:「そう。」
間。
牢乎:「ハジメ、避けな。」
一:「相分かりました。」
(一、 靄の様に炎熱の攻撃を避ける。)
赤星:「クソッ!!何故分かったッ!!!」
牢乎:「僕は──」
一:「──トウトウミ先生は!ありとあらゆる事が分かっていらっしゃる!
だから君が先生を惑わそうとしても!……無駄ですよ?」
牢乎:「…………そういうこと。」
一:「いやはや、残りの核は五つと聞いていましたが、奥の手でしょうかねぇ。」
牢乎:「そうだろうね。
五つ……いいや、六つの核が破壊された時に顕現する七つ目。用意周到だこと。
これで晴れて、君の計画はおじゃんという訳だ。」
赤星:「忌々しい……!!“厭離穢土欣求浄土(おんりえど・ごんぐじょうど)”共々特異点の彼方へ呑まれろッ!!
“我は世界の終わり、黑洞(くろうろ)なり”っ!!
“我が洞(うろ)”ッよ!!“総てを呑み込め”ッ!!!」
一:「“黑洞(くろうろ)”……ぶらっくほぉる、というやつですな。
まさかまさかの自爆とは、いやはや三下極まっておられる。」
牢乎:「“結界・三千世界(さんぜんせかい)”。」
一:「“結界・大千世界(だいせんせかい)”ッ!!」
牢乎:「連結。再構築。“結界・三千大千世界(さんぜんだいせんせかい)”。」
赤星:「無駄だッ!!我が洞(うろ)は擬似世界さえも呑み込むぞ!!」
一:「そんな事、分かりきっている。」
牢乎:「ハジメ、準備は済んでるかい。」
一:「応とも。手筈通りに。」
牢乎:「ありがとう。
……“黑洞(くろうろ)”、ブラックホールの対処に関しては、僕の知り合いに専門家が居てね。」
赤星:「ッ!!」
牢乎:「“偽真空(ぎしんくう)”展開。」
一:「結界反転!」
赤星:「“黑洞(くろうろ)”ごと私を覆っただとッ!?」
牢乎:「終わりだ。真空の相転移(そうてんい)、開始。
“真空崩壊(ハラル・マルアフ・マヴェット)”。」
赤星:「な────」
(結界内が超空洞と化す。)
間。
牢乎:「よし、今度こそ終わりだね。」
一:「終わったにしては呆気ないと感じますが、本当ですか?トウトウミ先生?」
牢乎:「僕が『是』と言えば『是』となり、『非』と言えば『非』だ。」
一:「ははは。これはこれは……失敬……!」
間。
一:「閑話休題(かんわきゅうだい)。それはさておき。ともかく、だ。
これから、どうなるのですか。」
牢乎:「さあね。タイガくん次第だよ。」
一:「ほう。タイガくん次第とな。」
牢乎:「…………。」
一:「……どうしたのですか、尊海 牢乎(とうとうみ ろうこ)。貴方らしくもない。」
間。
牢乎:「僕は。」
間。
牢乎:「良い師匠では無かったな、と。
今までを反芻していただけだよ。」
一:「……そうですか。」
牢乎:「……ああ。」
間。
牢乎:「とりあえず、こちらももう。」
間。
牢乎:これにて終幕。
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