[台本]東西東西・噺屋:天犬 大火の興行 ─第五幕:一と畢、終わりの始まり─
始まりがある以上終わりがあるのは畢竟、是非も無し。
始まった以上、終わる為に進み続けるしかないのだ。
やっとこさの折り返し。
山は上りはゆっくりだが、下りは思いの外早い。
そして、山は上りよりも下りの方が危険だ。
くれぐれも、気を付ける様に。
登場人物
○天犬 大火(あまいぬ たいが)
17歳、男性
天狗の半妖で、怪談を雑談に挿げ替える“噺屋”。
皮肉屋で毒舌家で陰湿な性格。
主人公。
〇尊海 牢乎(とうとうみ ろうこ)
40歳、男性
寺生まれの“祓い屋”で大火の師匠。
軟派な発言が多いが物腰柔らかく、温和な人物だが、叱るときはちゃんと静かに叱る。
対怪異的にも物理的にも最強の人物。
※妖狐と兼ね役。
○慈苑戸 畢(じえんど おわり)
??歳、女性
自称・一の一番弟子。
常に伏せ目がちでおどおどしている。
剣術に優れており、切れないものなど無い。
師匠である一の事が大好きで大好きで仕方が無い。
○虚聞飛鳥馬華蔵閣 一(きょぶんあすまけぞうかく はじめ)
??歳、男性
畢とシオンの師匠で大火にとっては苦手な人。
いつも和服を身にまとっており、軽快に下駄を鳴らしながら歩く。
その発言は常に適当、だが何故か納得できてしまう言い分を必ずくっつけてくる。
自称・尊海 牢乎の弟子だが、そのような事実は無い。
○半 シオン(はした しおん)
15歳、女性
畢の妹弟子。
とある組織で殺し屋として育てられ、かつて一を殺す為に派遣されたが、一が弟子にした。
戦闘能力において最強に迫る程の力と技術を持つ。
言動が少なく、感情も乏しいのでそこら辺を育み中。
○藍髪の妖狐
??、男性
大火と畢の心を壊す為に顕れた妖怪。
妖狐の癖に言葉回しがやけに演劇チックで大袈裟。
人の思考を読み、それに準じたトラウマを刺激する。
その正体は──
天犬 大火♂:
慈苑戸 畢♀:
虚聞飛鳥馬華蔵閣 一♂:
半 シオン♀:
♠尊海 牢乎/藍髪の妖狐♂:
↓これより下が台本本編です。
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シオン:じゃじゃじゃー、じゃーん。前回のあらすじ。
一:「なんだね、これは?」
畢:冬台(ふゆうてな)高校で大火(たいが)さんたちが友情を深めている間、
その裏の語られないお話で、
オワリのししょー虚聞飛鳥馬華蔵閣 一(きょぶんあすまけぞうかく はじめ)ししょーが、
オワリ以外の弟子を連れてきました。
シオン:じゃじゃじゃ、じゃーん(ベートーヴェン交響曲第五番『運命』)
一:「なんだね、これは。」
畢:それからというもの、ししょーはオワリよりも新しい弟子、
半(はした) シオンちゃんに付きっきり!!
それまでししょーの愛を独占していたというのに……!
ししょーは一体どこでこんな可愛い女の子を……
シオン:「……?」
畢:「あぅ……!本当にこの子可愛い……!!」
一:「なんなんだい、これは。」
畢:こんなにもししょーの事を愛してるのに!
嗚呼!オワリ!辛い!辛いです!
故に、オワリは家出します!!
畢:「ししょーの……色男――――!!」
(畢、涙ぐみながら走り去っていく。)
一:「オワリくん!それは悪口じゃないよ!!」
(一、 畢に向かって手を伸ばす。)
シオン:……。
シオン:「ではでは、皆々様、隅から隅まで、
ずずずい~っと希い上げ奉りまする(こいねがいあげたてまつりまする)。」
一:「なんなんだいこれは~~~~~~~~!!!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~尊海屋敷~
(正座させられてる大火、大火を見下ろしす牢乎。)
大火:「…………。」
♠牢乎:「……。」
大火:「…………。」
♠牢乎:「……。」
大火:「………………。」
♠牢乎:「……。」
大火:「………………。」
♠牢乎:「……。」
大火:「ごめんなさい……。」
♠牢乎:「うん、君の弟子のユミカちゃんは真面目に学校行ってるんだから、
もう二度と学校をサボらないでね。」
大火:「…………。」
♠牢乎:「返事はどうしたの。」
大火:「……いや、その……二度としない自信がねェので……。」
♠牢乎:「…………まあ、確かに保証は出来ないよね。」
大火:「…………。」
♠牢乎:「……じゃあ──」
(大火、頭を床に勢いよくぶつけて土下座する。)
大火:「すいませんでしたどうか破門や師事しないのは勘弁してください。」(滅茶苦茶早口)
♠牢乎:「そんな事しないけれど、お使いを頼むよ。」
(牢乎、袖からメモ帳を取り出しさらさらと文字を認める。)
間。
♠牢乎:「はい、よろしくね。」
(牢乎、メモ紙を大火に差し出す。)
大火:「え。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~街中~
(大火、メモを見ながら歩いてる。)
大火:「……えーっと?」
♠牢乎:『今日は家政婦さん居ないから夕飯の買い出しに行ってきて欲しい。
キャベツ、にんじん、玉ねぎ、豚バラ肉、ウスターソース、焼きそば麺。』
大火:「…………今日の夕飯は焼きそばか……しかも、ソース……。」
大火:「……。」(メモをポケットに突っ込んで歩いてる。)
大火:「俺は塩のが好きなんだけどなー……」
(大火、ベンチに座ってる畢を素通りする。)
畢:「えぐっえぐっ……」(泣いてる。)
大火:「ん?」
間。(大火、立ち止まって後ろを向く。)
畢:「うぅ……うぅ……」
大火:「……。」
大火:(コイツ……なんかどっかで……)
◇
~回想~
一:『ん?私が誰かって?
仕方がない。せっかくだからもう少し引き伸ばそうとも思ったが、
そんなに時間は無いからな。』
一:『私は……私の名は──』
(一、黒板の後ろを通り過ぎると畢と入れ替わっている。)
大火:『!?』
畢:『──虚聞飛鳥馬華蔵閣 一(きょぶんあすまけぞうかく はじめ)だ。
以後、よろしく。』
◇
大火:「あ。」
大火:(あの胡散臭いヤツの弟子。)
畢:「ひう……ひぅ……」
大火:「……。」
大火:(なんか厄介そうだし、無視しよ。)
畢:「ししょー……」
間。
(大火、ある程度歩いて離れたけれど、引き返してくる。)
大火:「おい。」
畢:「ひっ……!えっ、えぇ?」(急に声を掛けられてびっくりする。)
大火:「どーしたんだよ。」
畢:「えっ……あ……アナタは……牢乎(ろうこ)さんのところの──」
大火:「おう、師匠の──」
畢:「あんまり強くない方のお弟子さん……」
大火:「あんまり強くないってなんだ!!」
畢:「ひぃ!ご、ごめんなさい!!」
大火:「あっ……いや、そうじゃなくて……
あー……えーっと……
スゥーーーーーーーーーー……なんで泣いてんだアンタ。」
畢:「え。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
♠牢乎:一方その頃、ハジメたちは──
(一、カレーを手を付けずにスプーンを右往左往している。)
一:「うーむ。」
(シオン、大口でカレーを頬張る。)
シオン:「あむ……もぐもぐ。」
一:「オワリくん、昼食時になっても帰ってこないとは、
いやはや何処へ行ったのやら。」
シオン:「もぐもぐ。」
一:「……。」
シオン:「……迎えに行けば、良いじゃない。」
一:「む。それはそうなのだが、私は自主性を慮る主義故、
ここでオワリくんを探しに行くのは彼女に失礼かとも思うのだよ。」
シオン:「言っている意味が分からない。
貴方はどうにも、感情が見えない。
アタシとは違うタイプ、に、思う。」
一:「そうかね?私は特別感情を殺しているワケでも乏しいつもりも無いのだが、
何故なのだろうか。」
シオン:「その言の葉が、ノイズ、だと思う。」
一:「う~~~む、それはそうやもしれんな。
私は“曖昧である”事が存在そのモノ故。」
シオン:「もぐもぐ。」
一:「……それにしても、何故(なにゆえ)オワリくんは飛び出して行ってしまったのか。」
シオン:「…………。」
間。(食事の手を止める。)
シオン:「……アタシのせい、かな。」
一:「ん、それはどういう事かね?」
シオン:「……アタシが、貴方と姉弟子の時間を奪った、から。」
一:「…………あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。」
シオン:「正解か。」
一:「一理あるかもしれん。」
シオン:「なるほど。」
一:「それにしても、半(はした)くん。
だいぶ人の感情を理解できる様になったではないか、素晴らしい、実に素晴らしい。」
シオン:「そう、か。それは良かった。」
一:「なるほどなるほど、であれば男として師匠として、オワリくんを迎えに行かねば、だな。」
シオン:「もぐもぐ。」
一:「行こうではないか、ハシタくん!」
シオン:「え、アタシもですか。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~街中~
(大火、畢、ベンチに座ってる。)
畢:「──と、いうわけで、家出してきたのです……。」
大火:「わりぃ、全然何も分からん。」
畢:「うぅ……ししょー……
“私の弟子はオワリくんただ一人だよ。それ以上弟子を取るつもりもないし手放す気もない。”
って言ってたのに……。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
一:「へっくしょん。」
シオン:「なんだ、風邪、か。」
一:「いや、なんだか平行宇宙の自分の発言を私も言った様な言い回しをされた気がしただけだ。」
シオン:「なんだその特殊状況。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
大火:「……俺の勘でしかねェけど、
多分お前の師匠そういう事言うタイプじゃねェぞ。」
畢:「うぅ……ししょー……」
大火:「聞いてねぇし。」
畢:「ぐす……タイガさんは、ロウコさんに愛されてそうで良いですよね……。」
大火:「…………。」
◇
~回想~
大火:『……なあ。』
♠牢乎:『どうしたの、タイガくん。』
大火:『……師匠にとって、俺が、その、マナデシって……ホント……?』
♠牢乎:『……。」
大火:『……。』
♠牢乎:『……さあ。
あれは……あれはー……そう、ユミカちゃんを労う為の……そう……適当だよ。』
大火:『………………そうか……。』
◇
大火:「……。
師匠は……俺の事なんか、愛してくれてねぇよ。」
畢:「……え……?でも……ロウコさん、貴方の事を愛弟子って……」
大火:「あれは嘘だぜ。」
畢:「…………。」
大火:「師匠はさ、俺の事を愛さない。」
畢:「なんで、そんな風に思うんですか……?」
大火:「俺が師匠の弟子になった時にそう言われたんだ。」
◇
~回想~
♠牢乎:『タイガくん。』
大火:『……。』
♠牢乎:『僕は、忌み子の君を許さないし、愛さない。
それが……罰だよ。』
◇
畢:「忌み子……。」
大火:「……。」
畢:「……オワリたち、似た者同士、ですね。」
大火:「え?」
畢:「ししょーが言うには、オワリは“ワケあり”なんだそうです。
オワリにどういうワケがあるのかは知りませんが、
確かに、オワリはししょーの弟子になってからの記憶しか無いですし、
漠然と何かあったのかなーとは思っていますけれど。」
大火:「そう、なのか。」
間。
大火:「俺たち、似た者同士、だな。」
間。
畢:「……えへへ。」
♠牢乎:「よく分かっているじゃない。」
大火:「え……。」
一:「私たちは君たちを愛してなんか居ないよ。」
(牢乎、一が突然現れる。)
畢:「し、ししょー……?」
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♠妖狐:「半端者と偽物の奇妙な符号、取り合った手と手……!
そこから発展するは美しきかな友情!!
その絆は何者も侵犯する事の出来ぬ聖域になりえるであろう!
だが!……だが!だが!だが!!
何かを手に取るという事は、何かから手を離すという事に他ならない……。
嗚呼、無情!私はその離してしまった手を、ほぐれてしまった隙を、
ずっと待っていた……!!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~街中~
シオン:「……なあ、ハジメ。」
一:「んー?」
シオン:「なんだか街の様子、おかしい。」
一:「そうだな。
街全体を覆う程の瘴気が漂っているな。
いやはや、白昼堂々こんな事をするとは一体どこのどやつなのだろうか。」
シオン:「アタシは、アンタらが言う妖ってのがよく分かってないんだけど、
なんで昼間、は、潜んでいるんだ。」
一:「なに、実に簡潔かつ簡易な理由だ。
……東西東西(とざいとうざい)。」
シオン:「……?なんだ急に。」
一:「“昼間は人間、もっと言えば女子供にすら勝てない”からだ。」
シオン:「?
なんで?」
一:「“そういうもの”だからだよ。
ハシタくんはまだトウトウミ先生にはあったことはなかったかな?」
シオン:「うん、知らない、ひと。」
一:「そうか。まあ、会ってみれば一瞬で理解出来ると思うが、
先生は全知全能なのだ。」
シオン:「ぜんち、ぜんのう?」
一:「そう、全知全能。
この世界は先生が思う通りに出来ている。
先生が『是』と言えば『是』となり、『非』と言えば『非』となる。」
シオン:「うわ。なんだそれ。気持ち悪いな。」
一:「はっはっはっ!
まあまあ。閑話休題(かんわきゅうだい)。それはさておき。ともかく、だ。
彼の力によって“妖は昼間、人間には勝てない”というルールを定め、固定したのだ。」
シオン:「…………その男が“そう”言ったから“そう”なった……」
一:「そういうことだ。」
シオン:「…………。」
一:「ま、そんな事は正味どうでも良い。
早くこの異常を律(ただ)し、オワリくんを見つけよう。」
シオン:「そう、だね。」
一:「……む?」
シオン:「ん?」
間。(目の前に畢が現れる。)
畢:「……。」
シオン:「ん、姉弟子発見、だ。
では、後はこの異変を──」
畢:「──ッ」(一瞬で間合いを詰めシオンに斬りかかる。)
シオン:「え──」
一:「おっと。」
畢:「ッ!!」
シオン:「ッ!!」
(一、 畢に右腕を切り飛ばされる。)
シオン:「ハジメッ!!!」
一:「ふむ、この太刀筋は、本物“っぽい”なぁ。」
畢:「ッ」(一たちから距離を取る。)
一:「いやはや……。
大丈夫かね?ハシタくん。」
シオン:「い、いやいやお前の方が!!
右腕が──ッ……あれ……?」
一:「私の右腕が、どうかしたのかね?」(着物の裾から切り飛ばされた筈の右腕を出す。)
シオン:「さっき……確かに切り飛ばされて……」
一:「いなかった。ただそれだけだ。」
シオン:「……そ、そうか……。」
一:「して、ハシタくん、後ろに避けたまえ。」
シオン:「ッ!!」
間。(シオンに向かって火炎が飛んでくる。)
シオン:「な…」
大火:「チッ!!」
一:「これはこれはタイガくん、君って火炎放射みたいな事も出来たのだねぇ。」
シオン:「……誰だ。」
一:「先程話したトウトウミ先生の弟子──」
大火:「……。」
一:「の、あんまり強くない方だ。」
大火:「あんまり強くないってなんだ!!」
一:「おっと、これはまた本物“っぽい”反応だ。」
シオン:「く……おいハジメ、私、は、どうしたら良い。」
一:「私もどうすれば良いのか決め倦(あぐ)ねている。
ただの偽物であれば良いのだが、洗脳だのなんだのをされていたら面倒だ。」
畢:「ししょー。」
一:「ん?」
畢:「オワリは……何者なんですかッ!!」(一に斬りかかる。)
シオン:「ハジメッ!!」
一:「ハシタくんは手出し無用だ!!」
シオン:「──ッ!!」
畢:「ハァッ!!!」
一:「ぐっ!!!!」(刺される。)
シオン:「ハジメッ!!!!!!」
大火:「はぁああああッ!!」(身体を怪異化させてシオンに殴りかかる。)
シオン:「くっ!!」(刀で防ぐ。)
大火:「ちぃっ!!!」
シオン:「きィさまァ!!はぁッ!!!!」
大火:「くっ!!」(シオンと距離を取る。)
シオン:「…………貴様は容赦無く殺すからなァ!!!!!!!!!!!」
一:「ハハハ、ぼちぼちしたら念の為に止めに入らないとだなぁ。」
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♠妖狐:「舞台は混沌とする。
人間の絆とは、げに脆いものだ。
一度ほぐれた糸は、するすると解けていく。」
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一:「──で、何がどうしたのかなオワリくん。」
畢:「えぇ……?」
一:「ん?私に何か聞きたい事があったのではないのかね?」
畢:「え……あ……で、でも──」
一:「刺されてるのにそんな場合なのか、と言いたいのかね?
嗚呼、そんな場合だとも。
私にとってオワリくんは大切な存在だ。
もしも私がオワリくんに酷いことを言ったりやったりしたら、
即刻斬り殺して欲しいと常々思っているくらいだ。」
畢:「…………。」
一:「……故に、この痛みも、是非もなしと受けよう。
そして、君の疑念はなるべく払える様、これからも尽力するつもりだ。」
畢:「……ししょー……」
一:「だから、すまないが、今は眠っていておくれ。」
畢:「…………。」(眠りに落ちて霧散する。)
一:「……ふむ、本物“っぽかった”が、ちゃんと幻影の類(たぐい)であったか。
詰まるところ、質量を持つ幻影……か。」
シオン:「ハジメ!」
一:「ん。そちらも終わったか……おやおや、血まみれでは無いか。
返り血ではあるのだろうが、大丈夫かね?」
シオン:「まあ……って、そんなことより!その腹!!」
一:「ん?ああ、私の腹は確かに空(す)いているぞ。」
シオン:「そうじゃなくて──……また無かった事に……」
一:「ははは、困惑しているな。だが、そのままで良い。
なるべく気にしないように努めておくれ。」
シオン:「……ハジメがそう言う、の、なら、そうする……。
……ところで。」
一:「んー?」
シオン:「あの強くない方、の弟子、殺しても消えなかったが……大丈夫、なのか?」
一:「大丈夫であろうよ。
タイガくんに“本当”の危機が迫ったら、何処に居ようとも、
トウトウミ先生が現れるに決まっているしな。」
シオン:「そうなのか?」
一:「ああ。そうだとも。これは“絶対”だ。」
シオン:「……?」
一:「さ、改めて、オワリくんを探そう。」
シオン:「うん。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
♠妖狐:「狂人ここに極まれり……。
……流石は、キョブンアスマケゾウカクの人間……!
だが、結局は成熟した人間であるが故の、打開。
あの子たちは、こうはいかないだろう……!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(大火と畢、牢乎、一と対峙している。)
畢:「そ……そんな……し、しょ──」
一:「気安く私を師匠と呼ぶな。
人間の偽物でしかない傀儡風情が。」
畢:「──ッ」
一:「何を一丁前に傷ついて──……あ……?」
間。(一、畢に刺される。)
大火:「ッ!!」
♠牢乎:「っ!!」
一:「な……何故……私を刺し……」
畢:「ししょー言ってました。
ししょーはオワリを否定する事を言わないって。
もしも、そういうことを言ったら斬り殺せって。
ッ!!!(袈裟斬りする。)」
一:「ぐあああああッ!!!!」
大火:「……。」
♠牢乎:「……。」
(一、 霧散して消える。)
畢:「ああ……!ししょーが霧みたいに消えちゃった……!
うあああーん……!」
大火:「……。」
♠牢乎:「……。」
大火:「……残念だったな。
俺たちを惑わしてどうのこうのしようとしていたみてぇだが、
この通り、失敗だ、なッ!!!」
(大火、右腕を妖化させ牢乎を殴る。)
♠牢乎:「ちッ!!」
(牢乎、避ける。)
大火:「……避け方まで師匠と一緒かよっ!」
畢:「うぅ~~~ししょお~~~~~」
大火:「おい!慈苑戸(じえんど)!しっかりしろ!
さっきのは偽物だ!」
畢:「……え!
で、でもあの感じ……本当の……」
大火:「……そうだな。本物って感じだった……。」
畢:「……っ」(牢乎の方を睨む。)
♠牢乎:「……いやはや、驚いたよ。
まさか自分の師匠を何の躊躇もなく殺すとは。
流石は人間の偽物、といったところか。」
畢:「っ。」
大火:「おい、負け惜しみもその辺りにしとけよ雑魚。
どのみち2対1、その上、アンタ妖だろ?
白昼堂々俺たち人間のテリトリーで暴れるたぁ太ぇ野郎じゃねぇか。」
♠牢乎:「……。」
大火:「それともただの馬鹿か?ハッ!ただの馬鹿だよなァ!!」
畢:「──ッ」(牢乎の後ろから現れ、斬りかかる。)
♠牢乎:「おっと。」(ひらりと躱す。)
畢:「なっ!?」
大火:「なにッ!?」
♠牢乎:「縮地(しゅくち)で一瞬にして僕の後ろに回り込み、切り掛るとは。
いやはや、驚かされるな。」
大火:「あの動き……!マジで師匠そのものじゃねぇかッ!!」
♠牢乎:「ふふふ、流石はタイガくんだ。」
大火:「ッ!!」
♠牢乎:「そうだ。僕は本物だ。
本物の尊海 牢乎(とうとうみ ろうこ)だ。」
大火:「──ッ」
♠牢乎:「故に、君たちは僕に勝つ事は無い。」
大火:「ッ!!ジエンド!!!」
畢:「え!?」
(大火、畢を庇う様に牢乎の攻撃を防ぐ。)
大火:「──ぐっ!!」
♠牢乎:「ほう。」
畢:「な……っ!い、一瞬で……!」
♠牢乎:「縮地(しゅくち)は君だけの専売特許じゃないんだよ偽物。」
畢:「……っ」
大火:「──チッ!!
師匠の顔して……!!人を傷つけてんじゃねぇぞ!!!!」
♠牢乎:「──っ」
(牢乎、大火たちから距離を取る。)
畢:「……た、タイガさん……。」
♠牢乎:「…………タイガくん。君は僕には勝てない。
それは理解出来ているだろう?」
大火:「ああ?だからなんだよ。」
間。(牢乎、手を伸ばす。)
♠牢乎:「こっちに来なさい。」
畢:「……。」
大火:「…………は?」
♠牢乎:「そうすれば、その子を見逃してあげるよ。」
大火:「……ハッ!冗談ッ」
♠牢乎:「そして、僕は君を愛そう。」
大火:「──ッ」
畢:「……タイガさん?」
♠牢乎:「君が欲しいものは、これだろ。タイガくん。
僕からの愛、君はそれを求めていままで生きてきた。違うかい。」
大火:「…………。」
間。(大火、牢乎の方へ歩いていく。)
畢:「たっ、タイガさん!?」
♠牢乎:「そう、そうだ。こちらに……。」
大火:「……。」
♠牢乎:「……良い子だ。」
間。(牢乎、大火を抱擁する。)
大火:「……だろ。」
♠牢乎:「ん?なんだい?タイガくん。」
大火:「ッ!!」(牢乎をガッシリと掴む。)
♠牢乎:「なッ!!」
大火:「俺の師匠がンな事言うワケねェだろ。」
♠牢乎:「ッ!!」
一:「そんな事は無いと思うがね。」
間。(一、急に現れて大火を牢乎から引き離す。)
大火:「──なッ!アンタは!!!」
畢:「ししょー!!」
一:「ハシタくん!今だ!!」
シオン:「りょ。」
♠牢乎:「──がッ!!」
シオン:「はじめまして、だ。
偽物の、トウトウミ先生。
どうだ?アタシの一太刀は。ちゃんと届いただろう?」
♠牢乎:「な……!何故……!!僕に攻撃が……ッ!!」
一:「なに、実に簡潔かつ簡易な理由だ。
“君が尊海 牢乎(とうとうみ ろうこ)では無い”から、だ。」
♠牢乎:「──ッ!!」
一:「勿論、そんな事はここにいる誰もがわかっている事。
だが、それでも尚自分をトウトウミ先生と宣(のたま)い、トウトウミ先生の様な力を有するのか。」
大火:「ッ!?
アンタ!その語り口!まさか!!」
一:「ははは。気付いたかね。流石は“本物”の噺屋(はなしや)だ。」
間。
畢:「シオンちゃーん!!」
シオン:「む。姉弟子。無事、だったか。」
畢:「う、うん!で、でもシオンちゃんとししょーはどうしてここに……!」
シオン:「…………。
本当は、あの男から直接、言われた方が良いの、だろうが。」
畢:「?」
シオン:「あの男が、姉弟子を心配して、だ。」
畢:「……え?」
シオン:「姉弟子は凄く強いのに。
それでも心配、するなんて。
愛されてるんだな。あの男に。」
畢:「──ッ」
間。
♠牢乎:「くっ!!
そもそも!お前たちはどうやってここに入ってこれた!!」
一:「はっはっはっ!君は私のモノマネ的な事もきっとやっていたのだろう?
だのに、“どうやって”とは。
いやはや、君は雑だな。」
♠牢乎:「ッ!!
クッ!!人間の分際で妖の様な真似をッ!!!」
一:「私は、虚聞遊馬華蔵閣 一(きょぶんあすまけぞうかく はじめ)。
“曖昧”を司る祓い屋。
故に──」
一:「閑話休題(かんわきゅうだい)。それはさておき。ともかくだ。
まずは、君の正体を看破し、固定しよう。」
♠牢乎:「なッ、なにッ!!」
一:「さて、ではここからは“曖昧”な噺屋ではなく、本物の噺屋の興行と行こうじゃないか!」
大火:「スゥーーーーーーーーーーーーーーー……」
大火:「“東西東西(とざいとうざい)”ッ!!!」
(大火の足元に謎の陣が現れる。)
♠牢乎:「くっ!!」(逃げようとする。)
シオン:「おっと。」
畢:「逃がしませんよっ!」
♠牢乎:「ぐあああッ!!」
畢:「ひ……ひえええ……!し、ししょー!
このロウコさん、中身からっぽです~~~~!!」
一:「そうかそうか。
だがオワリくん?演目を見るときは、携帯はマナーモードに、笑い声はともかく、話し声はお控えに、だ。」
シオン:「両腕はアタシが固定、してるから、姉弟子、も、その刀から手を離すな、よ。」
畢:「は、はい~~~~……!」
大火:「皆々様、ご機嫌よろしゅうございりまする。
私、天犬 大火(あまいぬ たいが)と言うものでございまする。
表では馬鹿過ぎて留年して高校一年生、後がなし。裏では祓い屋家業。
さらにその裏の姿は“噺屋(はなしや)”……噺屋:天犬 大火でございます!!」
♠牢乎:「ちぃ……!!」
大火:「はてさて、今宵……いえいえ今明(こんあけ)とでも言いましょうか。
皆々様に語るは、この、嘘っぱちばかりのモノマネ師の“詐欺噺(さぎばなし)”でございます!!」
畢:「さ、さぎばなしですかっ!」
大火:「そう詐欺です!!
この男、もうここにいる皆々様は分かっていると思いますが、妖でございます。
“昼間、妖は十全に力を発揮出来ない”という規則があるというのに、
それをこの男は人間に化ける事で無視したのです!!」
シオン:「おー規則を騙して、負債、を、踏み倒したのか。」
一:「きっとこの現実と切り離された空間も、詐欺の為の手順、踏み倒す為のずる、だろうさ。
さて、噺屋殿。そろそろ彼の真の姿を我々は見たいぞ。」
大火:「そうでしょうそうでしょう!では、看破致しましょう!
この男の正体、それは人を化かし、人に化ける妖!狐や狸の類!
ではどちらか!
人の心を怖そうと、壊そうとするその悪辣(あくらつ)さからその正体は──」
♠牢乎:「ッ!!」
大火:「──狐の妖!業腹(ごうはら)ですが、それなりに上位の、ね。」
♠牢乎:「ぐ……ぐああああ……!!!!!」
大火:「さあ!ヤツの正体も看破し、化けの皮も剥がれたようですし、
この噺は、これにて終幕。
先(せん)づ今日はこれ切り!!」
(大火の足元の陣が消える。)
♠牢乎:「ああああ……あああああああ!!!!」
大火:「ッ!!?」
一:「ッ!!オワリくん!ハシタくん!離れなさい!!」
シオン:「──ッ!!」
畢:「──ッ」
(畢、シオン、牢乎に化けた男から離れる。)
♠牢乎:「くそッ!くそくそくそォ!!」
大火:「……ッ」
一:「……どういう事だ……?」
♠妖狐:「この……私がァ……!!!!」
シオン:「この男……」
畢:「……た、タイガさんと……」
大火:「俺と……同じ顔……?」
(妖狐、完全に化けの皮が剥がれる。)
♠妖狐:「…………。」
間。
♠妖狐:「タイガ……。」
大火:「ッ!!」
一:「……。」(大火を庇う様に妖狐の前に立つ。)
一:「君の目的はなんだね。」
♠妖狐:「……ハハハ……私は、ここまで、なのだろうな……。」
一:「私の質問には応えてもらえない様かな。」
♠妖狐:「……タイガ……私は、お前を愛しているぞ。」
大火:「──っ」
♠妖狐:「嗚呼……私、の、半身……私の、か……」
一:「タイガくん、彼の言葉に耳を貸さない方が良い。」
♠妖狐:「ッ!!
貴様ァ!!私の邪魔を──」
♠妖狐:「──あ……」
シオン:「ハジメに、危害を加え様とするな。」
(妖狐、シオンに真っ二つにされる。)
♠妖狐:「た…………い……………が…………」
間。(妖狐、霧散する。)
大火:「…………あ。」
一:「…………。
すまない、タイガくん。
私が耳を貸すなと言ったが。
もしかしたら、何か──」
大火:「いや、良い。」
一:「…………そうか。」
間。
一:「さ。ではそろそろ私たちは行こうか。
タイガくんも、何か用事の途中だったのだろう?」
大火:「あ、ああ。」
シオン:「りょ。」
畢:「はい!」
間。(一と畢とシオン、大火と逆方向に歩き出す。)
畢:「……。」
大火:「……。」
畢:「……。」
間。(畢、踵を返し大火のところへ行く。)
畢:「タイガさーん!」
大火:「ん?」
畢:「またー!話をしましょー!」
大火:「……。おう!」
畢:「……ふふっ!では!」
大火:「ああ、またな。」
間。(畢、一たちのところへ戻る。)
シオン:「ん。姉弟子、おかえり。」
畢:「はい、ただいまです!」
一:「……ふふふ、オワリくん。新しいお友達が出来たのかな?」
畢:「はい!」
一:「ははは。それはとても良い事だ。
……。
おや、すまない、二人共。先に帰っていてくれないか。
どうやら野暮用が出来たようだ。」
畢:「え……。」
一:「そんな顔をしないでくれオワリくん。
家に帰ったらカレーがあるから、それを温めて食べてくれ。」
シオン:「アタシが作った、ぞ。」
畢:「…………はい、ししょーの帰り、お待ちしてます!」
一:「相分かった。なるべく早く帰ろう。」
間。(一、一瞬にして何処かへ消える。)
畢:「……。」
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~町のどこか~
♠牢乎:「……む。」
一:「どうも、トウトウミ先生。
まさか貴方から私を呼ぶなんて──」
間。(一、なんの前触れも無く右腕が斬れ落ちる。)
一:「……おや、右腕が取れてしまった。」
♠牢乎:「ん。大丈夫かい。」
一:「ああ、はい。大丈夫ですとも。
で、なんですか、トウトウミ先生。」
♠牢乎:「うん、ちょっと精算をしてもらおうと思ってね。」
一:「ふむ?……はて……私は先生に何か借りたかな?」
♠牢乎:「いいや、僕からじゃないよ。」
一:「……?」
(一、腹に刺され傷が現れる。)
一:「──ぐふッ」
♠牢乎:「…………。」
一:「こ……これは……──ぐあっ!!」
(一、 袈裟斬り上に真っ二つになり上半身が倒れる。)
♠牢乎:「……。」
一:「が……あぁ……は……ははは……
いやはや……ま、まさかまさかの展開……だ……。
ふ、再び、先生の偽物……だった──」
♠牢乎:「いいや?」
一:「──ッ!!!」
♠牢乎:「本物だよ。本物の僕だ。」
一:「な…………何故……」
♠牢乎:「何故こんな事を、かい。」
一:「…………。」
♠牢乎:「勿論、必要だからだよ。」
間。
♠牢乎:「いいや、“必要無いから”というべきだね。」
一:「ははは……いやはやこれでは私は助からないかもしれな──」
♠牢乎:「“かもしれない”じゃない。
虚聞遊馬華蔵閣 一(きょぶんあすまけぞうかく はじめ)、君は“助からない”。
“君は死ぬ”。」
一:「────」
♠牢乎:「僕が“そうと決めた”。」
一:「は……ははは……
“先生が『是』と言えば『是』となり、『非』と言えば『非』となる“……か……。」
♠牢乎:「……。」
一:「いやはや……先生の、前では……全て、『是非も無し』……か……。」
♠牢乎:「……。」
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~夜~
シオン:「姉弟子ーカレー温まった、ぞー!」
畢:「はーい!」
間。
畢:「……ししょー……遅いなぁ……」
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♠牢乎:「今日はこれにて終幕。」
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