研究内容

数理物理学研究室ではアインシュタインの一般相対性理論(やそれを拡張した重力理論)を軸にした数理的な研究を行なっています。一般相対性理論ではニュートンの万有引力の描像は大きく修正されます。重力はもはや質点と質点の間に働く力ではなく、時間座標と空間座標が混ざり合った「時空」という入れ物の歪み、という形で間接的に記述されるようになります。このような変更により、一般相対性理論は重力波やブラックホールといったニュートン理論にはなかった物理現象を予言します。

本研究室では現在以下の研究テーマに取り組んでいます。

代表的な5次元ブラックホール

高次元ブラックホール

我々が普段感じている時空は時刻(t)と3つの空間座標(xyz)の4つの座標で表すことができるため、4次元時空と呼ばれます。ところが、超弦理論(※)によればこの世界は空間座標が3つよりも多い、高次元時空であると言われています。これまでの観測と矛盾しないためには、高次元時空は我々が観測できないくらい十分に小さなスケールでのみ現れると考えられています。

では、高次元時空でどのような時空構造、特にブラックホールがありえるかというのは、数学的にもチャレンジングで奥深いテーマであり、本研究室においても主要な研究テーマの一つです。と言ってもアインシュタイン方程式は、連立型の複雑な非線形偏微分方程式系なので、その一般解を求めることは困難です。何らかの仮定や単純化をした上で、様々な数学的テクニックを駆使して研究を進めることになります。


※物質の最小構成要素が点粒子ではなく大きさを持つ「ひも」であるとする理論。重力の量子化など、現代理論物理学におけるさまざまな未解決問題を解決する究極理論とされる。

厳密解の導出

空間次元が一つだけ多い5次元時空では、流体力学や素粒子物理学等他分野で発展してきたソリトン解と呼ばれる非線形解を系統的に求める手法(例えばベックルント変換や逆散乱法と行った手法)を適用できることが知られており、これまでブラックホールを含む無数の解が求められてきました。本研究室ではこのようなソリトン的手法を用いて厳密解の研究を行なっています。


左上:円筒対称に放出される非線形重力波の厳密解

左下:非線形重力波同士の相互作用の様子

右:外部重力場中に存在するブラックホール(ブラックレンズ)の厳密解

高次元極限

空間次元がさらに大きい場合(時空次元>5)には、一般には上記のソリトン的な手法は適用できず、他に系統的解法も知られていないため、数値計算か近似法による解の導出が試みられてきました。近年では、高次元極限法(large D limit)と呼ばれる時空次元を大きいと仮定して近似を行う解析手法が発展してきました。時空の次元を大きくするというと非現実的に聞こえるかもしれませんが、実はこの次元無限大の極限を取るという手法は物性物理では平均場近似として古くから行われてきた近似法です。次元を無限大にすることで、物質間の隙間の体積が無限大つまり、2点間の“ひろがり“が無限に広がるため、さまざまな物理が簡単化され解析が簡単になります。ブラックホールの高次元極限においても似たような単純化が起こるため、厳密解を得ることが難しい複雑な形状をしたブラックホールについても、本手法を用いることで近似解を用いた数理解析が可能になります。高次元極限法を利用して、様々な高次元ブラックホールの性質を明らかにすることも本研究室のテーマの一つです。


高次元極限で記述される高次元ブラックホールの形状変化。ブラックホールが5次元方向に巻き付いたブラック”ストリング”と球状に丸まったブラックホールとが連続的に変形して移り合う。

非線形重力波

重力波は、1916年にアインシュタインによってその存在が予言された「光の速さで伝搬する時空のさざ波」です。2015年9月14日に、アメリカの重力波検出器LIGOが、合体するブラックホールから放射される重力波を直接検出することに成功しました。これによって、重力波天文学という新しい研究分野が切り開かれたのです。電磁場では、電荷を持った 物体が加速度運動をすると電磁波が放射されるように、重力場では、質量を持った物体が加速度運動すると重力波が放射されます。ただし、観測できるほどの大きな重力波が発生するためには、大きな物体が加速度運動をする必要があり、その発生源の例としては、コンパクト連星の合体やブラックホールの合体などが挙げられます。電磁波と重力波の大きな違いの一つは、前者は線形ですが後者は非線形であるということです。したがって、重力波は、電磁波と比べるとまだ解明されていないことが多いのです。発生源から遠い場所では、重力波は線形の波動として振る舞いますが、発生源に近い場所や重力波が反射したり電磁波と衝突したりする際は、非線形効果が大きくなることがあります。本研究室では、「重力波と電磁波の転換現象」や「重力ファラデー効果」などの重力波の非線形効果を研究しています。

ブラックホール連星から放出される重力波(イメージ図)

遷音速流中に形成される擬似ブラックホールの例。音波は超音速領域から亜音速領域に伝わることはできない。

疑似ブラックホール

ブラックホールとは、そこから何も出て来ることができない宇宙の領域のことです。ところが、この何も出てこないブラックホールの古典的描像は、量子論を考えると大きく変わってしまいます。ブラックホールは、その周りで、量子効果による粒子生成によりプランク分布に従う熱的放射(ホーキング輻射)をして最終的には蒸発するという驚きの性質を持っています。しかし、宇宙にあるブラックホールの輻射はあまりにも微弱であるため観測することは不可能だと考えられています。そのため、ホーキング輻射の観測のためブラックホールと似た振る舞いをする流体ブラックホールが近年世界中で盛んに研究されてきました。なぜなら、流体中の音の伝搬とブラックホール時空の光の伝搬はよく似ていて流体ブラックホールは実験室で作れるからです。本研究室でも、ホーキング輻射だけではなく、ブラックホールに関わる物理現象を実験室で検証することを目標に、様々なタイプの流体ブラックホールのモデルを考案しています。

量子ブラックホール

ペンローズによって証明された「特異点定理」によると、宇宙には必ずどこかに特異点が存在します。この特異点とは、時空の曲率が無限大になり一般相対性理論が破綻してしまう点です。それは、例えば、ブラックホールの内部や宇宙の始まった瞬間に存在すると考えられています。このような点の近傍を記述するためには量子重力が必要だと考えられていますが、現時点では未完成の理論です。将来的に量子重力理論が完成すれば、このような特異性は解消されると期待されています。そのため量子重力理論の完成には長い年月がかかるので、量子重力のブラックホールの候補として「特異点のないブラックホール(non-singular black hole, regular black hole)」のモデルを考える研究が世界的に盛んに行われています。本研究室では、観測 と整合的な「特異点のないブラックホールモデル」の性質を研究しています。

【研究室配属前の学生の皆さんへ】

 これらの現象は近年観測による検証が可能になってきており、面白い研究対象と言えます。宇宙物理学は、今、物理学分野の中でも最も盛り上がっている分野の一つです。

  研究では一般相対性理論の基礎方程式であるアインシュタイン方程式を様々な手法を用いて解析することになります。本研究室では数理的な解析、つまり数式を用いて物理現象を紐解くことを中心に行なっています。難しく聞こえるかもしれませんが、過去の4年生は半年ほどみっちり勉強することで最先端の研究を行うための知識を身につけることができています。3年生までの科目(特に、微積、線形代数、力学、電磁気学などの基礎科目)を理解していれば、相対論を学ぶことができますから、研究室配属の前に相対論の予備知識は必要ありません。