セミ掘り研究の概略絵(小泉絢花氏作成)数字は研究内容に対応
其ノ一:行動の変化
知床半島の幌別岩尾別地区では、2000年よりヒグマが地面を掘り返してセミ幼虫を食べるようになりました。セミ掘り行動は5月から7月に見られます。1980年代の同時期には、ヒグマは川沿いや天然林でもっぱら草本類を食べていました。1990年代以降のエゾシカの増加によってフキなどの草本が減り、ヒグマは代わりのエサとしてセミ幼虫を食べるようになったようです。知床の場合、セミ幼虫は天然林よりも人工林で多く発生します。ヒグマは人工林でのみセミ幼虫を掘っていました。人工林はエサがない生息地だと思われがちですが、セミがたくさん発生して、ヒグマにとって夏の一時的なエサ場になっているようです。人工林の造成とシカの増加という2つの環境変化によってヒグマは新たにセミ食い行動を始めたというワケでした。
関連論文
Tomita & Hiura (2020). Brown Bear Digging for Cicada Nymphs: a novel interaction in a forest ecosystem. Ecology 101 (3): e02899
Tomita & Hiura (2021). Reforestation provides a foraging habitat for brown bears (Ursus arctos) by increasing cicada Lyristes bihamatus density in the Shiretoko World Heritage site. Canadian Journal of Zoology 99(3): 205-212.
Tomita & Hiura (2021). Disentangling the direct and indirect effects of canopy and understory vegetation on the foraging habitat selection of the brown bear Ursus arctos. Wildlife Biology 2021 (4) : wlb.00886. (open access)
其ノ二:親子でセミ掘り
自動撮影カメラで蝉を掘るヒグマを観察していると親子グマが頻繁に見られました。ヒグマはメスが1〜2年子育てするので、母グマが子グマに行動を教えることがあります。セミ掘り行動も母から子に伝わっている可能性があります。これはまだ示唆の段階です。
関連論文
Tomita & Hiura (2020). Brown Bear Digging for Cicada Nymphs: a novel interaction in a forest ecosystem. Ecology 101 (3): e02899
其ノ三:セミを食べる動物たち
ヒグマを観察するために掘り跡の多い人工林に自動撮影カメラを仕掛けていたら、意外にも別の動物が人工林を訪れることが分かりました。自動撮影カメラによってヒグマ以外にキタキツネ・カラスがセミ幼虫を食っていました。
全ての種はセミ幼虫を狙っているため、セミが羽化する8月上旬まで人工林でセミを探していました。
ヒグマは期間中ダラダラとセミ幼虫を掘りに来ましたが、キツネとカラスは羽化直前の7月に集中してセミ幼虫を食べに来ました。キツネとカラスは、掘る力が弱いので、羽化のために地上に這い出てくる幼虫を”出待ち”しているようです。
羽化前の時期、カラスはヒグマに付いてっている様子が頻繁に撮影されました。
関連論文
Tomita (2021) Camera traps reveal interspecific differences in the diel and seasonal patterns of cicada nymph predation. The Science of Nature 108 (6): 52
Tomita (in review) Follow the bear...
セミを食べるために木に登り落ちたキツネ
親子グマに付いてエサ(セミ?)を探すカラス
其ノ四:掘り返しの影響
ヒグマがセミ幼虫を食べるために地面を掘り返すことで様々なことが起こります。調査地には、下の写真のように地面が大規模に掘られた場所がたくさんあります。掘り返された場所と掘られてない場所を比べると、掘り返しは土壌の水分と植物が使える状態の窒素を減らすことが分かりました。そして、掘られたカラマツの葉の窒素濃度が減り、年輪成長が低くなることが分かりました。
地面の掘り返しは、プレーリードッグのような草原性の小さな哺乳類が草に与える影響にもっぱら注目してきました。ヒグマのような大きな動物による森林での掘り返しの影響を調べた例はとても少ないです。
関連論文
Tomita & Hiura (2024) Brown bear digging decreases tree growth: implication for ecological role of top predators in anthropogenic landscapes. Ecology: e4266
Tomita & Hiura (2022) Negative effects of brown bear digging on soil nitrogen availability and production in larch plantations in northern Japan: their potential role as an agent of bioturbation. Pedobiologia 91-92: 150807