我々が呼吸をするときには、細胞の中で絶えず電子のやり取りが行われ、それにより生じたエネルギーを使って生命を維持しています。本研究室では、この「生物」と「エネルギー」をキーワードにして生命の神秘を探求することで、ライフサイエンスやバイオテクノロジーなどの幅広い分野へと研究を展開しています。特に、増殖していく微生物細胞を観察、解析することで、単細胞から多細胞へと移行する際に、どのようにエネルギー生産メカニズムが変化していくのかを明らかにする研究に取り組んでいます。
代表的な研究テーマ
微生物が多細胞化していくときのエネルギー生産メカニズムの解明
微生物は目に見えないほど小さな単細胞生物ですが、環境中では無数の微生物同士が集合体をつくり大きな塊となって生息しています。このバイオフィルムと呼ばれる集合体は、排水処理技術やバイオテクノロジーに活用されるだけでなく、深刻な感染症の原因になるなど、様々な分野で注目されています。しかし、バイオフィルム中で微生物がどのように生命を維持し、どのようにエネルギーが生産されているのかはほとんど明らかになっていません。
エネルギーの生産は各細胞が独立して行っているというのが従来の常識でしたが、近年、バイオフィルム中の細胞は互いに協調してエネルギーを生産することが分かってきました。例えば、呼吸は細胞の中で行われるだけでなく、隣り合った細胞や遠く離れた細胞とも呼吸を共有しており、バイオフィルム全体が得をするような新しいエネルギー生産機構が存在することが明らかになってきています。本研究室では、最先端の共焦点蛍光顕微鏡を使ってバイオフィルムの3D観察を行うことで、多細胞のなかでどのようにエネルギーが生産されているのかを解き明かしています。
多細胞の3D観察結果を医療、バイオテクノロジー、エネルギー技術などに応用
本研究室では、バイオフィルムの3D観察技術を応用し、内部の微生物の局在や活性、遺伝子発現、化合物濃度などの3D分布を時空間的に計測することを可能にしました。これにより、医療、バイオテクノロジー、エネルギー技術などへの応用を目指しています。例えば、感染症を引き起こす病原菌は、これまで目に見えない単細胞状態を対象にして研究が進められてきましたが、実際に感染症を引き起こすときには、体内で多細胞化しバイオフィルムを形成していると言われています。実際の感染症治療戦略を提案するため、3D観察技術を使ってバイオフィルム内の病原菌の生き様を理解したり、殺菌するための新手法の提案をしたりしています。
腸内細菌が多細胞化することによる健康への影響を解明
我々の腸内にはヒトの細胞数を超える数の微生物が生息しており、我々の健康と密接にかかわっています。その多くはバイオフィルムを形成していることから、腸内細菌のバイオフィルムの理解と制御は健康増進の観点から非常に重要です。腸内細菌のバイオフィルムを3D観察により可視化するだけでなく、バイオフィルム内のエネルギー生産機構の理解を基にした、善玉菌の効率的な摂取方法(プロバイオティクス技術)の開発を進めています。
さらに、顕微鏡による観察だけでなく、バイオフィルムの中の呼吸に伴う電気を計測する新技術を基に、より詳細なエネルギー生産機構の解明を進めています。
微生物を使った創電型排水処理技術 (微生物燃料電池)
日本では、排水処理のために微生物のちからを利用しています。微生物は排水中の様々な有機物を効率的に消費してくれますが、同時に大量の酸素消費を引き起こしてしまいます。大量の酸素の曝気が主原因となり、現在の排水処理には年間総消費電力の約0.5~1.0%が使われていると言われています。このデメリットを克服する、環境にやさしい次世代型の排水処理技術として、微生物燃料電池が注目されています。微生物燃料電池では、微生物は酸素消費の代わりに電気を生産(発電)することができるため、酸素の曝気が不要です。本研究室では、微生物燃料電池の出力向上へ向け、微生物の発電効率の向上や、微生物の発電機構の解明を行っています。
膜小胞という新素材を使ったバイオテクノロジー
生物は様々なバイオテクノロジーへと応用されていますが、生きているがゆえに応用が難しいこともあります。例えば、皮膚に貼り付けて健康管理を行うためのウェアラブルデバイスには、微生物や細胞を使うことは難しいとされています。本研究室では、膜小胞と呼ばれる新素材を使うことで、こうした生物の利用が難しい新しいバイオテクノロジーを実現する研究を進めています。
膜小胞は、微生物が産生するナノメートルスケールの小胞です。膜小胞は生きていないため、微生物や細胞よりも取り扱いが容易です。また、より長期間安定した利用が可能であるため、ウェアラブルデバイスへの応用が期待できます。本研究室では、膜小胞を使った汗の計測のためのウェアラブルセンサーの開発や、新しい小型電池の開発を進めています。