1 日目
[2022年8月20日(土)]
開会行事・公開シンポジウム
Web開催(Webセミナー方式)
1 日目
開会行事・公開シンポジウム
Web開催(Webセミナー方式)
13:30~ 開会行事
14:00~17:00 公開シンポジウム
【シンポジウムテーマ】
未来に向けた特別活動の継承と再創造
~教師にとっての特別活動を考える~
テーマの設定
シンポジウムでは大会主題を踏まえながら,「教師」に焦点をあてた議論を行いたい。
なぜ「教師」に焦点をあてるのか?これまでの特別活動における議論の中心は,子どもを中心に,カリキュラム内容や実践方法等にあった。そして特別活動実践の推進により,子どもたちが成長をし,学校を変革されたという実践事例や研究蓄積は日本特別活動学会を中心に多く報告がなされてきた。
ところが学校現場において特別活動の意義を理解していない教師の存在を耳にすることがある。さらに近年の教育改革における「働き方改革」において特別活動は教師にとって業務負担の原因とみなされることすらある。
こうした現状を踏まえ第31回大会シンポジウムでは,大会主題にある「継承」と「再創造」の担い手である「教師にとって特別活動は何なのか?」考えていきたい。教師を問うことは,学校現場の教師にとって自分自身を問い直すことになり,自分自身との対話を促すことになるだろう。
なぜ教師としての私は特別活動を大切にしているのか?なぜ私の特別活動の実践は理解されないのか?そのような自己内対話は,教師にとって痛みを伴うかもしれない。だが,大会主題である未来に向けた特別活動の継承と再創造を行うためには,教師自身を問い直す議論は不可欠であると考えている。
シンポジウムでは研究者,学校現場の教師とともに,教師にとっての特別活動について議論を深めていきたい。
<登壇者>
我那覇 ゆり子(浦添市立神森小学校)
山崎 邦彦 (宗像市立赤間西小学校)
伊勢本 大 (松山大学)
根津 朋実 (早稲田大学)
安部 恭子 (文部科学省)
<コーディネーター>
脇田 哲郎 (福岡教育大学)
長谷川 祐介 (大分大学)
シンポジウムの時間内に議論ができていなかった 質問等 に対する ご返答
Q1 学級経営はどうしても担任の力量で差が出てしまいます。素晴らしい方法論を聞いたところで、それが明日から使えるかといった実践ではないのかなと感じてしまう(諦めてしまう)先生が多いのではないかと感じます。
A.学級活動は実践に至るまでさまざまな負担もあります。素晴らしい実践を聞いても、そこで、大変そう、手が掛かると思うと諦めることもあるでしょう。だれでもできるような学級活動にするために資料等のリソースの充実があると着手しやすいのかなと思います。そして、各教師、各学級で工夫していけば良いと思います。
我那覇 ゆり子(浦添市立神森小学校)
A.「素晴らしい方法論を聞いたところで、それが明日から使えるかといった実践ではないのかなと感じてしまう(諦めてしまう)先生が多いのではないか」というご意見ですが、それはまさにその実践を「点」でしかみていないことの表われかなとも思います。
もちろん、お忙しい先生たちのなかには、どうにかして「即効性」のある方法を早く知りたい、と思われる方もおられるでしょう。
今からのわたしの回答は、そうした先生方には求められていないものである、ということについて理解した上で、お答えいたします。
具体的な実践に関する「方法論」について理解するためには、まず、その方がどういう教員なのかを知る必要はないでしょうか。
その方法論を実践されている先生がどのような方で、また、どのような考えのもとで、その方法論にたどりついたのか。
上記の問いを、その先生の個人史、つまり「線」によって掘り下げることで、その方法通り真似せずとも、実践に関するマインドについては触れることができます。
そしてこの点こそが自らの実践の方向性を検討する上で重要だと思うのです。
仮に、「いいな、素敵だな」と思われる実践をされた先生の考え方や大切にされていることに共感ができるのであれば、それにもとづいて自分の実践を捉えなおしたり、改めて今やられている実践に自信をもったりすることができるのではないでしょうか。
誰かに言われるままに、特別活動を行ったとしても、それはその人の力にはなりません。
わたしの報告では、今後の方向性の1つとして、特別活動に関する研究においてライフヒストリー的取組みがどのように蓄積できるのか、について話をしました。
しかし、報告のなかでも触れた通り、その取組みは研究上の営みだけで終始するものではなく、先生方の実践について考える契機を提供するものでもあります。
その意味で、特別活動(の実践)について研究するということは、その実践者である教師のことを丁寧に深く知っていく努力でもあるのだと思うのです。
伊勢本 大 (松山大学)
A.「素晴らしい方法論」は時に名人芸です、形だけ真似しても無意味でしょう(これは学校改革も同じです)。その「素晴らしい方法論」を生み出した先生は、どのような経験を経てそこへ至ったのか、むしろそこを知りたいところです。初めから名人はいませんので。
根津 朋実 (早稲田大学)
Q2 特別活動の「再創造」の視点から質問です。山﨑先生のご発表のなかで,「評価」はがらっと変えていいのではないか?」とありましたが,現在の評価にどのような課題を感じており,今回のようなキャリアパスポートを使った評価に取り組まれたのかについて具体的にお聞きしたいです。これからの「評価の在り方」についてのお考えを先生方からお聞きしたいです。
A.実践だけでも必死になる特別活動ですが、評価の工夫・充実がなければ特別活動の意義を感じる機会も半減してしまいます。観察だけでは見とれない子ども達一人一人さまざまな成長を見取るために、ふり返りなどを充実させていきたいです。負担感がないこと、手間が掛からないことも大切です。私たちは「学級会日記」というものを主に宿題で取り組んでいます。
我那覇 ゆり子(浦添市立神森小学校)
A.個人的には、「主観/客観」という考え方を捨てるべき時期だと考えています。どこかに真実を知っている専門家がいるという考えは幻想ですし、科学的で客観的な評価ができるというのも幻想です(もし可能であれば、とっくに大学入試等で取り入れているでしょう)。むしろ、そのつど人々が判断していくしかない、と腹をくくるべきかと。
根津 朋実 (早稲田大学)
A.教育(学習)評価を考えるとき、「評定」「測定」と「評価」との関係性、その定義、相違点等を明らかにするべきではないでしょうか。また、職員間で評価の『目的』を共通理解し、評価『方法』等を十分に検討してておくことも必須条件です。
さらに『教師=評価者』『児童生徒=被評価者』の構図が根強いですが、果たして、これは正しいものなのか。『児童生徒が主体となる評価』は、実現可能か。などを建設的に協議し、実効性の高い教育(学習)評価を実施していきたいと感じています。
山崎 邦彦 (宗像市立赤間西小学校)
Q3 大学で担当する特別活動指導論の授業では、特活を通して市民を育成する、生徒の未来を創る、という視点を個人的には大切にしています。特別活動がもたらす生徒の成長は長期的視野に立ったうえで評価されなければならないところ、学校教育では即効性や数値化が求められるケースが多いように感じます。必ずしも即効性が見出しづらい、数値化されにくい、という特性は、特活がないがしろにされる一つの原因かと感じました。特活のこの特性を学校組織が受け入れ、「子どもの生き方やあり方を創造する教育活動」という視点に価値を置くことで、特活の魅力は理解してもらえるように思います。
A.特別活動が目指す資質・能力はいわゆる「非認知能力」です。認知しづらいことから評価及び実践に課題があります。さらに、総合や道徳のように記述による評価がないことも実践がなされない大きな要因だと考えます。多忙な現場教師は、重要性を分かっていても実践に行き着かない現実もあります。それを乗り越えるような教師を動かす(特別活動を大切にする)何かが必要だと思います。
我那覇 ゆり子(浦添市立神森小学校)
A.基本的に同感です。ここしばらく余裕がないためか、「施策や実践の効果はすぐに出て、計測可能である」という思い込みが強すぎるようです。大器晩成、茫洋と育てるのでしたら、目先の効果よりも、10年後や30年後を考えたいところです。短期的な失敗はのちに偉大な成果につながるかもしれませんが、短期的な失敗を気にするあまり、かえって芽を摘むようにも思います。「施策や実践の効果はすぐに出て、計測可能である」というのは洗脳か調教であり、教育とは呼べないでしょう。
根津 朋実 (早稲田大学)