本研究室ではエネルギー関連化学の幅広い研究を実施しています。共同研究による新規テーマの立ち上げも随時行っております。
CO2排出量削減は喫緊の課題であり、世界中でCCUSの研究開発が進められています。本研究室ではその中でCO2の効率的な資源化をテーマに、直接分解のための固体酸化物形電気分解セル(SOEC)の開発を行なっています。SOECは二つの電極 (アノードとカソード)と電解質からなるセルで、反応は以下の通り進行します。まず、CO2がカソードに触れる事で電子を受け取り、COとO2-に分解されます。このままですとカソード上にO2-が溜まってしまい連続的に反応が進みません。そこで、高温で酸素イオン伝導体となるイットリア安定化ジルコニア(YSZ)を電解質として接続する事で生成されたO2-が電解質を通じて反対の電極であるアノードに移動します。アノード上ではO2-から電子が奪われ、O2が生成します。この時、全体の反応はCO2→CO+1/2O2となり、CO2の直接電気分解が実現します。得られたCOは還元ガスや合成ガスでの利用の他に、Fischer-Tropsch法を用いて液体炭化水素(人造石油)製造への利用が期待できます。
従来のSOECはセラミック材料で構成されています。セラミック材料は高強度、高硬度、耐熱性、耐腐食性等優れた特性を有しています。しかし、靭性が低く割れやすい弱点も有しているため、将来的なCO2の資源化を想定した時、"大面積化 (大規模化)”に課題が残ります。本研究室ではこの課題に対して金属支持体を新たな構成層として加えた次世代型SOECの開発を行なっています。金属支持体を用いることで十分な機械的強度をセルに与えることが可能であり、従来のセラミック材料のみのSOECでは実現できなかった大面積化が期待できます。また、金属支持体によりセル本体が十分な強度を有することで、反応層である高価なセラミック層の薄層化が構造的に可能となり、セル製造の大幅な低コスト化が期待できる点も強みとなります。現在、金属支持SOECの実用化のために、性能向上のための各層最適化、長時間反応安定性向上、大面積セルの実証等を行う必要があり、複数の研究室、企業、研究機関と連携して研究開発を進めています。
カーボンニュートラルの実現には化石燃料の大量消費からの脱却が必要あり、使用しても温室効果ガスを排出しない水素は次世代エネルギーとして期待されています。しかし、現時点の技術では水素製造量は将来的なエネルギー利用をするほど製造量が確保できず、更に製造コストが高いため低コストでの水素製造が求められています。本研究室では金属水素分離膜の開発を行い、低価格での高純度水素製造技術の開発に取り組んでいます。一般に水素は製造過程で他の気体と混合された状態で製造されます(天然ガス水蒸気改質後は水素濃度75%程度)。ここから、多孔質吸着剤に対する各気体の吸着特性の違いを利用して分離する圧力スイング吸着法(PSA法)を利用する事で、燃料電池に求められる純度99.7%以上の高純度水素を精製することごできます。PSA法は確立された有用な技術ではありますが、分離膜技術により水素の高純度化ぎ実現できるようになれば装置や高純度化工程の簡素化が可能となり、将来的に安価な水素製造が期待できます。
高校の化学でも学ぶ様に、金属は原子が規則的に並んでいます。この時、適切なサイズの金属原子を選択する事で、最も小さい原子である水素のみが透過できる究極の”原子ふるい”として金属を利用することが可能となります。そのため、水素分離膜は原理的に膜の一方に混合気体を流す事で他方から半ば自動的に高純度水素が得られる極めて効率的な技術と言えます。これまで唯一実用化されている金属水素分離膜としてパラジウム合金膜が挙げられます。パラジウム合金は優れた水素分離性能を有し、超高純度水素の製造に利用されてきました。しかし、レアメタルであるパラジウムの資源量やコストの観点から、将来的な大規模水素製造においての利用には疑問が残ります。
これに対して、本研究室ではパラジウム合金層の薄層化と多孔質支持体との複合化を検討しています。パラジウム合金層の薄膜化をすることで、パラジウム合金中を通過する水素の抵抗が軽減でき、また同時に、パラジウム消費量も削減できます。そのためパラジウム使用量(=材料コスト)に対する水素分離性能がこれらの相乗効果によって大幅に向上します。一方で、パラジウム層の薄層化を進めていくと、膜単体での自立が困難となります。そのため、水素分離を阻害しない材料を支持体として用いた複合パラジウム合金水素分離膜の成膜が必要となります。本研究室では支持体材料としてNiを選定し、複合パラジウム合金分離膜の開発を進めています。これまでの検討で、既にパラジウム合金層厚み3.7 μm(髪の毛の太さが約80 μm)の複合パラジウム合金水素分離膜を開発しており、実用化されている25.4 μm厚の圧延Pd合金膜と比較してコストを1/15程度(@320℃、ΔP=300 kPa )に下げることに成功しています。従来の厚みがあるパラジウム合金膜では水素原子が金属膜中を移動する過程が膜性能のボトルネック(律速段階)となりますが、開発した厚みの薄い複合パラジウム合金水素分離膜においては金属表面上で水素が溶け込む(または再結合する)過程がボトルネックになる事も実験的に分かっており、表面反応の活性化という側面からの研究も現在進めています。
カーボンニュートラルの実現のためには化石燃料に変わる新たな燃料への転換が必要不可欠であり、近年、アンモニアのカーボンフリー燃料としての利用にも注目が集まっています。アンモニアの燃焼は4NH3+3O2→2N2+6H2Oで表すことができ、温室効果ガスの排出無しにエネルギーを放出することが可能です。また、アンモニアは"空気からパンを作る"方法として有名なハーバーボッシュ法を用いて製造が可能であり、既に商業利用されているため、将来的な大量製造や輸送技術は確立されていると言えます。
しかし、毒性及び腐食性を有するアンモニアの燃料利用拡大を想定したとき、安全な貯蔵技術が重要となります。アンモニアは-33℃で液化し、液化アンモニアは20℃で8.5気圧の蒸気圧を有します。そのため、液化アンモニアが漏洩した場合、高圧のアンモニア蒸気が大量に生じる事となります。
この課題に対して、研究室ではアンモニアと反応する固体吸収材に着目し、化学反応を利用したアンモニア貯蔵材料の開発を行っています。アンモニアは固体吸収材に吸収させることで貯蔵し、必要な際には排熱等の未利用低温熱を供給することで固体吸収材から分離し取り出すことが可能です。原理的に熱供給のない環境下では漏洩が発生した場合でも漏洩量やアンモニア圧力を大幅に抑えることが可能です。将来的な固体吸収材の利用を目指し、異なる無機材料とアンモニアの反応を研究しており、様々な温度、圧力環境下における材料評価を進めています。
また研究室では最近、これまでの固体材料と気体の反応に関する研究知見を元に、従来反応性が劣ると報告されていた材料の活性化処理を見出すことに成功しました。現在論文投稿中ですが、並行して該当材料の実用化にむけた更なる開発も実施しています。