研究内容

研究内容について学問・大学選び支援サイト「みらいぶっく」(河合塾)で紹介いただきました(ここ

植物のオスやメスの進化

種子を食べる昆虫の影響

我々のよく知る植物の多くは雌雄同体(同株)であるが、実は植物では動物以上に様々な性表現が見られます。両極端に位置するのは、この雌雄同株(すべての個体が両性)と、雌雄異株(個体は雄か雌のいずれか)です。前者から後者への進化は、いろんな分類群で独立に生じており、様々な環境要因によってこの進化が生じることが推測されます。しかし、この進化が生じるためには、遺伝子レベルでの変化が2ステップ(両性→雌、両性→雄)必要で、この変化の途中に位置すると考えられるのが雌性両全性異株性(個体は両性か雌)という状態です。この性表現は被子植物の数%を占め、あまり知られていませんが、雌雄異株よりも種数では多いのです。さて、雌個体は両性個体よりも不利だと考えられます。なぜなら、花粉親になることがないからです。全ての種子には胚珠親と花粉親がおり、どちらも一組のゲノムを種子に伝えるわけですから、花粉親として遺伝子を伝えられない分だけ損しているはずです。では、その不利分をどのように補填しているかというと、1)雌は自殖をしないので、雌には近交弱勢(近親交配による適応度の低下)が生じない、2)花粉を作らない分節約できるエネルギーを胚珠生産に廻すことで、両性個体より多くの種子生産ができ、つまり胚珠親としては両性よりも成功している、といったことが考えられます。しかし、これらだけで補填を説明できないことがしばしば指摘されており、生態学的要因の一つとして、「雌個体より両性個体の方が食害を受けやすい」ことが考えられます。

Miyake, T., Satake, I. and Miyake, K. (2018) Sex-biased seed predation in gynodioecious Dianthus superbus var. longicalycinus (Capryophyllaceae) and differential influence of two seed predator species on the floral traits. Plant Species Biology 33:42-50. DOI:10.1111/1442-1984.12191

ミトコンドリア遺伝子の影響

雌個体という突然変異は、ミトコンドリアの細胞質雄性不稔(CMS)遺伝子により生じることが多くの植物で報告されています。一方で、細胞核ゲノムに雄性を回復する遺伝子が生じ、この2つの遺伝子の相互作用に起因する、「細胞核ゲノムとミトコンドリアゲノムのゲノム間コンフリクト」が雌性両全性異株性の進化と維持に関わっていることが理論的に示されています。つまり、「母性遺伝するために植物個体を雌化しようとするミトコンドリアのCMS遺伝子」と、「両性遺伝するために、CMS遺伝子を抑えて雄性を回復しようとする細胞核の回復遺伝子」の間にコンフリクトが生じるのです。表現型がメスになることの適応度上の利点、回復遺伝子を持つことの(あるいは稔性回復を発現する)適応度上のコスト、さらにはCMS遺伝子を持つ適応度上の効果(利点/コスト)が雌性両全性異株性の安定性を決定するので、これらを定量的に評価することが、雌性両全性異株性の進化・維持を理解する上で重要となります。

Miyake, K., Miyake, T., Terachi, T. and Yahara, T. (2009) Relative fitness of females and hermaphrodites in a natural gynodioecious population of wild radish, Raphanus sativus L. (Brassicaceae): comparison based on molecular genotyping. Journal of Evolutionary Biology 22:2012-2019.

オスと両性の共存

先のロジックで考えると、雄性両全性異株性も中間段階に位置づけられると考えられます。しかし、この性表現は雌性両全性異株性と対照的で、非常に稀にしか見られません。その理由として、CMS遺伝子による性決定のような、単性を有利にしやすくするシステムが見られないことと、たとえ胚珠を作らない分花粉を多く作ったところで、花粉親としての成功度がそう簡単に増えない(胚珠をめぐる花粉親争いでは、空間的に近接した両性自個体の花粉が圧倒的に有利)ことが挙げられます。では、なぜ少数とはいえ、雄性両全性異株性が見られるのでしょうか?我々は、ミヤマニガウリという植物を用いて、この謎に取り組んでいます。

花粉を運ぶ昆虫(=送粉者)と植物の相互作用

シランはなぜ報酬なしに送粉者を誘引できるのか

シランなどのラン科植物には、送粉者への報酬を持たないものがたくさんあります。中には別の何か(産卵場所やメスバチ、別種の花)に似ていることで騙す種もありますが、「一般的な花」を装うことで経験の少ない訪花性昆虫を誘引する戦略を採る種もいます。シランもその1つと考えられています。このような戦略を採る種の場合、花期が進むにつれて訪花者が学習し、徐々に送粉されなくなることが予測されていますが、どうもシランにはあまり当てはまらないようだということわかりました。というのも、花からの報酬を求めて来る訪花者だけでなく、「訪花するメスバチを探してやってくるオスバチ」に送粉されているからです。このようなオスバチは、花からの報酬にあまり関係なく、メスバチがいそうだということでシランの咲いている場所を頻繁にパトロールし、たまに(腹がへるのか?)訪花しています。したがって、我々人間はその花が特定のなにかに似ていないということで、「一般的な花」擬態だろう、だから「訪花者は騙されることで学習し、だんだん訪花しなくなるだろう」と予測して研究をしますが、こういうオスバチによる送粉("ランデブー誘引"という言い方もあるようです)が行われていると、予測とは異なることが起こるようです。

Ogawa, Y and Miyake, T. (2020) How do rewardless Bletilla striata flowers attract pollinators to achieve pollination? Plant Systematics and Evolution 306:78.

マツブサ科植物の送粉生態とその進化

マツブサ科植物のマツブサとサネカズラは、ある種のタマバエが訪花し送粉に寄与しています。このような「特定の送粉者」に送粉を依存していることはあまりよくあることではなく、珍しい現象です。さらに、タマバエとマツブサ科食物の関係性も、それぞれ異なるようです。このような特殊化した送粉系がどのように進化したかという点から研究を進めています。日本にはサネカズラ属植物は1種とされてきましたが、沖縄には別種が存在することがわかってきました。そこにはまた新たな関係性があるかもしれません。

 Suetsugu, K., Hsu, T. C., Toma, T., Miyake, T. and Saunders, R. M. K. (2017) Emended description and resurrection of Kadsura matsudae (Schisandraceae). Phytotaxa 311:255–262.

香りで誘う花 〜惹きつけられるスズメガ

同じ昆虫グループ(ハチとかチョウなどのおおまかな分類群)に送粉される植物は、系統が離れていても同じ様な形質セットを持っています(送粉シンドローム)。花の香りも例外ではなく、とりわけスズメガという夜行性の蛾に送粉されるものは、大抵強い芳香性を持っています。しかし、マツヨイグサ、ハマユウ、スイカズラ、クサギなど、嗅いでみると全く同じ訳ではありません。物質レベルでみるとどうなのでしょう?共通した化学物質を出してスズメガを誘引しているのか?あるいは、物質レベルではスズメガを誘引する化学物質は多様なのでしょうか?そのような観点から、スズメガ媒植物の香りを分析し、その共通性を探っています。

Miyake, T., Yamaoka, R. and Yahara, T. (1998) Floral scents of hawkmoth-pollinated flowers in Japan. Journal of Plant Research 111:199-205.

三宅 崇 (1997) 蛾による送粉系における化学生態学. 日本生態学会誌 47: 275-284.

三宅 崇 (2010) 夜行性スズメガは花をどのように探索するか?—嗅覚と視覚の交互作用とスズメガ媒植物の進化—. Aroma Research 11: 34-40

香りで誘うクワズイモ 〜惹きつけられるタロイモショウジョウバエ〜

AlocasiaColocasiaHomaromenaといった属のサトイモ科植物は、Colocasiomyia属のハエに送粉されます。ハエは訪花し、花序内で採餌・交尾・産卵し、咲き終わってしぼんでいく花序内で生育します。特定の植物は特定のハエに訪花されるというパートナーシップ(ただし、植物1種に対しハエは2〜3種)があります。日本に自生するクワズイモAlocasia odoraには、Colocasiomyia alocasiaeC. xenalocasiaeが訪花しますが、花への定位にクワズイモの花序から放出される香りが必須であること、放出部位を切除するとクワズイモの結実に大きく影響することがわかりました。おそらく、他のパートナーシップでも定位に香りが重要であり、東南アジアのような複数のパートナーシップが同所的に存在するところでは、香りが生殖的隔離にも重要な役割を持っていることと思われます。

Miyake, T. and Yafuso, M. (2003) Floral scents affect reproductive success in fly-pollinated Alocasia odora (Araceae). American Journal of Botany 90:370-376.

Miyake, T. and Yafuso, M. (2005) Pollination of Alocasia cucullata (Araceae) by two Colocasiomyia flies known as specific pollinators for A. odora. Plant Species Biology 20:203-210.

送粉者を共有する植物:でも種間の花粉移動は避けたい

送粉者を共有する植物種間では、「送粉者をめぐる競争」が生じる可能性があります。これは限りある量の送粉者という資源を奪い合う、という量的な競争だけでなく、送粉者の体の同じ部位に花粉が付くことによって花粉の種間移動が起きることによる質的な競争も含みます(例えば、花粉が無駄になるとか、異種花粉が雌しべに付いて妨害されるといったこと)。従って、同所的に存在する「送粉者を共有する植物種間」では、競争を回避するようなメカニズムが進化し、同所的に競争種が存在しない集団と形質が異なるように進化する可能性があります。具体的には、1)咲く時期をずらす(フェノロジーの形質置換)、2)送粉者への付着部位をずらす(形態の形質置換)、3)別の送粉者を誘引するように色や香りをずらす(誘引形質の形質置換)等が考えられます。

クサギに近縁なシマクサギという植物が伊豆諸島に分布しています。これらの花は形態的によく似ており、シマクサギが幾分小さめです。伊豆諸島ではクサギだけの島、シマクサギだけの島、2種が共存する島があります。なんらかの「送粉者をめぐる競争」があれば、上記のいずれかのような形質置換が期待されます。調べてみたところ、チョウ、ホウジャク、ハチ、スズメガといった送粉者の構成はほとんど変わらず、開花シーズンもかなり重複していました。花粉の付着に重要な「雌しべの長さ」を島間で比較したところ、2種が共存する島では他の島よりも、2種の雌しべの長さの差が大きくなっていました。これはまさに形態の形質置換の例だと考えられます。

次に、実際に雌しべの長さの変異がどの程度異種間花粉の受け取りに影響しているかを2種が同所的に存在する利島と新島で調べました。その結果、どちらの島でも柱頭の花粉の30%程度は異種花粉であることが示され、さらに利島のシマクサギにおいては雌しべが長くなる(クサギの形態に近づく)ほど異種花粉率が増えることがわかりました。つまり、実際に形質置換により異種花粉を受け取りにくくなることが示唆されるということになります。

Miyake, T. and Inoue, K. (2003) Character displacement in style length between pollinator-sharing Clerodendrum trichotomum and C. izuinsulare (Verbenaceae). Plant Systematics and Evolution 243:31-38.

Miyake, T., Aihara, N. and Yokoi, H. (2020) Relationship between interspecific pollen transfer and pistil length in sympatric congeners, Clerodendrum trichotomum and C. izuinsulare. Plant Species Biology 35:315-321.


複数種の送粉者を利用したい:最適な方法

複数タイプの送粉者を利用することが最適な条件では、花形質はどのように進化するのでしょうか?スイカズラは典型的なスズメガ媒シンドロームを持ち、スズメガに送粉されているように思われますが、実際には昼にはハチの訪花が多く観察されます。これらのハチも送粉者として機能しています。では、スズメガに特殊化しているかのような形質はどのようにして進化したのでしょうか?あるいは、あくまでスズメガに適応進化した後で、ハチも訪花するようになっているだけなのでしょうか?スズメガ媒シンドロームとして特徴的な開花時刻について、花粉の持ち去りという観点から考えてみました。送粉は雄しべの花粉が送粉者の体に付着し、その後訪花した花の雌しべの先端(柱頭)に付くことです。スズメガはホバリングしながら吸蜜するため、一度にそれほど多くの花粉を持ち去りませんが、ハチは花の滞在時間も長く、花粉収集するものもあることから、一度にかなりの花粉が持ち去られます。の後ハチは収集した花粉の多くを巣に持ち帰るなどするために、柱頭に運ばれる花粉量はといえば、スズメガでもハチでもそれほど変わりませんでした。この状況を数理モデルを用いて解析すると、「最も送粉に貢献する送粉者」がハチであっても、夕咲きが進化することがわかりました。このような一方の送粉者の訪花が他方の送粉効果に影響を与えるような場合には、単純なStebbinsの原理はなりたたないのです。

Miyake, T. and Yahara, T. (1998) Why does the flower of Lonicera japonica open at dusk? Canadian Journal of Botany 76:1806-1811.

Miyake, T. and Yahara, T. (1999) Theoretical evaluation of pollen transfer by nocturnal and diurnal pollinators: when should a flower open? Oikos 86:233-240.

送粉シンドロームの進化

花の諸形質は、特に以下の視点から植物進化生態学者の注目を集めてきました。 1)同じ送粉者タイプが送粉する植物の花形質は、系統に関わらず似ている(=特定の送粉者は、特定の淘汰圧を花形質にかける)(送粉シンドローム)2) A)特定の送粉者を誘引する(誘引形質)、B)特定の送粉者に花粉を付ける(マッチング形質)などにより、花形質は送粉者を介して生殖的隔離を引き起こす。このような花の諸形質(花弁サイズ・色・香り・蜜(←誘引形質)、花筒長・雄蕊長・雌蕊長(←マッチング形質))は量的な形質であり、その表現型に関わる遺伝子(座)はゲノム中に複数散在していると考えられます。実際に、どの染色体のどこにどんな風に散在しているのかは、以下の点で重要な意味を持ちます。遺伝子座本体を突き止めるのはとても大変なので、何か目印になる部位をみつけ、その挙動から、A)やB)を調べることができます。 現在、九大のグループでは、キスゲとハマカンゾウという同属種の交雑F2世代を用いて、上記の課題に取り組んでいます。キスゲは典型的なスズメガ媒花、ハマカンゾウは典型的なチョウ媒花という送粉シンドロームを有しており、花色や開花時刻、香り、形態などが異なることから、交雑F2世代による諸形質の分離を利用してQTL (量的遺伝子座)の特定ができるものと考えています。A) 表現型に微小な効果を持つ遺伝子座ばかりから成るのか?それとも遺伝子座間で効果に大きな違いがあるのか?(→生殖的隔離はある遺伝子座により急速に進むのか?)B) 形質間に連鎖はあるのか?(→シンドロームの各形質は独立に進化するのか?それとも同時に進化しやすい遺伝的背景があるのか?)


Miyake, T. and Yahara, T. (2006) Isolation of polymorphic microsatellite loci in Hemerocallis fulva and Hemerocallis citrina (Hemerocallidaceae). Molecular Ecology Notes 6:909-911.

新田 梢・長谷川匡弘・三宅 崇・安元暁子・矢原徹一 (2007) キスゲとハマカンゾウの送粉シンドロームに関する花形質の遺伝的基礎を探る. 日本生態学会誌 57: 100-106.

動物間相互作用

魚の血を吸う蚊

カニアナヤブカは、亜熱帯の河口域の潮間帯に広がるマングローブ林内のオカガニ類やオキナワアナジャコの穴に生息しており、夜間に穴から出て魚から吸血することが知られていました(琉球大学医学部のグループ)。しかし野外でどのような魚を吸血源にしているかは不明でした。そこで我々は琉球列島の奄美大島、沖縄島、石垣島、西表島でカニアナヤブカを採集し、雌の腹部に存在する未消化の吸血源の血に含まれるDNAの塩基配列情報から吸血源を特定するという手法で、230匹の吸血雌から吸血源由来のDNAの配列決定をし、4目8科15種の魚を同定した。先行研究では、水槽内でトビハゼ類からの吸血が観察されていたため、主として陸上で過ごす時間の長いトビハゼ類から吸血すると推測されていましたが、予想と異なり、トビハゼ類の血が検出された蚊は230匹中7匹(3%)に過ぎず、西表島ではジャノメハゼ(ハゼ目ノコギリハゼ科)、沖縄島と奄美大島ではゴマホタテウミヘビ(ウナギ目ウミヘビ科)が主要な吸血源でした。吸血源の多くは空気呼吸魚・両生魚と呼ばれる魚で短期的に水の外にいることが可能であり、カニアナヤブカの雌は生息地付近で吸血源を見つけ、空中に露出した体表面に止まって吸血することが示唆されました。一方で「どうやって魚の存在を知るのか?」「どうやって魚の体表が露出するわずかなタイミングに吸血するのか?」という疑問は解明されていません。なお、この蚊はヒトから吸血することはありません。

Miyake, T., Aihara, N., Maeda, K., Shinzato, C., Koyanagi, R., Kobayashi, H., and Yamahira, K. (2019) Bloodmeal host identification with inferences to feeding habits of a fish-fed mosquito, Aedes baisasi. Scientific reports, 9:4002.

植物と菌類の相互作用

花粉のように精子を昆虫に運んでもらうサビキン

サビキンは植物に絶対寄生する菌類です。ナシの赤星病として知られるGymnosporangium asiaticumは春〜秋はナシに感染し、秋〜春はビャクシンに感染しています。春にナシに感染した際に、柄胞子が精子器を形成し、そこで柄子蜜と呼ばれる蜜を分泌して昆虫を誘引します。誘引された昆虫は蜜を舐めて精子器から精子器へ移動しますが、その際に精子を運びます。これにより個体間で受精が行われます。このような一見植物の繁殖器官である花との類似という点から、サビキンの媒介者誘引メカニズムを研究しています。

遺伝子の進化

オスメス間のいざこざの遺伝子の進化

多くの生物は有性生殖を行い、母親から1セット、父親から1セットの、合計2セットのゲノムを持っています。そして、一方の親からもらった遺伝子が機能を失っていても、他方の親からもらった遺伝子が正常であるために問題が生じないということも多く見られます。このような利点があるにもかかわらず、片親に由来する遺伝子のみが発現する“ゲノムインプリンティング”が様々な生物(特にほ乳類や植物)で知られています。この現象が存在する背景として、ゲノム間コンフリクトが考えられています。この考えに従うと、胎盤・胚乳成長を促進する遺伝子は父親由来で発現し、抑制する遺伝子は母親由来で発現すると予測され、実際にその通りになっています。そしてこの場合、父親由来で発現する遺伝子は胚乳発達を促進する方向にのみ淘汰を受け、母親由来で発現する遺伝子は抑制する方向にのみ淘汰を受けると考えられます。さらにこれらの淘汰が同時にはたらく状況は、いわゆる「軍拡競争(arms race)」であり、より淘汰圧が強いことが期待されます。モデル植物であるシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)では、母親由来で発現する遺伝子としてMEA、FWAなどが報告されており、胚乳の発達に関与しています。私は自殖種シロイヌナズナと、それに近縁な他殖種のMEAおよびFWAを用いて、上記仮説を検証しようと試みました。種子の父親が往々にして自分自身である自殖種では、上記のゲノム間コンフリクトは生じないことになるので、シロイヌナズナとの間にも淘汰圧に違いが見られることが期待されます。

Miyake, T. Takebayashi, N. and Wolf, D. E. (2009) Possible diversifying selection in the imprinted gene, MEDEA, in Arabidopsis. Molecular Biology and Evolution 26: 843-857.

自分の花粉を見分ける遺伝子の進化

植物の多くは、雄・雌の機能を1個体が持つ両全性という性質を備えています。これは1個体で繁殖できるという利点がある一方で、自殖による近交弱勢がはたらくという不利な点もあります。実際、植物は様々な方法で自殖を避けています(雌雄異熟、雌雄離熟など)。しかし送粉者である昆虫などは植物1個体の複数の花を訪花するため、両全性の個体である限りは、隣花受粉により自分の花粉を受け取ってしまうことはしばしば見られます。自家不和合性(self-incompatibility)は、自分と他個体の花粉を識別し、自分の花粉の発芽・伸長を阻害することで自殖を避ける生理的なメカニズムで、自分の花粉を受粉しても受精には至らないため、より確実な自殖回避システムといえます。この自他認識に関わる物質は、単一遺伝子座(S遺伝子座)の複対立遺伝子(S対立遺伝子と呼ばれる)によって制御されています。配偶体型自家不和合性では、雌ずいは2倍体なので2つのS対立遺伝子が発現し、いずれかのS対立遺伝子を持つ花粉は受精に至りません。この2つのS対立遺伝子1つを胚珠が持っているので、受精後の種子はS対立遺伝子に関してヘテロ接合です。このような状況下では、突然変異で生じた新規のS対立遺伝子は、集団中の誰とでも交配できるため、集団中に広まりやすくなります(つまり正の淘汰を受けます)。このようにしてS対立遺伝子の数はかなり多くなり(多様化淘汰)、さらに一度生じたS対立遺伝子はなかなか消滅しにくくなります。このような予測が実際に成り立っていることがアブラナ科やナス科・バラ科などの植物で調べられています。現在私はこれらの植物とは異なる自家不和合性メカニズムを持っているケシ科の植物で、この予測を検証しようと試みています。というかそれ以前に、ケシ科の場合、S遺伝子のオス因子は未だ特定されておらず、メス因子も分子量の小さな分泌タンパクで、塩基配列が保存されている領域が極端に少ないためにそもそも数個しか単離されていないため、新たな単離から試みています。

三宅 崇・竹林直樹・Diana E. Wolf(2007)自家不和合性の理論的研究.植物の進化 ー基本概念からモデル生物を活用した比較・進化ゲノム学までー(植物細胞工学シリーズ23号) 清水健太郎・長谷部光泰監修,秀潤社,pp92-96. 

Paape, T., Miyake, T., Takebayashi, N., Wolf, D. and Kohn, J. R. (2011) Evolutionary genetics of an S-like polymorphism in Papaveraceae with putative function in self-incompatibility. PLoS ONE 6(8): e23635. doi:10.1371/journal.pone.0023635

生物教育

分子生物学教材

高校では遺伝子とその働きの単元でDNAを扱いますが、それを利用した教材の多くは分子生物学実験の体験に留まっているように思われます。もっと身近に実験が行えるようになれば、分子生物学実験を通した仮説検証型の教材ができるのではないかと考えています。

大井真菜・水口智人・夏厩悠斗・小川唯菜・三宅 崇(2019)高等学校生物における安価かつ簡易的な PCR実験法の開発. 生物教育 61(1):23-30.

三宅 崇・大井真菜 (2020) 受講者が立案するPCR-RFLP実験教材の開発. 生物教育 61(2):96-104.

三宅崇(2022)安価に学生・生徒向けPCR実験を行うための情報.岐阜大学教育学部研究報告. 自然科学 46:35-43.

三宅崇(2022)生徒向け分子生物学実験教材のレビュー.岐阜大学教育学部研究報告. 自然科学 46:45-52.

水口 智人・三宅 崇(2022)ナシの自家不和合性を利用した遺伝教材の開発のための基礎研究: PCR による遺伝子型検出系の確立と授業実践に向けた検討 . 生物教育 64(1):22-32.