このプロジェクトのきっかけ
複数の意味を持つ多義語が実際に使われる中で,どの意味にもはっきりと断定しにくい場合があります。
ほか使用と比べて,どのような使用と似ていると感じられるかによって,意味を断定しにくい例を位置付けようと考えました。
この類似度評定の実験手法が非常にうまくいったので,多義語の主要な課題解決にも援用することを考えました。
多義語分析の課題
多義語は,複数の意味を持つ語と定義されます。
多義の研究には,次のような主要な課題があります。
- 多義語であることの認定:
同音異義語や文脈的変容ではないことを証明します。また、どの使用が同じ意味の仲間で,どの使用が違う意味かを統一的に区分します。
- 派生関係の解明:
多義がどのように派生に至り,どのような関係で結ばれているかを分析します。
- プロトタイプ的意味の認定:
複数の意味の中で,どの意味が最も基本的かを証明します。
このプロジェクトの目的
このプロジェクトでは,特にプロトタイプ的意味を認定する方法の確立を目指しています。
なお,ほかの主要な課題である,多義語であることの認定・派生関係の解明にも,このプロジェクトのデータを役立てていただけるよう,実験結果のデータを公開しています。
論証のために必要なたくさんの証拠の一つにお使いいただけたらと思います。
プロトタイプ的意味の解明に向けて
多義的形容詞のプロトタイプ的意味の認定を量的調査によって試みる。
日本語の形容詞は,閉じたクラスであり基本語になりやすく,多義を獲得しやすいと考えられます。
多義語分析において,派生プロセス解明などの礎となるプロトタイプ的意味の認定は,重要な課題です。
プロトタイプ的意味を認定する基準の確立という課題解決に向けて,次の手法が提案されてきました。
用法上の制約がないこと(籾山1995)
意味的な出現頻度と心理的判定による典型性判断(田中1990)
しかし,論証や恣意的なテストでは,再現性の低い結果が得られる可能性があります。
また,共時的な概念的中心性は,通時的な意味拡張の一時点である(木下2018)ことから,変遷の可能性を考慮することも重要です。
以上により,歴史的意味拡張の起点と現代の直観的プロトタイプが相違する可能性を前提に,プロトタイプ的意味を高い再現可能性のもとで認定することが求められます。
そこで,従来提案されてきた手法を補完しうる大規模実験によって,プロトタイプ的意味を認定する手法を提案します。
参考文献
木下か (2018)「多義動詞の意味拡張の起点と直観的プロトタイプ」『日本認知言語学会論文集』19: 519-524.
田中茂範 (1990)『認知意味論-英語動詞の多義の構造-』三友社出版.
籾山洋介 (1995)「多義語のプロトタイプ的意味の認定の方法と実際-意味転用の一方向性:空間から時間へ-」『東京大学言語学論集』14: 621-639.