老化細胞・杉本研究室

研究員募集

 当研究室では現在研究員を募集しております。医学・生物学系の博士号取得者に限ります。ご興味のある方はメールにてご連絡ください【連絡先】。すぐに返信できない場合がございますので、ご了承ください。

研究内容

老化はなぜおこるのか?

 地球上のすべての生物は、やがて老化して死んでしまうという共通のエンドポイントを持っています。では老化現象を制御するものは何か?老化がどのようにおこるのか、なぜ年を取ると病気になりやすくなるのか?当研究室ではこれらの疑問にアドレスし、理解することにより、老化や加齢性疾患を克服するための基礎研究を行っています。

 私たち日本人の平均寿命は、戦後大幅に延びました。では私たちは老化を克服しつつあるのでしょうか?答えは「No」です。感染症など多くの病気を克服することができたため、平均寿命は大きく延びましたが、一方で最大寿命は殆ど変わっていません。江戸時代の記録でも、極めて稀ですが100歳以上生きた方がいます。この「最大寿命」の壁は、老化研究者が理解すべき大きな課題のひとつであると思います。
 生物の最大寿命は種によって異なり、ホッキョククジラやニシオンデンザメのように数百年生きるものもあれば、マウスのように3年で死んでしまうものもいます。最大寿命が種によって固有のものであるという事実からは、寿命が遺伝的プログラムによって予め決定されているということが考えられます。ではこの遺伝的プログラムを操作することにより寿命は延ばせるのでしょうか?
 線虫やショウジョウバエなどでは遺伝子や飼育環境を操作することにより、寿命を大幅にばすことが可能です。一方、マウスなどの哺乳動物では、現時点で最大寿命を大幅にばすには至っていません。高等生物では寿命の制御がより複雑化して、老化が極めて複雑な複合的生命現象と化していることに原因があると思われます。老化を理解するためには、この複雑な現象をひとつひとつ紐解いていくしかありません。

細胞老化と組織老化

 ヒトを含む哺乳動物の細胞は、ダメージを受けると細胞周期チェックポイント機構の働きにより、増殖を停止し、修復を行います。しかしながら、修復不可能なダメージを細胞が受けてしまった場合には、「細胞老化」と呼ばれる増殖停止状態に陥ります。
 細胞老化に伴う細胞周期の停止にはp53やpRbなど、がん抑制タンパク質としての活性を持つ分子によって制御されており、細胞老化は生体にとって潜在的に危険な細胞の増殖を防ぐ「がん抑制機構」として重要な役割を持っています。調べられている限りすべてのがん細胞で、細胞周期チェックポイント機構に異常があることが分かっており、細胞老化は生体にとって重要ながん抑制機構として機能していることが古くからわかっています。
 また細胞老化を起こした細胞(老化細胞)は、加齢とともに様々な組織に蓄積することも古くから知られていました。しかし老化細胞と組織老化の因果関係については長い間不明であり、最近になって漸くそれらの繋がりが見えてきました。

 今世紀に入って、老化細胞は単に増殖を停止しているだけでなく、様々な生理活性物質を分泌して周辺環境に作用していることが明らかになりました。このような老化細胞特異的な分泌表現型はsenescence-associated secretory phenotype(SASP)と呼ばれ、SASPを介した老化細胞の非細胞自律的作用が組織の老化や加齢性疾患の発症に関与していると考えが支持されています。

老化細胞除去(セノリシス)と疾患モデルへの応用

 近年、私たちの研究室を含め、世界中の多くの研究グループが生体から老化細胞を除去(セノリシス)する系を開発しました。老化細胞の除去によりは、組織機能の回復や様々な慢性疾患病態(動脈硬化、肺線維症、白内障など)の緩和が認められたことから、老化細胞が疾患の治療標的として有望視されています。また、老化細胞特異的に細胞死を誘導する薬剤(セノリティック薬)や老化細胞の特定の機能に影響を与える薬剤(セノモルフィック薬)も開発され、一部については国外で臨床試験が行われています。

 私たちは、肺組織の老化細胞を可視化し、任意の時期に除去可能な遺伝子改変マウスを樹立しました。このマウスを用いて、老齢個体の肺組織から老化細胞を除去すると、加齢により衰えた呼吸機能を回復可能であることを見出しました。このことから、肺組織の老化は少なくとも部分的に、組織中に蓄積する老化細胞によって引き起こされると考えられます。

 肺気腫は世界で死因の上位を占める慢性閉塞性肺疾患の主要病態であり、現時点で治療法は確立されていません。肺気腫モデル動物において、老化細胞を除去すると、病態が顕著に緩和されることが私たちの研究により明らかになりました。これらの実験結果から、老化細胞が肺気腫の治療標的であることが期待されます。本テーマでは、肺気腫における老化細胞の病理的作用の解明と老化細胞を標的とした肺気腫治療モデルの確立を目指しています。

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