2023/7/13
埼玉大学シニアプロフェッサー 金子康子
NHK の朝ドラ「らんまん」で、“日本の植物学の父”とよばれる牧野富太郎が主人公のモデルとなっていることから、にわかに「ムジナモ」が注目を浴びています。ムジナモは世界的に希少な水生の食虫植物で、日本では19 世紀末に牧野富太郎が発見し、その詳細な花の解剖図は、牧野富太郎が世界的に評価されるきっかけにもなりました。「らんまん」のオープニング映像は7 月から変わり、一瞬ですがムジナモの姿も出てきます。ドラマでも近日中にムジナモが登場することでしょう。
今期NHK では、牧野富太郎にちなんだ番組がたびたび放送されています。4 月16 日の「ダーウィンが来た!」では、ムジナモの細胞学的研究を行ってきた教育学部理科分野生物学研究室が紹介されました。ムジナモは二枚貝様の半透明の捕虫葉が車輪のように輪生して連なる美しい姿で水面下に浮遊します。捕虫葉の内側にある感覚毛に獲物が触れると50 分の1 秒という速さで捕虫葉を閉じて獲物を捕えます。このムジナモの捕虫葉の動きは植物界で最速といわれています。獲物を捕獲すると捕虫葉の辺縁部を密着して水中で密閉状態の袋を作ります。そして、捕虫葉表面に点在する消化腺毛から数種類の消化酵素を分泌して獲物を消化し、養分を吸収します。食虫植物は一見植物として特異な生き方をしているようにみえますが、運動、分泌、吸収などの仕組みは植物に普遍的に備わっているパーツを組み合わせて構成されたもので、ムジナモの細胞学的な研究を通して植物が生きる仕組みへの理解を深めることができます。
ムジナモは埼玉県にとっても特別な植物です。牧野富太郎がムジナモを発見したのは江戸川の河畔でしたが、その後日本各地で点々とムジナモの自生地が見つかりました。しかし開発や水環境の変化に伴い20 世紀半ばまでにムジナモは次々と消滅し、埼玉県羽生市の宝蔵寺沼が国内最後の自生地となりました。そのため「宝蔵寺沼ムジナモ自生地」は1966年に国の天然記念物に指定されました。が、なんと直後の大型台風で宝蔵寺沼のムジナモは流出してしまったのです。その後宝蔵寺沼ではムジナモの自生が見られない状態が長く続き、ついに1998年には埼玉県のムジナモは「野生絶滅」と判定されてしまいました。しかし地元のムジナモ保存会会員は自宅でムジナモの栽培を続け、羽生市教育委員会はムジナモ自生地の管理を継続するなど、“ムジナモ自生地”の維持を決してあきらめませんでした。
2009年からは自生地の復元を目指した「緊急調査」が開始され、埼玉大学教育学部の複数の教員を中心とした調査団が多面的な調査研究を開始しました。そこで得られた知見から「多様な生物がバランスよく生育できる環境」を目標として、たくさんの学生やムジナモ保存会会員、羽生市教育委員会が協力しながら活動を続けたところ、様々な生物とともにムジナモが生育する環境を復元することができました。2021年からは夏から秋にかけて100万個体を超えるムジナモが繁茂を続けています。冬には緑色の冬芽となって沼底で越冬し、春先には水面下に浮上した冬芽が展開して成長を始めます。隣接するさいたま水族館の駐車場付近から、水路で増殖するムジナモを柵越しにいつでも観察できる環境も整いました。
現在編集中の埼玉県レッドデータブック植物編の最新版ではムジナモは「野生絶滅」から「絶滅危惧IA 類」にランクダウンされることが期待され、「植物の野生復帰」という全国的にも珍しいケースとなりそうです。人間活動に起因する野生絶滅から、生物多様性を後押しすることによる野生復帰まで、宝蔵寺沼のムジナモがたどった道のりを題材とした環境教育の教材を作成しています。
宝蔵寺沼ムジナモ自生地全景
自生地をのぞむ展望台と掲示板
柵越しに観察できる水路のムジナモ
水面を覆うように繁茂するムジナモ