SSTSプロジェクトの概要


本研究プロジェクトの目的は、宇宙科学技術の社会的インパクトを明らかにするとともに、宇宙へと活動領域を広げつつある社会が直面する諸課題とそれに対する対応策を特定することで、宇宙科学技術と社会の望ましい関係性を構想することにある。また、このことを通して、将来的に「宇宙科学技術社会論(SSTS: space science and technology studies)」という新しい学術領域を確立するための基礎を構築する。


古来より多くの人々が人類の宇宙進出を夢見てきたが、スプートニク1号の打ち上げ以来60年を経た現在、宇宙開発利用は大きく進展している。社会はインフラとしての人工衛星システムへの依存を強めている。宇宙科学は「宇宙における人間の位置」に関する人々の見方を更新し続けており、特に近年の太陽系探査や系外惑星観測の進展は生命観を刷新する可能性を秘めていると言われる。有人宇宙活動の面では、近い将来に予定されるISS計画の終了後、各国は月や火星を目標とした大型の有人探査計画を推進する姿勢を見せている。さらに、ビジネスや安全保障といった形での宇宙利用が進められており、宇宙は経済や軍事の舞台としての性格を濃くしている。特に、宇宙旅行や宇宙資源開発といった新興ビジネスが、自ら次世代の宇宙開発利用のビジョンを提示する野心的な企業家とともに登場し、世界の宇宙産業において「ニュースペース」と呼ばれる新しい潮流が生まれつつある。こうして宇宙開発利用は、事業やアクターの多様化を伴いつつ、今まさに新局面を迎えている。


だが、宇宙開発の進め方に関する公共の議論はほとんど行われておらず、宇宙開発利用の進展の過程で、宇宙のパブリックイメージと宇宙開発利用の現実の間にギャップが生じている。極めて重要な懸念は、市民が宇宙開発や宇宙科学に関して具体的・現実的な将来像をもたないままに、国家や企業、科学コミュニティがその利益を追求する形でそれらを進めていくことで、「全人類の共同の利益」(宇宙条約前文)をもたらすという宇宙開発の理念が損なわれ、不可逆的な仕方で社会にとって負の影響が生じてしまう、というものである。実際にその兆候として、宇宙環境の汚染、宇宙の軍事化と商業化、宇宙政策における科学の軽視、コストや施設建設を巡る宇宙科学と社会の対立、といった諸問題が噴出している。


これらの問題に取り組む上で障害となるのは、宇宙科学技術の価値そのものが明確に分析されないままに「夢」という曖昧な表現で定式化されてきたことである。宇宙は人類にとっての「フロンティア」と言われる。それに挑戦する宇宙開発は、科学技術の夢を体現するものとされると同時に、生活とは縁遠いものとも考えられており、その価値は定かでない。


以上の背景を踏まえて、本研究プロジェクトは、①宇宙開発利用の進展によって、どのような新しい文化が形成され、また生存上の課題がどのように解決されうるかという視点に基づき、宇宙科学技術の社会的インパクトを文化的・物質的の両面から解明する。さらにその成果を踏まえつつ、②科学技術コミュニケーションおよび社会的意思決定の二つの面から、宇宙科学技術の発展に伴って社会が直面する諸課題と、それらに対する適切な対応策を特定する。これらの作業により、③公共の議論を通して宇宙科学技術と社会の望ましい関係を構想していくための学術的基礎を提供する。


本研究プロジェクトは、科学研究費補助金・挑戦的研究(開拓)の課題「宇宙科学技術の社会的インパクトと社会的課題に関する学際的研究」(研究代表者:呉羽真,研究期間:2018年7月~2022年3月,課題番号:18H05296 )の支援により遂行されるものです。