福島 健児(国立遺伝学研究所)
生物界は例外の宝庫であり、一事が万事とならない底知れなさを帯びている。そして、植物園や園芸店で一際目を引く食虫植物の魅力も、その例外性に由来している。食虫植物は植物でありながら、動物を騙し捕らえ、文字通り食べてしまう。革新的ともいえる彼らの新奇な形質は、そのゲノム上でどのように規定されているのだろうか。形質を規定する遺伝子の探索は、現代生物学の様々な場面で必須である。しかし、被子植物の食虫性のように、太古に生じた革新的な形質は、ゲノムワイド関連解析(GWAS)やトランスクリプトームワイド関連解析(TWAS)といった遺伝学的解析に必要な種内変異を欠く場合が多く、遺伝的基盤の探索が困難となる。この課題を克服するため、私たちは、複数回の進化、すなわち収斂進化に着目した。植物の一般的な性質に照らすと食虫植物は例外的な存在に映るが、実際にはその進化は一回性の例外イベントではない。被子植物の系統進化において、食虫植物は何度も独立に出現している。このような収斂進化を「実験的反復」のように捉えることが可能であれば、形質の進化と遺伝的変化を統計的に結びつけることができるはずである。このような解析を実現するために、私たちはタンパク質配列に生じた分子収斂を検出するプログラムCSUBSTを開発した。また、分子レベルでの収斂進化はタンパク質配列に限らず遺伝子発現などにも生じうるため、遺伝子発現パターンの収斂進化を検出可能にするRNA-seqデータの多種間統合プログラムAMALGKITなども開発した。本発表では、被子植物において10回以上出現し、収斂進化の好例である食虫植物にこれらの新手法を適用することで明らかになりつつある食虫性の進化とその遺伝的基盤について紹介する。