田川 一希(鳴門教育大・学校教育)
食虫植物は,特殊な捕虫葉で節足動物を捕獲し,養分として吸収するユニークな適応を遂げた植物である。植物としての特性と捕食者としての特性を併せ持つことから,他の植物には見られない独自の種間相互作用を示す。私は粘液を分泌する捕虫葉を持つモウセンゴケ属を対象に,種間相互作用とその進化生態学的背景を,主に野外観察を通じて解明することを目指してきた。本講演では,植食者,送粉者,および他の植物との相互作用に関する研究の一端を紹介する。
1. 植食者との相互作用
多くの小型の節足動物にとって,モウセンゴケ属の捕虫葉に降り立つことは致命的である。しかし,捕虫葉に捕獲されることなく,逆にその葉を食害するモウセンゴケトリバというガの幼虫が存在する。この幼虫は繁殖器官を含む植物全体を食害し,適応度に重大な負の影響を及ぼす。私たちは,モウセンゴケ属がモウセンゴケトリバによる食害に応答して花を2〜10分で閉鎖し,胚珠を食害から防御できることを示した。花閉鎖速度の種間変異は食害圧の強さと相関することから,この植物の素早い運動は誘導防御として進化してきたと考えられる。
2. 送粉者との相互作用
食虫植物は節足動物を捕獲すると同時に送粉者としても利用するため,栄養分獲得と繁殖をめぐってコンフリクトが生じる可能性がある。日本のナガバノイシモチソウ群は,送粉者を捕獲することがあるものの,自家和合性によりこのコンフリクトの発生が回避されていることが示された。また,東南アジアの近縁種では,送粉者の捕獲をめぐって異なる選択圧を受け,花と捕虫葉の形質が多様化している可能性が示唆された。
3. 他の植物との種間相互作用
同所的に自生する食虫植物間では餌をめぐる競争の発生が予想されるが,シロバナナガバノイシモチソウは集団を形成することで,大きなサイズの節足動物を捕獲しやすくなることが明らかになった。また,非食虫植物で粘液を分泌するセイヨウヒキヨモギがハダニ類を捕獲することで,周辺の植物の食害率が低下することが確認された。このように,節足動物の捕獲は周辺の植物の適応度にさまざまな影響を与えていると考えられる。