(同志社大学 生命医科学部)
専門:生命現象の物理学
地球上の生物は、10~40%もの混雑した生体高分子を働かせることにより、生命活動を維持している。“高分子ならではの特質”が生命活動の本質に関与している可能性が高いが、現代でも未明な点が多く残されている。今回は、ゲノムサイス DNA の高次構造転移と、混雑環境が誘起する水/水相分離の話題を取り上げたい。
1)ゲノムサイズ DNA の高次構造と機能
2重ラセン DNA は、100 塩基対(base pair, bp)程度のサイズでは、剛直な棒として振る舞う。100 kbp (105 bp; 30μm)のサイズになると、ランダムにゆらぐ高分子鎖としての性質が顕在化するようになる。そして、ポリアミンや多価カチオンの添加により、ランダムコイル状態(coil)から凝縮状態(globule)に転移し、その密度変化は、104-105 にも及ぶ。PCR や電気泳動など良く用いられている DNA の分析手法では、数 kbp 以下のサイズを対象とすることが多く、いわばゲノムサイズの DNA(100 kbp 以上)が有する、高分子鎖(semi-flexible polymer)としての特質が欠落した状態の DNA 分子を対象とした研究が大勢を占めている。また、ゲノムサイズ DNA の高次構造や機能には、 高度に荷電した高分子であることが大きく関連しており、特異的な分子鎖内相分離現象などが引き起こされる。
2)高分子混雑効果と水/水相分離現象
複数の高分子が比較的高濃度で溶解している様な条件の下では,近接するのが同一の高分子であるか,あるいは異なる高分子であるかによって高分子構造のゆらぎによるエントロピーが大きく異なり,それが異種高分子間の斥力として働くと考えられ,枯渇効果(depletion effect;朝倉・大沢のモデル)と呼ばれている。枯渇作用は、粒子の排除体積効果が起源であることから、浸透圧と同一にみなしているような論文も散見されるが、高分子の混雑環境のときには、高分子鎖全体の広がりと、高分子の紐に沿って見積もった場合の排除体積とは大きく異なっていることに注意をしておきたい。近年生命科学領域で話題となっている細胞内の“膜なし顆粒”(membraneless organelle)の構造と機能に関する問題も含めて、枯渇相互作用を考慮に入れた研究が今後重要になると思われる。
[参考資料]
1) 高分子が創り出す生命らしさ、高分子, 69, 141(2020);展望記事.
2) 相転移ダイナミクスと生命現象、 CSJ カレントビユー、 35, 157(2020).
3) 液液相分離が見せる細胞骨格と核酸と脂質の離合集散、 生物物理、 63, 5(2023).
4) ヒト,そして論文との出会い,これが未開拓の研究課題を生み出す, 生物物理、65, 81(2025).
参加登録期間:2025年8月4日〜2025年8月23日
貞包 浩一朗(同志社大学)