溶液化学若手の会が共催するセミナー情報のスケジュールです。
溶液化学系のメンバーや関連研究室に関係の深いお話が多く、基本的にオンライン参加もあるものばかりですので、ご興味のあるものにはぜひご参集ください。
2024年5月17日 第17回分子集合系計算科学セミナー
「生体分子の構造ダイナミクスと機能発現機構(森俊文先生・九州大学)」
要旨:タンパク質はそれぞれ固有の立体構造を持つが、実際には溶液内および生体内で構造は大きく揺らぎ、ときに多様な状態をとる。タンパク質のこのような動きが酵素反応をはじめとした機能に重要であることは実験で明らかになっているが、実際に動きがどのように機能に寄与するかは十分に理解されておらず、これまで様々な論争が繰り広げられてきた。そこで、酵素反応を例にとり、分子シミュレーションを用いて自由エネルギー面と反応過程を詳しく調べることで、反応機構の詳細と、特に時間スケールのミスマッチから起こる過渡的状態の存在を明らかにした。さらに、タンパク質の動きがどのように状態遷移を誘起し、反応に寄与するかを解析することで、実験が示唆する酵素の遅い運動と反応のカップリングの分子起源に迫った。本発表では、これらを実現するために我々が開発してきた時間相関関数に基づく解析法について説明し、これらの解析から見えてくる生体分子の構造ダイナミクスと機能発現機構について紹介する。
2024年3月22日 第16回分子集合系計算科学セミナー
「Physics Informed Neural Networks (PINNs)の基礎と実プロセスに対するサロゲートモデルへの応用(竹原悠人先生・大阪大学)」
要旨:Physics Informed Neural Networks (PINNs)は物理法則を学習するニューラルネットワークである。その特徴から、従来の機械学習のような訓練データを必要とせず、予測値が現象の支配方程式を満足するという利点がある。さらに、ニューラルネットワークの入力パラメータに初期条件や境界条件、形状に関するパラメータを導入することで、異なる条件における解を瞬時に予測することができる。このような予測モデルはサロゲートモデルと呼ばれ、本発表ではPINNsの基礎に加え、半導体結晶の作製プロセスにおける熱流体解析のサロゲートモデルを構築した結果を示す。今回構築したサロゲートモデルは、数値計算の結果を精度良く再現し、異なる温度条件、形状における熱流体の流れと温度分布を瞬時に予測することが出来た。
2024年3月21日 第15回分子集合系計算科学セミナー
「ソフトマター周囲の水分子の回転ダイナミクス(樋口祐次先生・九州大学)」
要旨:水分子の動態は、水中でのソフトマターの自己組織化や、生体材料の生体親和性に影響を与える。このため、ソフトマター構成分子周囲の水分子の動態を解明することは重要である。テラヘルツ分光による実験から、リン脂質分子やオスモライトと水分子の直接の相互作用だけでは水の回転拡散を説明できないことが示唆されている。そこで、分子シミュレーションを用いて水和状態と水の回転拡散に関して調べた。水分子間の水素結合数を周囲の水分子数で規格化した値を用いると、リン脂質分子やオスモライト周囲の水分子の回転緩和と正の相関が見られた。このことから、規格化された水素結合数は水分子の回転緩和を表す指標となる可能性を示唆した。規格化された水素結合数は、オスモライトやリン脂質分子と水が直接相互作用する第一水和圏ではなく、その周囲の第二水和圏に差が見られた。ソフトマター構成分子と水の直接の相互作用だけではなく、その周囲の水素結合ネットワークの状態も水の運動性に重要であることを明らかにした。
2024年2月5日 第14回分子集合系計算科学セミナー
「高分子のガラス転移理論基礎と分子動力学シミュレーション(杉澤宏樹先生・三菱ケミカル)」
要旨:高分子のガラス転移はありふれた現象であるにもかかわらず、その定義は画一的ではなく、本当に「転移」現象であるのか明らかではない。とはいえ、実験や理論からいくつかのヒントは与えられており、例えば、液体状態から降温する際に極限までゆっくり冷却するとガラス転移点が低温側にシフトすることが知られており、人間が待つことのできる降温速度がガラス転移点を決定しているにすぎないという主張が存在する。一方、モード結合理論の視点では、過冷却液体からさらに降温することによりアルファ緩和が停止し、相関関数が無限の時間をかけてもゼロにならない転移温度が存在することが示唆されている(エルゴード-非エルゴード転移)。本セミナーでは、このガラス転移現象の実験的ヒント・基礎理論:つまり、エンジェルプロット、動的普遍性、自由体積理論、エネルギーランドスケープ理論、協同運動理論、モード結合理論を簡単に紹介することでガラス転移について俯瞰し、分子動力学シミュレーションを行うときの注意点について解説する。
2023年8月30日 第13回分子集合系計算科学セミナー
「積分方程式理論による混合液体・溶液の相平衡と混合熱力学量の研究(山口毅先生・名古屋大院工)」
要旨:混合液体や溶液の相平衡と混合熱力学量は化学プロセスの設計に重要であり、近年では細胞内で起こる液液相分離現象が生体機能との関係から興味を集めている。液体の積分方程式理論は熱力学極限を取った後の相関関数を扱う理論であり、分子シミュレーションとは異なり有限システムサイズの影響を受けないことから、熱力学極限で起こる現象である相平衡を扱うために適した手法であると考えられる。我々は混合ギブズエネルギーがGibbs-Duhem式を満たすことを要請して混合系の密度を決定することで、積分方程式理論で得られた溶媒和自由エネルギーから熱力学的健全性を満たす混合ギブズエネルギーを計算する手法を開発し、水―アルコール混合液体、塩析による液液相分離、高分子溶液への応用を行った。本セミナーではこれらの研究結果について紹介すると共に、本手法の限界と問題点についても議論したい。
2023年7月10日 第12回分子集合系計算科学セミナー
「Exploring solvation and biological hydration under supercooled conditions(Foivos Perakis先生・ストックホルム大)」
要旨:The intricate interaction between water and various molecular components often results in complex molecular dynamics; however, a comprehensive mechanistic description of these solutions is lacking. For instance, it remains unsolved how nanometer-scale transient structural heterogeneity, which arises from weak intermolecular interactions, relates to the overall structural solution dynamics of biomolecules. Are water's anomalous properties directly involved in life processes? In my group, we investigate the interplay of supercooled water's peculiar thermodynamic and dynamic properties with solutes. Here, I will give an overview of the group's recent activity, highlighting our studies on nanoparticle diffusion in supercooled water [1,2] and hydrated protein spatiotemporal fluctuations [3,4]. Finally, I will present recent unpublished results on rapidly supercooled microdroplets of aqueous mixtures that provide new insights into water's anomalies and its interplay with solvation.
[1] Berkowicz et al. Phys. Chem. Chem. Phys., 23, 25490 (2021)
[2] Berkowicz et al. Phys. Rev. Res., 4, L032012 (2022)
[3] Bin et al. Phys. Chem. Chem. Phys. 23, 18308-18313 (2021)
[4] Bin et al, J. Chem. Phys. B (in press) (2023)
2023年6月23日 第11回分子集合系計算科学セミナー
「分子場解析に基づくデータ駆動型不斉触媒設計法の構築と応用(山口滋先生・理研CSRS)」
要旨:データサイエンスは有機合成をさらに効率化する可能性があるとして注目されている。有機化学のデータサイエンスとして、反応活性と分子の性質を数値化した記述子との間の回帰分析が古くから研究されており、物理有機化学の重要な一分野となっている。反応の回帰分析により反応機構の知見が得られ、また未知分子の反応性が予測できる。本研究の主題である分子触媒分野でも回帰分析は反応解析手段の一つとして盛んに行われている。機械学習手法を扱うことにより解析の幅も広がっている。今後の分子触媒におけるデータサイエンスの課題の一つとして、データ駆動による直接的かつ効率的な高性能触媒設計法の構築が挙げられる。本セミナーでは分子場解析と呼ばれる、反応にとって重要な3次元分子構造情報の抽出・可視化が可能な回帰手法に基づく、データ駆動型不斉触媒設計法の構築と応用に関する研究について紹介する。
2023年6月12日 第10回分子集合系計算科学セミナー
「様々な氷の融液成長機構(望月建爾先生・浙江大学)」
要旨:氷の融液成長に関する我々の最近の研究を紹介します.融液成長機構の分子論的な理解は重要である.しかし,二つの高密度相に挟まれた固液界面での成長は観察が難しい.融液成長の速度は材料によって大きく異なり,温度が均一に制御されているとき,氷Ihの0.1 m/s程度から純金属の100 m/s以上まで変化する.融液成長機構を理解するために,我々は異分子間の比較ではなく,結晶多形による違いに注目した.これまで20種類の氷が実験で確認されており、計算ではさらに多くの氷が予測されている.これらの氷の多形には様々な水素結合ネットワークが存在し、成長速度や氷と水の界面には大きな違いがあることが示唆されている.実際,ゆっくり成長する氷Ihに比べ,氷VIIの成長が早いことが動的圧縮実験で実証されている.本研究では,分子動力学計算と教師なし機械学習を用いて固液共存状態中の局所構造を分類した.その結果,氷VIIの表面は一貫してプラスチック氷層(回転する氷)で覆われており,並進と回転の秩序化が分離して起こっていることを見つけた.また,純粋なプラスチック氷の超高速成長速度を明らかにし,結晶構造における配向性の乱れが,速い成長と関連している事を示した.さらに,相図上で液体水との相境界を持つ全ての氷多形(Ih, III, V, VI, VII, XVI)についても調査した.