米国では、アカデミック・インテグリティは一つの制度に集約されるのではなく、大学ごとの歴史や組織文化に応じて実装されている。Stanford UniversityではHonor Codeを通じた価値共有、Vanderbilt Universityでは学生運営のHonor System、Stony Brook Universityでは規程とAcademic Judiciaryによる手続き的運用が特徴的である。
Stanford Universityの事例では、Honor Codeが、学生と教員がともに支える学術共同体の約束として位置づけられている。特に、許可される援助と許可されない援助を授業ごとに明確にすること、評価の目的や基準を示すこと、学生本人の思考やプロセスが見える評価を設計することが重視されている。
Vanderbilt Universityの事例では、1875年以来のHonor Systemと、学生によるself-regulation(自己規律)が強調されている。学生はPledge(誓約)を通じて、honor and integrity(名誉と誠実さ)をもって学業に取り組むことを確認する。一方で、教員にも、共同作業や外部資料利用の範囲を明確に示し、違反が疑われる場合にはHonor Councilに報告する役割がある。
Stony Brook Universityの事例では、Academic Integrity PolicyとAcademic Judiciaryによる手続き的な運用が中心となっている。学生にはacademic honesty(学術的正直さ)を理解し、その原則に従うことが求められている。また、教員はシラバス等でアカデミック・インテグリティに関する方針を示し、不正が疑われる場合には、個別に処理するのではなく、Academic Judiciaryの手続きに従って報告する仕組みになっている。
生成AIへの対応でも、米国型の特徴は、大学全体の理念や規程と、授業ごとの運用の組み合わせにある。StanfordやVanderbiltでは、AI利用の可否や範囲を授業ごとに明確にすることが重視されている。Stony Brookでも、生成AIの利用は授業や課題の方針に依存し、学生には不明な点を教員に確認することが求められている。いずれの事例でも、AI検出ツールに過度に依存するのではなく、課題設計、利用開示、複数の根拠に基づく判断が重視されている。
このように、米国におけるアカデミック・インテグリティは、大学自治を基盤に、Honor Code、Honor System、Academic Integrity Policy、Academic Judiciary、教員の方針明示、授業設計・評価設計を通じて支えられている。
TEQSAの概要と目的
TEQSA(Tertiary Education Quality and Standards Agency)は、オーストラリアの高等教育を対象とする独立した国家レベルの質保証・規制機関である。高等教育機関を登録・監督し、それらが一定の質基準を満たしているかを確認する役割を担う。
TEQSAの目的は、学生の利益を守ることと、オーストラリア高等教育セクターの評判・信頼性を保つことである。すべての機関を同じように管理するのではなく、リスクに応じて関与の程度を変える「proportionate, risk-reflective approach」を採用しており、大学の多様性、革新、卓越性を支えながら、必要な質を確保することを掲げている。つまり、TEQSAは単なる監視機関ではなく、高等教育の質保証を通じて学生とセクター全体を守る規制機関である。
法的基盤と対象機関
参照:Acts and standards / TEQSA Act / Higher Education Standards Framework 2021
TEQSAは、Tertiary Education Quality and Standards Agency Act 2011(TEQSA法)に基づいて設立された機関である。同法は、規制の必要性・リスク・比例性という原則のもと、基準に基づく質保証の枠組みを通じてオーストラリア高等教育を全国的に一貫した形で規制することを目的としている。また、同法の目的には、アカデミック・チーティング・サービス(academic cheating services)の禁止を通じてアカデミック・インテグリティを保護・強化することが含まれている。
TEQSAが用いる中心的な基準は、Higher Education Standards Framework(Threshold Standards)である。これは高等教育機関が登録のために満たし、維持し続けなければならない最低基準を示すもので、2021年7月に施行された2021年版が現在の枠組みである。
登録の対象は大学に限られない。2021年版の枠組みでは、Australian University(オーストラリアの大学)、Overseas University(海外大学のオーストラリア分校)、University College、Institute of Higher Education(大学以外の高等教育プロバイダー)の4カテゴリが設けられており、オーストラリア国内で高等教育を提供する機関全体がTEQSAの登録・監督のもとに置かれている。
アカデミック・インテグリティへのアプローチ
TEQSAの特徴は、アカデミック・インテグリティを、大学ごとの努力に任せるだけではなく、国家レベルの質保証と規制の中に位置づけている点である。米国が大学自治とICAI・Honor Codeを中心とするのに対し、オーストラリアはTEQSAが高等教育機関の登録・監督を担い、必要に応じて是正を求める制度的な支えが強い、という位置づけである。TEQSAは、アカデミック・インテグリティを、学生個人の不正行為の問題としてだけではなく、高等教育全体の信頼性を守る課題として扱っている。
TEQSAのAcademic Integrity Toolkitは、2020年に初版が公開され、研究や実務資料を共有し、大学がアカデミック・インテグリティを促進し、commercial academic cheating(営利的な学業不正サービス)に対応することを支援する目的で作られた。その後Toolkitは改訂され、「評価設計とセキュリティ」および「生成AIがもたらすリスク」の2セクションが新設された。この改訂は、生成AIの急速な普及や、不正サービスの宣伝手法の変化といった新たなリスクへの対応として行われたものである。
TEQSAは「不正防止機関」に見えやすいが、実態としては、次の3つを結びつけている機関として理解したほうがよい。
質保証:高等教育機関が一定の教育・研究・評価の基準を満たしているかを確認する。
規制:法律と基準に基づき、登録、監督、必要な対応を行う。
支援・ガイダンス:Academic Integrity Toolkitなどを通じて、大学が方針、評価設計、生成AI対応、contract cheating対策を進められるよう支援する。
したがって、TEQSAは、オーストラリアにおいてアカデミック・インテグリティを価値理念としてだけでなく、制度・評価・教育環境の問題として実装する中心的機関だと整理できる。
QAAの概要と位置づけ
参照:QAA公式サイト
英国では、アカデミック・インテグリティは、QAA(The Quality Assurance Agency for Higher Education)による高等教育の質保証・質向上の枠組みの中で扱われている。QAAは、英国および国際的に活動する質保証機関であり、高等教育機関と協働しながら、学術基準と教育の質を保証・向上させる役割を担っている。
QAAの特徴は、政府による直接的な一元管理というよりも、大学等の教育提供機関のacademic autonomy(学術的自律性)を尊重しながら、質保証と質向上を支える点にある。ここでいう学術的自律性とは、大学等が自らの教育・研究・評価・質保証のあり方を主体的に設計・運用する余地を持つことを意味する。QAAは、政府や資金配分機関から信頼されるindependent charity(独立した公益団体)として、自らの役割を位置づけている。英国の文脈におけるcharityは、営利企業ではなく、公益目的のために設立・運営される法人を指す。
QAA Membership
参照:QAA Membership / QAA Annual Report and Financial Statements 2022-23
QAA Membershipは、高等教育機関に対して、専門的ガイダンス、リソース、研修、ネットワーキング、共同プロジェクト等を提供する年度更新型の仕組みである。2022-23年度の年次報告書によれば、英国全体で304機関がメンバーとして加盟している。QAA Membershipは、個別機関の質保証を支援するだけでなく、セクター全体で課題を共有し、実践的な知見を蓄積する仕組みとして機能している。
Sector ResourcesとAcademic Integrity
QAAのSector Resources(高等教育セクター向けリソース)には、質と基準、アカデミック・インテグリティ、生成AI、教育・学習・評価、国際展開、学生参画などのテーマが整理されている。ここでいうセクターとは、英国の大学、カレッジ、高等教育提供機関、および質保証や教育改善に関わる関係者全体を指す。Academic Integrityは、これらのうち、学術基準と教育の質を支える重要テーマの一つとして位置づけられている。
UK Quality Code for Higher Education
英国高等教育の質保証を理解するうえで重要なのが、UK Quality Code for Higher Educationである。Quality Codeは、学術基準を確保し、教育の質を保証・向上させるための原則を示す枠組みである。2024年版は、12のSector-Agreed Principles(セクター合意原則)を中心に構成されている。これは、QAAが一方的に定める細かな規則というより、英国高等教育セクターで共有された原則であり、教育提供の質を設計・開発・実施・向上させるための参照枠である。
このような質保証と学術基準の枠組みの中で、QAAはAcademic Integrityを重要なテーマとして扱っている。したがって、英国におけるアカデミック・インテグリティは、単なる不正行為への対応ではなく、教育の質、評価、学生参画、生成AI対応を含む高等教育全体の信頼性に関わる課題として理解できる。