前例のない新機能を持つ材料の開発に取り組んでいます。具体的には, 光を当てると屈曲, 振動といった動きを示す「フォトメカニカル結晶」の研究を行っています。現在はターゲットとして有機低分子結晶に注目していますが、錯体結晶や有機無機ハイブリッド材料、2D材料にも展開していきたいと考えています。また数理シミュレーションや機械学習を取り入れ、フォトメカニカル結晶の高出力化、高性能化にも挑戦したいと考えています。
結晶は原子や分子が3次元的に規則正しく密集した個体であり、身近な例としては氷、塩、ミョウバンが挙げられる。氷や塩のイメージの通り、結晶には「硬い」「脆い」「柔らかくない」イメージがあり、ポリマーやゲルのようにしなやかに変形させることは、ましてや光で動く結晶の実現は不可能であると考えられてきた。しかし1980年代にソ聯から光で動く錯体結晶が初めて報告され [1]、更に2007年には日本から光を当てると屈曲、変形するジアリールエテンの分子結晶が動画付きで報告された [2]。このジアリールエテン結晶の屈曲現象は、照射面附近の分子の光異性化による結晶構造の変化に由来する。以降、小島秀子教授の研究グループは光で動くフォトメカニカル結晶の開発に取り組んでおり、アゾベンゼン [3]、サリチリデンアニリン [4]、フルギド [5]、アントラセン [6]、ジベンゾバレレン [7]といった光で異性化する分子の結晶の屈曲運動を報告している。これらのフォトメカニカル結晶は基礎研究の面だけでなく、アクチュエータやソフトロボットへの応用面からも興味深い材料である [8]。
フォトメカニカル結晶はこの十数年盛んに研究されてきたが、その大部分はごく限られた結晶にしか起きない光異性化に基づいていた。また光異性化による屈曲は遅く(< 5 Hz)、光が紫外光に限定される (可視光や近赤外光、白色光で動く例は少ない)、また厚い結晶は屈曲しないといった欠点があった [9]。そんな中、2020年に本研究グループは物質の光励起により急速に発熱する”光熱効果”を用いて、厚いサリチリデンアニリン結晶を25 Hz の高速で屈曲させることに成功した [10]。しかしながら詳細な屈曲機構は不明であった。
前述の通り、我々の研究グループは2020年に光熱効果によって厚い結晶が高速で屈曲することを発見したが、屈曲機構が未解明であった [10]。そこで本研究ではo-NH2-サリチリデンアニリンに注目し、光熱効果による屈曲機構の解明に挑戦した。
板状単結晶に紫外光を照射すると、光熱効果により光源から遠ざかる方向に0.02秒で0.22°屈曲した。光を止めると0.02秒で元に戻った。500 Hzの紫外パルス光を照射することで500 Hzの高速屈曲も達成した。これは従来の光異性化で屈曲する結晶の100倍高速であった。光熱効果による屈曲機構を解明するため一次元の非定常熱伝導方程式を用いて結晶内部の温度勾配を計算し、この温度勾配から屈曲角をシミュレーションした。結果、実際の屈曲挙動を精度良く再現でき、光熱効果による屈曲が厚さ方向の非定常な温度勾配により生じることを実証した [11]。
同一の分子から構成されるものの結晶構造が異なる多形結晶は、結晶構造の違いに由来して異なる物性を示す。本研究では、p-F-サリチリデンアニリンの2種類の多形結晶 (α, β) に注目し、同一分子からの多様な光屈曲運動の創出を試みた。
紫外光を照射すると、薄いα結晶は光異性化により光源から遠ざかる方向にねじれながら屈曲した。一方で、薄いβ結晶は光異性化を示さないため曲がらなかった。しかしながら厚いβ結晶は光熱効果により光源から遠ざかる方向に高速で屈曲し、パルス光照射により500 Hzの高速屈曲を達成した。さらに、厚いα結晶は光異性化と光熱効果による2段階屈曲を示した。2種類の多形結晶と2種類の屈曲機構を組み合わせることで、同一分子から4種類の異なる動きを作り出すことに成功した [12]。
フォトメカニカル結晶の実用化に向けては結晶の動きの自在なスイッチングが望ましいが、従来の結晶は1通りの動きしか示さなかった。本研究ではp-Cl-サリチリデンアニリンに注目し、光異性化と光熱効果を利用し、結晶の厚さと照射光の波長を変えることで屈曲方向、速度のスイッチングを試みた。
板状単結晶の広い面に375 nnの紫外光を照射すると、薄い (< 33 μm) 結晶は光異性化により光源へ向かう方向へ屈曲した。一方、厚い (> 100 μm) 結晶は光熱効果により遠ざかる方向へ高速で屈曲した。やや厚い (33–100 μm) 結晶は光異性化と光熱効果による2段階屈曲を示した。続いて、紫外光と520 nmの可視光を同時に、または450 nmの可視光のみを照射すると、薄い結晶は動きを示さなくなり、やや厚い結晶は光源から遠ざかる方向に高速で屈曲した。この動きの変化は、可視光により光異性化による屈曲が抑制されたためと考えられた。同一の結晶から、結晶の厚さと照射光の波長を変化させることで結晶の屈曲方向、屈曲速度のスイッチングに成功した [13]。
m-NO2-サリチリデンアニリンの薄い結晶は光異性化で光源から遠ざかる方向に屈曲するが [4]、厚い結晶の光熱効果による動きが不明だったので調べたところ、光異性化と光熱効果の単純な組み合わせでは説明できない多段階屈曲を示した。格子定数の温度依存性を調べると a軸方向の熱膨張が30℃で負から正に変化しており、この特異な熱膨張変化が多段階屈曲に寄与していた。
温度ごとの分子間相互作用やコンフォメーションを詳細に調べたところ、(i) 分子の傾き角 φ (ii) 分子面と分子面の距離 d、2つの要素が寄与していた。加熱に伴いφの減少と d の増大が起きており、30℃以下の低温ではφ の減少がdの増大を上回り負の熱膨張(NTE)を示した一方で 、30℃以上の高温ではdの増大がφ の減少を上回り正の熱膨張(PTE)に転じていた。熱相転移によらずNTEからPTEの変化を示す有機結晶の報告は本研究が初である [14]。
m-COOH-サリチリデンアニリンの3種類の多形結晶 (α、β、γ) は構造の違いにより異なる光異性化特性を示す [15] ため、光照射時の動きも異なると考えられたので、実際に検討した。
溶液からの再結晶・昇華法により板状α、β、γ結晶を作製した。紫外光を当てると、α結晶は光から遠ざかる方向に高速で、β結晶は遠ざかる方向にゆっくりと、γ結晶は近づく方向に高速で屈曲した。またα、β結晶は高い屈曲耐久性を示したが、滑り面を持つγ結晶は屈曲を繰り返すにつれ徐々に変形し、動きも小さくなった。同一分子から構成される結晶でも、分子の並び方を変えるだけで屈曲の方向・速度・耐久性を調整することができた [16]。
サリチリデンアニリン(SA)は、結晶状態で光異性化(フォトクロミズム)を示すもの、示さないものが混在している。経験則的に立体的な分子構造のSAはフォトクロミズムを示す傾向があることが知られていたが [17]、近年多くの反例が見つかっている。そこで過去60年のSA結晶のデータセットを作成し、データマイニング手法[註]を適用することで分子/結晶構造とフォトクロミズムの関係解明に挑んだ。
結晶構造については、先行研究 [17] と同様に二面角がフォトクロミズムに最も重要な指標であった。加えて、Hirshfeld surface体積も重要な指標であることを初めて発見した。分子構造については、電気的に中性で嵩高いtert-butyl基やiso-propyl基を持つとよりフォトクロミズムを示し、一方で分子間相互作用を作りやすいピリジン環やフッ素を持つと示さない傾向にあることがわかった。更に、機械学習モデルを用いて分子/結晶構造からフォトクロミズムを85%以上の精度で予測することにも成功した [18]。
[註] データマイニング:大量のデータを統計学、機械学習等のデータ解析手法を用いて解析し、知見を得る手法
従来の光異性化 (< 5 Hz) に比べ、光熱効果は500 Hzもの高速屈曲が可能であるが[11,12]、屈曲角が1°未満と動きが小さい問題があった [11–14]。そこで平均的な有機結晶の3倍以上の大きな熱膨張を示す2,4-ジニトロアニソール結晶 [19]に注目し、光熱効果による大きな動きの創出に挑戦した。
板状結晶に紫外光を照射すると、光熱効果で1.2°屈曲した。動きを詳細に観察すると光熱屈曲に伴い固有振動で小さく高速で(390 Hz)振動していることがわかった。そこでこの固有振動数と同じ390 Hzのパルス紫外光を照射すると、共振により固有振動が増幅され、高速(390 Hz)かつ大きな(3.4°)屈曲を創出できた。固有振動数は結晶の形状に依存しており、結晶のサイズを変えると200–700 Hzの様々な周波数の固有振動が観察された。屈曲速度とエネルギー変換効率(光→運動)を計算すると、先行研究の光異性化や光熱効果による屈曲に対してより速く、かつ高いエネルギー変換効率を示すことがわかった。光熱効果で微小な固有振動を誘起、共振させれば、様々な結晶を広範な波長の光で高速かつ大きく動かせる可能性がある [20]。
先述の通り、2,4-ジニトロアニソール結晶に紫外パルス光を照射すると、光熱共振固有振動で高速かつ大きく振動した [20]。しかし紫外光は人体に有害であるため、本研究では、紫外に加え、可視・近赤外領域に吸収をもつアントラキノン染料のソルベントグリーン 3 (SG3) 結晶に注目し、可視光や近赤外光で動く結晶の開発に取り組んだ。
一端を固定した針状SG3結晶の上面に紫外光 (375 nm) を照射すると、光熱屈曲に付随して、70 Hz の固有振動が見られた。70 Hz の紫外パルス光を照射すると共振により屈曲角が 11°まで増幅された。この屈曲は紫外光のみならず可視光、 近赤外光、白色光でも誘起できた。
さらに70 Hzの1次の固有振動に加え、2 次 (530 Hz) と 3 次 (1350 Hz) の高次の固有振動が起きることを発見し、この高次の固有振動を共振させることで、結晶を高速で蛇行させることに成功した。 また、ギターを弾くようにピンを用いた周波数のチューニングや、自身の88倍の重りを載せたまま振動させることもできた。10 000サイクル振動させても結晶の劣化や振動角の減少は見られず、優れた耐久性を示した [21]。
光熱効果と固有振動は光を吸収する全ての結晶に起きる物理現象である。光熱共振固有振動により, 光を吸収するあらゆる種類, サイズの有機結晶を様々な波長の光で動かせるようになった。屈曲性能の大幅な向上も達成し、従来の光化学反応に比べ数桁の高速化を達成した。また他の材料からなるアクチュエータと振動性能を比較すると、有機結晶はポリマーよりも高速、金属よりも大きく動く、両者のギャップを埋める性能を示す材料であることがわかった。結論として、フォトメカニカル有機結晶の汎用性の拡大、性能の向上を実現したほか、これまで材料の候補として見落とされてきた有機結晶を、ポリマーと金属のギャップを埋める新材料として提示できた [22]。
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