我々の研究グループでは、代表的な精神疾患の一つである統合失調症の分子・細胞病態の解明に取り組んでいます。統合失調症の脳細胞病態・分子病態を明らかにすることは、新しい治療ターゲットや診断バイオマーカーの創出に必要です。統合失調症の分子病態の解明には大きく分けて二通りのアプローチがあり、①統合失調症の病態を反映すると考えられるより信頼性の高い動物を用いて研究する方法と、②統合失調症の患者さんの血液や髄液等を用いて研究する方法に大別されます。これは統合失調症に限ったことではなく、多くの疾患研究に共通しますし、①と②はお互いに関わりあいながら研究がさらに進んでいきます。我々はこの両方のアプローチをもとに研究を行っています。
統合失調症の高リスク遺伝子として2022年Nature誌に10の遺伝子が報告されました。これらの遺伝子は統合失調症のOdds比が10~40と極めて高く、これらをもとにした研究は今後の統合失調症研究に重要だと考えられます。これらの遺伝子の一つであるXPO7に関して、2025年に我々はXpo7ヘテロノックアウトマウスを用いた脳病態・行動病態を発表しました(Toyoda et al. EMBO rep. 2025)(プレスリリース)。そこではXpo7に関連して、高リスク遺伝子同士が関連しあいながら病態が形成されることを報告しました。本研究はEMBO reportsの表紙をかざりました。これらの高リスク遺伝子改変マウスを用いた研究をさらに行っています。
統合失調症患者さんの血液や髄液から、病態に関連する因子を発見することができれば、治療や診断の開発に大きく近づけます。遺伝子研究や疫学研究から統合失調症の病態背景に自己免疫が関わっている可能性が指摘されてきました。その背景には自己抗体の存在が推定されますが、具体的な自己抗体病態は十分解明されていませんでした。我々は、統合失調症の患者さんの血液や髄液中に脳炎でも報告のなかった新しいシナプス自己抗体(抗NCAM1自己抗体、抗NRXN1自己抗体)を発見してきました(Shiwaku et al. Cell Rep Med. 2022, Brain Behav Immun. 2023)。さらに、これらの自己抗体が神経細胞病態や行動病態を形成することを示しました。また、脳炎でも報告あるGABA受容体に対する自己抗体も統合失調症で報告しています(Shiwaku et al. Schizophrenia Res. 2020)。神経系に対する自己抗体はこのほかにも多彩で、さらなる病態解明と診断や治療に向けた研究を行っています。
上述のアプローチに先端的な方法論を組み合わせれば、中核的な研究になりますし、独自の技術を開発して解析すればオリジナリティが上がります。まだ詳細は書けませんが、我々は最近グリア細胞に関連する新しい解析系を開発しています。これらの技術は、統合失調症に限らず、正常発達や様々な精神神経疾患に適応可能で、これらをもとに、精神疾患の分子細胞病態解明に取り組んでいます。