本研究室では、き裂面によって発生する変位場の不連続性を扱うための有限要素法を開発しています。具体的には、『構造全体を表現するグローバルメッシュとき裂を含む周辺部を表すローカルメッシュとして独立にモデル化可能な重合メッシュ法』、および『有限要素内部に不連続性を許容するX-FEMや有限被覆法などの一般化有限要素法』などを自動メッシュ生成技術と組み合わせることで、き裂進展解析を自動的にシミュレート可能なシステムを開発しています。これにより、従来の有限要素法や、単なる自動メッシュ生成技術だけでは困難なき裂進展の問題を比較的容易に扱うことができす。特に、複合材料や多結晶体などの異種材料の内部におけるき裂や、三次元的に複雑に進展するき裂などの解析が困難な問題に対してもシミュレート可能となっています。
脆性破壊は僅かな変形が発生した後にき裂が急激に進展し、構造物が崩壊に至るため、その材料強度を正確に予測する必要があります。しかしながら、金属材料の微視構造の不均一性および異方性挙動に起因して、脆性破壊における巨視的な材料強度はバラつきが発生することが知られています。具体的には、金属材料は複数の結晶粒(特に、合金の場合には異なる種類の結晶粒)で構成されており、複合材料と同様に不均一性が存在します。加えて、各結晶粒における変形は結晶格子の歪みと結晶すべりによる異方性弾塑性挙動となり、原子間結合が最も弱くなるへき開面における原子間の分離によって脆性破壊が発生します。
そこで、本研究では微視構造の不均一性および異方性を考慮した金属材料のミクロスケールにおける数値シミュレーションに基づいて、マクロスケールにおける巨視的な材料強度のバラつき評価するためのマルチスケール解析を開発しています。併せて、マルチスケール解析ではミクロスケールの数値シミュレーションの精度がその巨視的な強度の評価に直結するので、その微視的な現象を正確に捉えることが重要となります。そのため、前述のような結晶粒の異方性弾塑性変形および劈開破壊の物理現象を忠実に再現可能な材料モデルを提案しています。
近年、水素エネルギーが注目されていますが、水素原子は材料の強度を徐々に低下さる「水素脆化」と呼ばれる現象を引き起こします。身近な例を挙げると、腐食現象も化学反応によって金属がボロボロに脆化しますが、その中の一部も水素脆化に分類されます。また、水素は原子の大きさが最も小さいので、材料内部への侵入を防ぐことが困難なことが知られています。そのため、材料内部に拡散する水素による強度の低下を時間経過とともに評価することで、耐久年数を正確に予測することが工学的には重要となります。そこで、本研究では「金属の結晶粒内と粒界を拡散する水素の拡散」および、「水素脆化によるき裂の進展」という2つの異なる物理現象を扱うマルチフィジックス解析を開発しています。これにより、水素環境下における時間経過に伴う強度低下を予測可能としています。
実験結果との比較から、開発した数値シミュレーションの妥当性を検証しています。ノッチ形状の異なる三種類の丸棒試験片に対して単調載荷を加えた場合の延性破壊について、実験と数値シミュレーションの比較を行っています。この場合、数値シミュレーションの結果は実験と同様にすべての試験片で中心から破壊が発生していることが確認できます。これはノッチ形状が最も鋭いR1.4の試験片の初期状態ではノッチ先端に応力は集中していますが、徐々に試験片全体が伸び、R35の形状に近づきます。すなわち、有限変形理論により形状の変化を適切に考慮した数値シミュレーションによって、延性破壊を予測可能となっています。
また、同様の丸棒試験に対して繰り返し荷重を加えた場合、同じ変形であっても複数回加えると、塑性変形が生じた後に疲労破壊が発生します。詳細は割愛しますが、本研究では塑性論に基づく材料モデルを用いることで、破壊に至るまでの疲労寿命や、繰り返し負荷後の引張強さや破断伸びの低下を予測可能となっています。これらの研究成果は下記の地震動を受ける橋梁の数値シミュレーションに応用されています。
上記までのような研究を実構造物に応用した事例として、原子炉圧力容器下部の溶接部および、地震動を受けた鋼製橋梁について紹介します。
前者の例では、原子炉は核分裂によって発電を行うため、緊急時以外に急停止することは困難となります。そのため、溶接部などでき裂が発見された場合には、緊急的に止める必要があるか、定期的なメンテナンス時に補修するかを判断する必要があります。そこで、本研究では重合メッシュ法を用いることで、溶接部における残留応力場におけるき裂の進展挙動を予測しています。
また、後者の例では、地震時において繰り返し載荷を橋梁が受けと、当然ですが、材料の強度は低下します。特に、熊本地震のように大きい地震が複数回生じた場合には、設計時の強度よりも、1度目の地震動を経験した橋梁の強度は低下している可能性があります。そのため、本研究ではこれまでに提案した材料モデルを用いて、繰り返し載荷を経験した鋼製橋梁における引張強さや破断伸びなどの残留耐荷力評価を実施しています。