深海の生態系とは

深海底には、どんな生物が棲んでいるのでしょうか?

奇妙な形をした魚や甲殻類が、ひっそりと暮らしている姿を想像する人も多いかもしれません。しかし、深海底にはサンゴ礁と同じくらいたくさんの生物が暮らしている場所があります。それは深海熱水噴出孔とよばれる海底の温泉の周りで、有用な海底資源の一つとして開発の対象になっている熱水鉱床ができる場所です。

地球上の生物の食べ物の多くは、植物が太陽の光を使って行う光合成によって生産されています。私たちが日々食べるものは光合成によって生産されたものばかりです。19世紀までは、全ての海の生物も光合成によって養われていると考えられていたため、深海底に生物は棲んでいないという考えがほとんどでした。

この深海観が大きく変わったのは、1970年台の後半になってからです。有人潜水調査船によって、水深2000メートルを超える海底に存在する深海熱水噴出孔のまわりにたくさんの奇妙な生物が存在するのが発見されたのです。当初、海の表層で光合成によって生産されたものが海流によってこの海域にたくさん運ばれてくるために、たくさんの生物が養われているとも考えられました。しかし深海熱水噴出孔のまわりにたくさん棲みついていたガラパゴスハオリムシは体長が2メートルにも達する大きな生き物であるにも関わらず、口も消化管持っていなかったのです。生理学・解剖学などさまざまな研究が行われ、ガラパゴスハオリムシは体の中に細菌を共生させ、この細菌が熱水に含まれる化学物質を使ってガラパゴスハオリムシの栄養を作っていることが分かりました。この方法は化学合成とよばれ、ガラパゴスハオリムシの体内でなくても、熱水噴出孔から噴き出す化学物質が海水に触れた時に起こる化学反応のエネルギーを使ってさまざまな微生物が有機物を生産しています。

熱水鉱床が存在する深海熱水噴出域には、この化学合成を利用するさまざまな生物が棲みついていますが、ほとんどのものがこの環境でしか見つかっていません。このように特定の環境にしか住めない種を固有種と呼びます。陸上の生物でも、例えば小笠原諸島や琉球諸島の島々にはたくさんの固有種が知られており、天然記念物絶滅危惧種に指定されているものもいます。深海熱水噴出域も、海底資源開発が推進されていることから、固有種のいくつかが絶滅危惧種に指定されています。

深海熱水噴出域の生態系については、いろいろなことが明らかになってきていますが、世界の海底に存在する深海熱水噴出域の総面積は東京ドーム1000個程度と見積もられています。海底全体の0.00001%に満たないとも言われています。深海に行くほど、小さな生物の割合が増えてくることも知られています。深海の生態系には、まだまだ新しい発見があります。

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