「意訳」
花が開くとこれを慕って蝶が枝に集まるが、花が散ってしまうと蝶がくることもまれである。
ただ去年の燕が古巣を忘れず、主人(自分)が貧乏であるにもかかわらず、今年もまた帰ってきてくれたことは、実にうれしいことだ。
(漢詞の読み方)
事に感ず<于濆>
花開けば 蝶枝に滿つ
花謝すれば 蝶還稀なり
惟 舊巣の 燕有りて
主人 貧しきも 亦歸る
「意訳」
静かな秋の夜、ふと寝台の前の床にそそぐ月の光を見ると、その白い輝きは、まるで地上におりた霜ではないのかと思ったほどであった。
そして、頭(こうべ)を挙げて山の端にある月を見て、その光であったと知り、眺めているうちに遥か彼方の故郷のことを思い、知らず知らず頭をうなだれ、しみじみと感慨にふけるのである。
(漢詞の読み方)
静夜思<李白>
牀前 月光を看る
疑うらくは是 地上の霜かと
頭を挙げて 山月を望み
頭を低れて 故鄕を思う
また、「九段の櫻」本宮三香作を教えていただきました。
「意訳」
誠を貫いて国の為に一命を捧げたその精神は天地間に満ち溢れている。靖国神社はそうした忠勇の誉高い人達をまつってある。
社(やしろ)には今年も桜の花が咲き乱れ、風に揺れてあたかものどかな春の海を見ているようである。そうした花霞の奥に祀(祭)られた英霊は今安らかに眠っているのである。
(漢詞の読み方)
九段の櫻<本宮三香>
至誠烈烈 乾坤を貫く
忠勇の譽れは高し 靖國の門
花は九壇に満ちて 春海の若し
香雲深き處 英魂を祭る
「意訳」
(母里太兵衛=もりたへえ=は)酒はもともと好きな方であり、大杯に盛られた酒を一息に飲み干して並みいる人々を驚かせたのは、唯この槍がほしいためだけであった。
彼は広島城の中で今様の一節を歌い且つ舞い、豪快な飲みっぷりの褒美に約束どおりその槍を拝領して帰ったのである。
(漢詞の読み方)
名槍日本号 <松口月城> めいそうにっぽんごう<まつぐちげつじょう>
美酒元来 吾が好む所 びしゅがんらい わがこのむところ
斗杯傾け尽くして 人驚倒 とはいかたむけつくして ひときょうとう
古謡一曲 芸城の中 こよういっきょく げいじょうのうち
呑み取る名槍 日本号 のみとるめいそう にっぽんごう
また、「長壽之詩」宮崎東明作を教えていただきました。
「意訳」
還暦を迎える頃には頭には白髪がちらほら交(まじ)ってきたが、いつの間にか70歳まで生きられて、 本当に嬉しい限りである。
喜寿米寿に達するのは天の恵みであって、さらに百歳を迎えることができるならばほんとうに喜ばしいことである。
(漢詞の読み方)
長壽之詩 <宮崎東明> ちょうじゅのし <みやざきとうめい>
白髪漸く交ゆ 還暦の壽 はくはつようやくまじゆ かんれきのじゅ
古稀獲得して 更に欣然 こきかくとくして さらにきんぜん
齢喜米に昇るは 天惠に依る よわいきべいにのぼるは てんけいによる
遂に是歡び迎う 百歳の年 ついにこれよろこびむこう ひゃくさいのとし
「意訳」
太田道灌がある日、独りで武蔵野の狩に出て俄雨に逢い、とある一軒のかやぶきの家を訪ねて蓑を 借りることを頼んだ。すると、一人の少女が出てきて、蓑ではなく、山吹の花一枝を差し出した。これは、「七重八重花は咲けども 山吹の みの一つだになきぞ かなしき」という古歌にことよせて、「蓑が一つもない」と断ったのである。しかし、道灌は この古歌を知らず、また、少女も何も言わないので、英雄の道灌もこの謎を解くことができず、心中何が何やらわからなかった。 城に帰って臣下よりこの歌を教えられて、奥ゆかしい少女の気持ちを知るとともに、自分の無学を恥じた。そして、その後、 大いに和歌を学び、後には立派な歌人となった。
(漢詞の読み方)
太田道灌 <愛敬 四山> おおたどうかん <あいけい しざん>
孤鞍雨を衝いて茅茨を叩く こあん あめをついて ぼうしをたたく
少女爲に遺る花一枝 しょうじょ ためにおくる はないっし
少女は言わず花語らず しょうじょはいわず はなかたらず
英雄の心緒亂れて絲の如し えいゆうのしんしょ みだれて いとのごとし
また、「富 嶽」乃木希典作を教えていただきました。
「意訳」
富士山は高く美しく千年もかわらぬ姿で聳え、光り輝やく朝日はこの峰より昇り、隈(くま)なく 大八洲の国を照らすのである。
あれこれ風景の美しいことばかりをいうのはやめよう、土地がらも、人物もすぐれているのが日本の神州たる所以(ゆえん) である。
(漢詞の読み方)
富 嶽 <乃木希典> ふがく <のぎまれすけ>
崚たる富嶽 千秋に聳え りょうそうたるふがく せんしゅうにそびえ
赫灼たる朝暉 八洲を照らす かくしゃくたるちょうき はっしゅうをてらす
説くを休めよ區區たる 風物の美 とくをやめよくくたる ふうぶつのび
地靈人傑 是神州 ちれいじんけつ これしんしゅう
「意訳」
私を非難する者も、また、あざけり笑う者も、ともに諸君の意に任せよう。 天はもとより私のことを知ってくれているから、他人から認められようなどとは思っていない。
(漢詞の読み方)
漫 述 <佐久間 象山> まんじゅつ <さくま しょうざん>
謗る者は汝の謗るに任す そしるものは なんじの そしるに まかす
嗤う者は汝の嗤うに任せん わろうものは なんじの わろうにまかせん
天公本我を知る てんこう もと われをしる
他人の知るを覓めず たにんの しるを もとめず
「意訳」
今夜は中秋の名月。庭さきの地面は月の光に白く輝き、樹は静まって鴉もねぐらについている。 やがて夜がしだいに更けて来て、露は静かに声もなく、木犀の香しい花をしっとりと湿している。
さて、今夜はこの ように月が明るく照らしているのだから、天下の誰もがこの明月を仰ぎ眺めていることであろうが、その中でも最も秋の 物思いにふけっているのは、どこの家の人であろうか。自分ほどこの秋の物思いにひたっている人はいないであろう。
(漢詞の読み方)
中秋月を望む <王 建> ちゅうしゅうつきをのぞむ <おう けん>
中庭地白くして樹鴉を栖ましむ ちゅうてい ちしろくして じゅ からすをすましむ
零露聲無く桂花を濕す れいろ こえなく けいかをうるおす
今夜月明人盡く望む こんや げつめい ひとことごとくのぞむ
知らず秋思の誰が家に在るかを しらず しゅうしの たがいえにあるかを
「意訳」誰の家で吹く玉笛であろうか、どこからともなく笛の音が聞こえてくる。それは折からの春風にのって、洛陽の街いっぱいに満ち渡るようである。こんな夜、曲の中に折楊柳の曲があったが、この曲を聞けば、だれが故郷を恋い慕う思いを起こさずにはいられようか。
(漢詞 読み方)
春夜笛を聞く <李 白> しゆんやふえをきく <りはく>
誰が家の玉笛か暗に聲を飛ばす たがいえの ぎょくてきか あんにこえを とばす
散じて春風に入りて洛城に滿つ さんじて しゅんぷうにいりて らくじょうにみつ
此の夜曲中折柳を聞く このよ きょくちゅう せつりゆうをきく
何人か起こさざらん故園の情を なんびとか おこさざらん こえんのじょうを
「九月十日」 菅原道真作も教えて頂きました。
「意訳」
去年の今夜、私は重陽(ちょうよう)の菊の節句の宴(うたげ)に招かれ、清涼殿で醍醐天皇のそば近くにお仕えしていた。その夜、帝(みかど)から戴いたお題「秋思」に対する私の一編は、昔と今のあまりにも大きな変化に堪えられず、悲しい思いをこめて詠んだものであった。
それにもかかわらずお褒めを戴き、その時に賜わった御衣が手もとに今こうして置かれている。私は、それを毎日おし戴いては、残り香を懐かしんでいる。
(漢詞の読み方)
九月十日 <菅原道真> くがつとおか <すがわらの みちざね>
去年の今夜 清涼に侍す きょねんのこんや せいりょうにじす
秋思の詩篇 独り断腸 しゅうしのしへん ひとりだんちょう
恩賜の御衣 今此に在り おんしのぎょい いまここにあり
捧持して毎日 余香を拝す ほうじしてまいにち よこうをはいす