「意訳」
めでたい松竹梅が飾られ、君の家は今日まさに、神仙のすむという蓬莱の如くである。
鶴は千年、亀は万年といわれる長寿の象徴で、鶴や亀の舞い遊ぶようなめでたい席で人人も無限の歓びにひたって玉杯を 傾けるのである。
(漢詞の読み方)
松竹梅 <松口月城> しょうちくばい <まつぐちげつじょう>
壽福愈開く 松竹梅 じゅふくいよいよひらく しょうちくばい
君が家今日 是蓬莱 きみがいえこんにち これほうらい
龜は遊び鶴は舞い 人還醉う かめはあそびつるはまい ひとまたよう
無限の歡懷 玉杯に在り むげんのかんかい ぎょくはいにあり
「意訳」
北辺、涼州の地に駐屯した出征兵士にとっては、名物の葡萄の美酒を、夜光の杯で飲むのがもっともおもむきがある。 今、それを飲もうとすれば、馬上に酒杯をうながすように琵琶のしらべがかきならされる。たとえ興に乗って今戦にでようとするこの砂漠 に酔い伏すことがあっても、世間の人々よ笑わないで欲しい。明日の命も知れぬ自分達だ、せめてこれ位の振舞いでもしなければとても耐え 切れぬ。昔から遠く西域への戦にかりだされた人達の中で幾人か無事故郷に帰ることができたであろうか。
(漢詞の読み方)
涼州の詩 <王 翰> りょうしゅうのし <おう かん>
葡萄の美酒夜光の杯 ぶどうのびしゅ やこうのさかずき
飲まんと欲して琵琶馬上に催す のまんとほっして びわ ばじょうに もよおす
酔うて沙場に臥す君笑う莫れ ようて しゃじょうにふす きみ わろうなかれ
古来征戦幾人か回る こらいせいせん いくにんか かえる
「意訳」
遠く晩秋のものさびしい山を登ってゆくと、石の多い小道が斜めにずっと 続いている。はるか白雲の湧きたつあたりに人家が見える。
車を停めて、なんとなく、夕日に照り映えた美しい楓の林にうっとりと見とれてしまう。 霜にうたれて紅葉した楓の葉は、あの二月に咲く桃の花よりも、なお一層鮮やかな真紅の輝きを みせていることだ。
(漢詞の読み方)
山 行 <杜 牧> さんこう <と ぼく>
遠く寒山に上れば石徑斜めなり とおくかんざんにのぼれば せっけいななめなり
白雲生ずる處人家有り はくうんしょうずるところ じんかあり
車を停めて坐に愛す楓林の晩 くるまをとどめて そぞろにあいす ふうりんのばん
霜葉は二月の花よりも紅なり そうようは にがつのはなよりも くれないなり
「意訳」
江南地方には春が千里四方に満ちていて、いたる所で鶯(うぐいす)が鳴き、緑の若葉は赤い花に映りあってまことに美しい。水辺の村にも山あいの村にも、酒屋の旗が春風(はるかぜ)にひらめいているのが見える。
思えばあの南朝のころには仏教が盛んで、この地にも480もの寺院が建てられていたというが、今もなお多くの楼台がその名残(なごり)をとどめ、煙るような霧雨の中に聳(そび)え立っているのがあちらこちらに見える。
(漢詞の読み方)
江南春望 <杜 牧> こうなんしゅんぼう <とぼく>
千里鶯啼いて 緑紅に映ず せんりうぐいすないて みどりくれないに えいず
水村山郭 酒旗の風 すいそんさんかく しゅきのかぜ
南朝 四百八十寺 なんちょう しひゃくはちじゅうじ
多少の楼台 煙雨の中 たしょうのろうだい えんうのうち
「意訳」
淀川を下り、八幡・山崎を通過すれば春も終わろうとしている。どこかでほととぎすが血を吐くような声で鳴いており、花は川面に散って静かに流れている。
その一声は月の中にあるかと思われ、一声は水の中にもとどかんばかり思われる。夜半の舟中、旅の身の無限の思いをもって、その声に聞き入った。
(漢詞の読み方)
舟中子規を聞く <城野 静軒> しゅうちゅう しきをきく <きの せいけん>
八幡山崎 春暮れんと欲し やはたやまざき はるくれんとほっし
杜鵑血に啼いて 落花流る とけんちにないて らっかながる
一聲は月に有り 一聲は水 いっせいはつきにあり いっせいはみず
聲裏の離人 半夜の舟 せいりのりじん はんやのふね
「意訳」
波平かな大海原に旭日燦々(きょくじつさんさん)として昇り、遙かかなたから宝の字を描いた錦の帆をあげて宝船が やってくる。
同乗するのは、七福の神であり、皆安らかな笑を浮べている。金銀財宝を山の如く積みこんでいる宝船である。
(漢詞の読み方)
寶 船 <藤野君山> たからぶね <ふじのくんざん>
壽海波平らかにして 紅旭鮮やかなり じゅかいなみたいらかにして こうきょくあざやかなり
遙かに看る寶字 錦帆の懸るを はるかにみるほうじ きんぱんのかかるを
同乘の七福 皆笑を含む どうじょうのしちふく みなえみをふくむ
知る是金銀 珠玉の船 しるこれきんぎん しゅぎょくのふね