研究紹介
近年,情報技術の急速な発展により,移動履歴や購買記録,SNS上の言説など,多様な社会現象を高い解像度で観測できるようになりました.こうしたビッグデータは,都市や社会の構造を,実証的かつ理論的に捉え直すための新たな観測基盤として機能し得ます.
私は,そのようなデータに潜む普遍的な法則や相互作用を,数理・物理的な視点から明らかにし,社会現象を説明・予測するための理論的枠組みの構築を目指しています.これまでに,特にGPS由来の人流データに着目し,都市圏スケールにおける時間変化をともなう人の移動パターンを解析・モデル化してきました.最近では,カメラ映像から得られる歩行者流や購買履歴など,異なる性質を持つデータにも関心を広げています.
日常のなかで膨大なデータが蓄積される現在,「自分の関心ある対象を,研究として扱える」ことに,本分野ならではの魅力を感じています.たとえば,私の個人的な趣味である香水やファッションに関する感性的なデータにも,嗜好や文化の変遷を支える普遍的な構造が潜んでいるはずです.そうした関心を出発点に,その規則性を数理的に抽出し,学術的知見にとどまらず,実社会やビジネスの文脈でも価値を生み出すことが,今後の目標です.
これまでの主な研究
都市の人流に隠れた普遍構造
https://www.nature.com/articles/s41598-020-77163-2
https://link.springer.com/article/10.1007/s41109-021-00416-0
毎朝の通勤では,多くの人が別々の場所から出発しているにもかかわらず,都市全体で見ると,大きな川の流れのようなまとまりが現れます.本研究では,スマートフォンGPSデータを用いて,朝の通勤時に人の流れが都市の中でどのように形づくられるのかを解析しました.その結果,日本の大都市に共通する人流の法則を明らかにし,さらにCOVID-19流行下で移動人数が大きく減った時期にも,朝の人流の基本構造が保たれていることを示しました.一人ひとりの移動は自由で偶発的に見えても,都市全体で眺めると,交通網や都市構造に支えられた安定した「都市の骨格」が浮かび上がります.
人を動かす都市のポテンシャル
https://www.nature.com/articles/s41598-022-13789-8
都市には,人が自然に集まる場所,通り抜けやすい場所,流れが滞りやすい場所があります.本研究では,人の流れを電気回路の電流のように捉え,都市の中で人を動かす見えない力をポテンシャルとして表現しました.この枠組みにより,鉄道や道路が人流をどのように支えているのか,朝は都心へ,夕方は郊外へ向かう流れがどのように生まれるのかを,ひとつの物理モデルとして扱えるようになります.都市を単なる地図として見るのではなく,人の流れを生み出す「場」として捉え直す試みです.
人の動きから感染リスクを読む
https://www.nature.com/articles/s41598-022-22420-9
感染症の広がりは,「人出が多いか少ないか」だけでは説明できません.同じ人数がいても,自宅にいるのか,職場にいるのか,移動中なのか,それ以外の場所に滞在しているのかによって,人との接触の仕方も感染の起こりやすさも変わります.本研究では,スマートフォンGPSデータから人々の日常行動を分類し,場所と行動ごとの接触量をもとに,COVID-19の実効再生産数を予測するモデルを提案しました.人流を単なる混雑の指標として見るのではなく,「どこで,どのような行動が感染拡大に関わるのか」を見分けるためのモデルです.
人の行動が周囲へ伝わる仕組み
https://dl.acm.org/doi/full/10.1145/3772363.3799053
人は,自分だけで環境を見て行動しているわけではありません.誰かが立ち止まる,振り向く,サイネージを見る,といった小さな行動は,周囲の人の注意にも伝わります.本研究では,群衆の視線や行動の連鎖が,サイネージへの注意と記憶にどのような影響を与えるのかを調べました.重要なのは,人の行動によって「見てもらう」ことはできても,それが必ずしも「覚えてもらう」ことにはつながらない,という点です.人の自然な同調を手がかりに,公共空間で情報をどのように届けるべきかを考える研究です.