1つの分子の蛍光スペクトルを観測すると、色素分子を取り囲んでいる周囲の環境が揺らぐことにより、蛍光強度やピーク波長が時間とともに揺らぐ現象が見られます。見出しの図の黄色い粒々ひとつひとつが、単一の蛍光分子なのです。以前から、光化学系Iの単一分子分光により、液体He温度でも蛍光の揺らぎが観測されていました。我々は、この蛍光の揺らぎを初めて液体窒素温度で観測することに成功しました。蛍光が揺らぐのは、タンパク質の構造揺らぎにより光化学系I内部のアンテナ色素*間のエネルギー移動経路が変化することによると考えられています。
光化学系には、電子移動を担う反応中心クロロフィル(Chl)と、光エネルギーを集めるためのアンテナChlが結合しています。一つの光化学系Iには約100個のChlが結合しており、そのうち反応中心の役割を果たすのは中心にある数個のみで、残りのChlはすべてアンテナ色素です。
XJ. Zhang, R. Taniguchi, R. Nagao, T. Tomo, T. Noguchi, S. Ye, Y. Shibata, Access to the Antenna System of Photosystem I via Single-Molecule Excitation-Emission Spectroscopy, J. Phys. Chem. B, 128, 2664-2674 (2024). DOI/10.1021/acs.jpcb.3c07789
柴田 穣, 単一分子蛍光分光で見える光合成アンテナ系の揺らぐエネルギー移動経路, 生物物理, 61号, 23-26 (2021). DOI https://doi.org/10.2142/biophys.61.023
S. Jana, T. Du, R. Nagao, T. Noguchi, Y. Shibata, Redox-State Dependent Blinking of Single Photosystem I Trimers at around Liquid-Nitrogen Temperature, Biochim. Biophys. Acta bioenergetics, 1860, 30-40 (2019) DOI: 10.1016/j.bbabio.2018.11.002.
励起スペクトル顕微鏡を低温で利用できるように改造し、単一光化学系Iの励起-蛍光スペクトル同時観測を世界で初めて成功させました。左の図の上のイメージの粒々ひとつひとつが、単一の光合成タンパク質(光化学系I)です。これにより、単一の光化学系Iにおいて、励起波長と蛍光波長の二つの軸に依存する蛍光強度の二次元マップを得ることができるようになりました。二次元マップが斜めに傾いている場合が見られましたが、これは一つの光化学系Iの内部でアンテナ色素がグループに分かれていてグループ間のエネルギーのやり取りはほとんどないことの証拠です。さらに傾き具合が時間に依存して変動することが観測されました。これは、光化学系内部でのエネルギー移動経路が揺らいでいることを強く示す証拠です。
XJ. Zhang, R. Taniguchi, R. Nagao, T. Tomo, T. Noguchi, S. Ye, Y. Shibata, Access to the Antenna System of Photosystem I via Single-Molecule Excitation-Emission Spectroscopy, J. Phys. Chem. B, 128, 2664 (2024). DOI/10.1021/acs.jpcb.3c07789
オーストラリアの海岸には、シアノバクテリアが化石化してできたストロマトライトと呼ばれる岩石が見られます。この岩石の内部から、クロロフィル-fという通常よりも長波長を吸収する色素を合成できるシアノバクテリア(学名: Halomicronema micronema hongdechloris)が発見されました。ストロマトライト表面のシアノバクテリアにより大部分の光は吸収されてしまいます。この生物は、内部にも届く僅かな近赤外光で光合成を行うために、独自の進化を遂げたと考えられています。この生物の光化学系Iの構造が明らかにされ、7分子がChl-fであることが分かりました。しかし、蛍光スペクトルの近赤外域にある3本のピークのそれぞれが、どのChl-fに対応するか、分かっていません。これを明らかにするため、単一分子蛍光スペクトルの偏光異方性を測定する研究を行っています。近赤外光利用の機構解明に繋がると期待しています。
R.Taniguchi, XJ. Zhang, T. Shinoda, T. Tomo, S., Ye, Y. Shibata, The Reddest Fluorescence of Photosystem I from Halomicronema hongdechloris Comes from Chlorophyll-f Dimer, J. Phys. Chem. B, 129, 6465 (2025). doi.org/10.1021/acs.jpcb.5c00403.
Kato, K.; Shinoda, T.; Nagao, R.; Akimoto, S.; Suzuki, T.; Dohmae, N.; Chen, M.; Allakhverdiev, S. I.; Shen, J.-R.; Akita, F.; et al. Structural basis for the adaptation and function of chlorophyll f in photosystem I. Nature Commun., 11, 238 (2020). DOI: 10.1038/s41467-019-13898-5.