研究

光合成の光反応

光合成は、植物などが行う酸素発生型のものと光合成細菌が行う非酸素発生型のものに大別できます。ここでは酸素発生型の光合成について説明します。真核生物である植物や藻類、および原核生物であるシアノバクテリアが酸素発生型の光合成を行います。

 チラコイド膜*という袋状の脂質二重膜に埋め込まれた色素結合タンパク質により、光合成の光反応は駆動されます。

上の図は、光合成の光反応を模式的に表します。大雑把に言うと、光合成の光反応とは光エネルギーを利用して水分子から電子を引き抜き(水の酸化反応)、その電子をNADP+という分子へ渡し後の反応で還元剤として利用されるNADPH**分子を生成する反応である、と言えます。電子を、水分子内にいる安定な状態から、より高いエネルギーの状態(NADPH)へと、光エネルギーを利用してポンプのように汲み上げるイメージです。水分子の酸化の結果として、酸素分子が発生するとともに、プロトンがチラコイド膜の外側(図の上側、ストロマ側)から内側(図の下、ルーメン側)へと運ばれます。光反応の中核を担うのは、光化学系IIと光化学系Iと呼ばれる巨大な色素結合タンパク質で、それぞれ光エネルギーを用いた水の酸化とNADP+の還元を担います。図中の青い矢印が電子の流れ、赤い矢印がプロトンの流れを表しています。

*チラコイド膜

チラコイド膜は袋状になっていて、その外側(ストロマ)と内側(ルーメン)を隔てています。真核生物では細胞内の小器官である葉緑体の内部にチラコイド膜は封入されていますが、原核生物のシアノバクテリアでは葉緑体はなくて、細胞膜の内側にチラコイド膜があります。中には細胞膜自体がチラコイド膜のような働きをする(おそらく原始的な)シアノバクテリアも知られています。

**NADPH

ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸の略で、生体内で酸化還元反応の電子伝達体として機能します。光合成系では、光化学系Iによる光誘起電子移動反応により、酸化体のNADP+が電子を受け取ることでNADPHとなります

植物のチラコイド膜は、扁平な袋状の部分が積み重なったグラナと呼ばれる部分と、グラナ間を繋げるストロマラメラと呼ばれる部分に分かれています。光化学系IIはグラナに、光化学系Iはストロマラメラにそれぞれ多くいることが知られます。我々は、光化学系が別々に分かれて局在している様子を光学顕微鏡でも分解可能であることを利用して、葉緑体内部で各光化学系の活性を調べる研究に挑戦しています。

分子1つだけからの蛍光を検出する単一分子検出技術は、今から30年ほど前に確立されました。この技術は、多数の分子の信号を見ていた場合には、多数分子の平均化により覆い隠されてしまう分子間のバラつきや、時間的な揺らぎを見ることができる強力な手法です。反応場に揺らぎが無ければ化学反応は起こりません。それほど重要な構造揺らぎを直接検出する手法として、単一分子分光技術は非常に有効です。

 光合成タンパク質を一つだけ観測することも2000年頃に実現されました。我々はこの手法の適用範囲を広げる研究を推進しています。

光合成タンパク質には、たくさんの色素分子が結合していますが、そのうちの数個のみが電子移動反応を担う反応中心色素で、残りの色素はアンテナ色素*として働きます。アンテナ色素間のエネルギー移動**は非常に高速に起こりますが、ピコ秒の時間分解能を持つ装置で蛍光スペクトルの時間変化を測定することで、それを測定することが可能です。理論計算も取り入れることで、アンテナ色素による集光装置の機能解明を目指した研究をしてきました。

*アンテナ色素

光化学系には、電子移動を担う反応中心クロロフィル(Chl)と、光エネルギーを集めるためのアンテナChlが結合している。一つの光化学系Iには約100個のChlが結合しており、そのうち反応中心の役割を果たすのは中心にある数個のみで、残りのChlはすべてアンテナ色素である。

**エネルギー移動

色素分子が吸収した光エネルギーを、近くの色素分子へ渡す現象。その速度は、フェルスター機構では距離の6乗に反比例することが理論的に示される。

Hybridチラコイド膜の光合成活性解析

現在の光合成の光反応の研究においては、様々な環境下における調節機能の解明が重要なテーマとなっています。NPQ*やステート遷移**などの光合成の調節機構では、チラコイド膜に埋め込まれたタンパク質のプロトン化やリン酸化が引き金となることが知られています。これらの引き金がチラコイド膜の構造変化を引き起こし、調節機構の発現に至る、というモデルも提案されていますが、チラコイド膜の構造変化を生体内で観測することは困難を極め、モデルの検証は出来ていません。我々は、チラコイド膜の機能を人工系で再現することで、光合成の調節機構とチラコイド膜の構造変化との関係を明らかにしようと研究を進めています。不安定なチラコイド膜を平面の基板上に再現して安定に保つため、格子状にポリマー化脂質二重膜を敷き詰めた枠内にチラコイド膜成分を構築する技術を、神戸大の森垣教授のグループの協力を得て利用しています。

*NPQ (Non-photochemical quenching)

光合成で消費しきれない程の強い光が降り注ぐ環境下では、過剰な光エネルギーにより一重項酸素や超酸化物などの細胞に有害な活性酸素種が発生する危険があります。これを回避するため、吸収した光エネルギーを熱に変換して散逸させるのが、NPQと呼ばれる機構です。植物では、チラコイド膜の内側(ルーメン側)が光合成のプロトン移動により酸性化することで、NPQが発動すると考えられています。

**ステート遷移

光化学系Iと光化学系IIがバランスよく光エネルギーを吸収しないと、電子の流れが滞ってしまう不都合が生じる。これを解消するため、二つの光化学系の光吸収のバランスを保つ調節機構が「ステート遷移」と呼ばれる機構。アンテナタンパク質のLHCIIが、二つの光化学系の間を移動することで、ステート遷移が機能すると考えられている。