細胞の顕微分光

低温顕微分光装置の開発

光化学系Iと光化学系IIは、吸収した光エネルギーを電子移動反応に使うため室温では弱い蛍光しか出ません。液体窒素温度にまで冷やすことで、光化学系からの蛍光が強くなるとともに、光化学系Iは710~730 nm、光化学系IIは690 nm付近にピークを持つ蛍光を出すようになりスペクトルが分離できるようになります。このことを利用して、葉緑体内部で二つの光化学系を分離して観測する共焦点顕微鏡技術を確立しました。

 この装置により、ステート遷移*と呼ばれる調節機構におけるLHCII**の移動現象の検証を目指しました。

*ステート遷移

光化学系Iと光化学系IIがバランスよく光エネルギーを吸収しないと、電子の流れが滞ってしまう不都合が生じる。これを解消するため、二つの光化学系の光吸収のバランスを保つ調節機構が「ステート遷移」と呼ばれる機構。アンテナタンパク質のLHCIIが、二つの光化学系の間を移動することで、ステート遷移が機能すると考えられている。

**LHCII

Light-harvesting Chlorophyll-protein complex II (LHCII)と呼ばれるタンパク質は、吸収した光エネルギーを光化学系に渡すアンテナとして働く。

関連する業績

Y. Fujita, W. Ito, K. Washiyama, Y. Shibata, Imaging of intracellular rearrangement of photosynthetic proteins in Chlamydomonas cells upon state transition, J. Photochem. Photobiol. B, 185, 111-116 (2018). DOI.org/10.1016/j.jphotobiol.2018.05.029 

柴田穣,加藤渉,浪江慶祐, 開口数0.9を持つ極低温顕微鏡の開発, 分光研究, 63巻, 3号, 103-105 (2014). 

Y. Shibata, W. Katoh, T. Chiba, K. Namie, N. Ohnishi, J. Minagawa, H. Nakanishi, T. Noguchi, H. Fukumura, Development of a novel cryogenic microscope with numerical aperture of 0.9 and its application to photosynthesis research, Biochim. Biophys. Acta, 1837, 880-887 (2014) DOI: 10.1016/j.bbabio.2014.03.006. 

低温顕微蛍光寿命-スペクトル同時測定装置の開発

共焦点顕微鏡からの蛍光信号を二つに分離し、蛍光寿命とスペクトルを同時に測定できる装置を開発しました。このことにより、LHCIIからの蛍光寿命を見積もることが可能となり、LHCIIから光化学系へのエネルギー移動*の効率を議論できるようになりました。

*エネルギー移動

色素分子が吸収した光エネルギーを、近くの色素分子へ渡す現象。その速度は、フェルスター機構では距離の6乗に反比例することが理論的に示される。

関連する業績

Y. Fujita, X.J. Zhang, A. M. Ali, S. Ye, Y. Shibata, Accumulation of Quenched LHCII around PSI in Chlamydomonas cells induced to State2 Revealed by the Cryo-Fluorescence Lifetime Imaging, J. Photochem. Photobiol. B. 236, 112584 (2022). DOI.org/10.1016/j.jphotobiol.2022.112584 

励起スペクトル顕微鏡の開発

励起スペクトル*を迅速に測定可能な顕微鏡を開発しました。フォトニック結晶ファイバ**により発生された白色光をプリズムで分散し、線状の励起光とすることで、試料の多数位置からの蛍光信号を同時に測定します。このことにより、測定効率が50~100倍向上します。

*励起スペクトル

試料からの蛍光強度を、励起波長に対してプロットしたものが励起スペクトル。その測定には励起光の波長を掃引する必要があるため、顕微鏡での測定には時間がかかる方式のものが多かった。

**フォトニック結晶ファイバ

0.1 ps程度のパルス幅の非常に短い光パルスをガラス物質に通すと、ラマン散乱が多重に起こるなどして様々な波長に変換されます。しかし、ガラス材料を透過するとパルス幅が広がってしまうことから、変換効率は通常非常に低いです。フォトニック結晶ファイバは、パルス幅が広がらない特殊な構造を持つ光ファイバで、これにパルス光を通すことで高効率で波長変換が実現でき、白色光を得ることができます

関連する業績

S. Jana, Y. Shibata, Development of a multicolor line-focus microscope for rapid acquisitions of excitation spectra, Biophys. J., 118, 36-43 (2020). DOI: 10.1016/j.bpj.2019.11.023

励起スペクトル顕微鏡によるクラミドモナス細胞のステート遷移実時間測定

植物や藻類は、葉緑素としてクロロフィル-a (Chl-a)に加えてクロロフィル-b* (Chl-b)を持っています。2種類のクロロフィルの吸収ピークが異なることから、我々が開発した励起スペクトルを全ピクセルで測定可能な顕微鏡によりそれぞれの色素の葉緑体内部での分布を明らかにできるようになりました。Chl-bはアンテナタンパク質にしか含まれないことから、ステート遷移でのアンテナタンパク質の分布の変化を実時間で追跡可能となりました

*クロロフィル-aとクロロフィル-b

植物や藻類は、側鎖の構造が異なるChl-aとChl-bを持っています。Chl-bはアンテナタンパク質にのみ結合していることから、Chl-bの葉緑体内分布を調べることでアンテナタンパク質の分布が分かります。ただし、Chl-bは蛍光をほとんど発しないため、蛍光スペクトルによりその分布を観測することは出来ません。

関連する業績

X. J. Zhang, Y. Fujita, R. Tokutsu, J. Minagawa, S. Ye, Y. Shibata, State transition is quiet around pyrenoid and LHCII phosphorylation is not essential for thylakoid deformation in Chlamydomonas 137c, Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 119, e2122032119 (2022). DOI.org/10.1073/pnas.2122032119

X. J. Zhang, Y. Fujita, R. Tokutsu, J. Minagawa, S. Ye, Y. Shibata, High-Speed Excitation-Spectral Microscopy Uncovers In Situ Rearrangement of Light-Harvesting Apparatus in Chlamydomonas during State Transitions at Submicron Precision, Plant Cell Physiol. 62, 872-882 (2021). DOI.org/10.1093/pcp/pcab047