J231240384
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「いのち」への
深いめざめと
なっている
Sandnes is our deeply awakening to the depths of life.
悲しみを避けて生きたい。これは人間の痛切なねがいではないかと思う。
しかし、悲しみの矢を避け続けることはできない。
二〇一一(平成二十三)年一月四日親友が二十八歳の若さで亡くなった。
ニンスケというあだ名の友人だった。往生の間際「耳は聞こえるから何か話して」と彼の奥さんから電話があった「ニン」「もしもし」と連呼するものの、本人は言葉を発することができる状態ではないので無言のままだった。私も、上手く言葉を紡げない。
最後まで生きる為に戦おうとしていた人間に、
「お浄土で会おう」とこちらからは言えない。
「がんばってくれ。生きてくれ」過酷すぎる。
「がんばったな」どれだけ倣慢な言葉だろう。
「大丈夫」何が?
言葉で伝えられることなんて、はとんどが薄っペらなことでしかないのかもれない。なんとか自分にとって嘘でない言葉を探し出し、「ニンは一人やないぞ。みんないるぞ。気持ちはずっと側にあるぞ。一日も忘れてないぞ」
と言った。この言葉が本人に届いたかどうかはわからない。
確実に言えることは、あの目白分の人生において大切なものが一つ無くなった。そしてそれはもう二度と戻ってこない。それだけである。
ニンスケは亡くなる前、
「浄土に生まれたいなんて思わない。生への執着が増すばかり。最後まで闘病する」と語っていた。
人は死ぬ間際、三愛に苦しむという。
境界愛(妻子・親族・家屋・財産等への執着)
自体愛(自らの身命に対する執着)
当生愛(命終の後に、自らの生がどうなるかわ からない不安)
ニンスケも、婆婆の手摺から手を離すことを拒絶し、三愛に苦しんでいたのだろう。彼も僧侶だから「浄土に生まれて仏となる」
ということは共通の認識としてある。なので、
「浄土で待っていてくれ。俺もそのうち行くからな」
「浄土から見守っていてくれ」
と浄土での再会を最後の言葉にしたかったのに、なぜかその言葉がスッと出てこなかった。「無常」と口では言いながらも、私は当分生きるであろうという打算や、病苦を理解できない健康な身体。′
今、命を終えようとする人の気持ちがわからない。いろいろな要因がブレーキをかけたのだろう。
昨年、数名の友人が集まり、ニンスケの話になった。今生きていたら四十三歳。どんなおじさんになっていたのかな……と思いながら歓談した。
あの臨終の日、もう一人の友人も「浄土で会おう」と言えなかったという。
あの日の様子は、脳裏に焼き付き、自分の中で十年以上燻くすぶり続
けている。
言い方を変えれば十年以上、お育てをうけているともいえる。
今なら「浄土で会おう」と言えるのかな。しかし、この言葉を
言う・言わないは、おそらくたいした問題ではないのだろう。椅麗
な別れは、こちらの自己満足でしかない。
あみ‥た
浄土への正因は、阿弥陀さまを疑うことなくうけいれる信心な
ので死にざまを問うことはない。
■∬
ニンスケも、阿弥陀さまに抱かれ浄土に参り、きっと今も仏さ
まになって照覧してくれているのだろう。私に「臨終の在り方」と
いう宿題を残して……。
それは悲しい愛別の緑ではあったが、いのちへの深いめざめと
なる大切な機縁となった。とって心地よい微風になっていたらいいな、と思う今日この頃である。
心に響くことば (本願寺出版社) より。