J231240384
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To have faith is none other than to hear the message of the nenbuts.
昔、三田源七という方がおられた。
「これでまちがいないという信心」を求めて、全国のお念仏を喜ばれる人々のもとを訪ねて行かれた。
興味のある方は『信者めぐり 三田老人物語』(宇野最勝、竹田順道編) という本を読んでいただきたい。在庫切れでなかなか変えないが……。
源七は、美濃のおゆきさんという同行を訪ね、おゆきさんの家に滞在した。
おゆきさんは「よう来た。私が教えてあげよう」などということは言われない。源七はなんとか粘って浄土真宗の信心を獲得し、スッキリしたい。
しかし、要領を得られないまま四日間の滞在で別れを告げた。家を後にして歩みを進めていると「おーい、おーい」と後から声がする。声の主はおゆきさんだった。
おゆきさんは源七の手を握り、「源七さん、お前は信心を得にゃ帰らぬと言うたな。どこまで行かれるか知らぬが、もしもこの後、いよいよこれこそ得たなあというのができたら、親鸞聖人とお別れじゃと思いなされ。
元の相すがたで帰っておくれたら、親鸞聖人はおよろこびであろう」と言った。源七は、その場では何を言われているのかわからなかったと後述している。
私たちは理解して、行動して、結果を得るというパターンに慣れているし、そうでないと安心できない。信心を得るということもその図式で考えてしまう。
しかし、それは仏さまのはたらきをあてにするのではなく「私の積み上げた心」をあてにしているだけである。
煩悩の沼にどっぷりと浸かり抜け出せなくなった私をどのように救うか。阿弥陀さまは思案に思案を重ね四十八の願を建て、その一顧、一顧を成就されていった。
そして、さまざまな方法の中から、浄土に生まれ仏になることに必要な全ての要素が凝縮された」名号を完成し、私に施してくださったのだ。私はそのお心をどう受けとっていくべきだろうか。
ご年配の門徒さんが「どうしても捨てられないものがあります」とボロボロのノートを見せてくれたことがあった。
シゲちゃん一歳……歩き始めた。シゲちゃん七歳大きなランドセル……その方の成長を記録した日記だつた。
私からすれば、ただの大学ノート。しかし、その方からすれば、母による「慈悲の証明書」なのだ。お経もそうではないか。「とにかくお慈悲の力はぬくいでなあ」という妙好人の足利源左あしかがげ′んざさんの言葉のように、そこに温度(ぬくもり)を感じなければ、寓話の記された巻物にすぎない。
阿弥陀さまが衆生、有情、いや「私」 のことを思って記した、真実の親による「慈悲の証明書」と味わうなら、そこに温度が生まれてくる。
聴聞ちょうもんとは、私が阿弥陀さまを信じるために努力するのではなく、この救われがたい身をどのように救うかとご苦労された阿弥陀さまのお話を、疑いの霧が晴れるまで聞き続けることではないだろうか。
心に響くことば (本願寺出版社) より。