研究キーワード
・自己呈示の内在化 (internalization of self-presentation; IOSP)
・自己欺瞞 (self-deception), 自己高揚(self-enhancement)
・性格特性の望ましさ (personality trait desirability)
・再検査効果 (test-retest effect), Initial Elevation Bias
・係留ビネット法 (anchoring vignette method)
多くの人が日常的に、他者に良く思われたい、望ましい印象を与えたいと思っているでしょう。他者に特定の印象を持たせようとする試みは自己呈示や印象操作の研究として知見の蓄積があります。このように他者に何らかの印象を与えようとすることで、むしろ自分の捉え方が変わってしまう現象に興味があります。さらにこうした現象を適切に測定するための方法論的研究にも関心があります。
【他者にある印象を与えようとすることによる自分の捉え方の変化】
自己呈示によって、自分に対する認知やその後の行動が変化することが知られています (e.g., 自己呈示の内在化)。自己呈示の内在化は、自己呈示した特性について、自分がその特性をより有していると感じたり、その特性に合致した行動をとるようになる現象です (e.g., 上田他, 2023; Ueda et al., 2024)。自己呈示によって、自分自身も変わっていく現象に興味を持って研究しています。従来の説明メカニズム (e.g., 行動の自己知覚理論; Bem, 1972) と異なる視点で自己呈示の内在化を検討し、自己呈示のための記憶想起により、実際には自己呈示をしなくても自己呈示の内在化と整合的な変化が生じることを示しました (上田・山形, 2023)。
また私のこれまでの研究で、ある特性の自己呈示によって自己呈示していない特性までもが変化することが示唆されています (上田・山形, 2024; Ueda & Yamagata, 2025)。この現象が生じる範囲・理由に関心をもって現在検討しています。
【自己欺瞞による他者への印象形成に関する効果の検討】
自己欺瞞とは、無意識的な偏った情報処理によって自身に都合の良い信念を抱くこと (von Hippel & Trivers, 2011)です。自己欺瞞は不正確な自己評価や、世界についての誤った認識をもたらすため、個人に不利益をもたらすと考えられていました。他方、自己呈示の文脈においては、「(実際よりも)自分は望ましい」という自己欺瞞 (いわば、思い込み) は、印象形成を成功しやすくするという利益をもたらすかもしれません。自分について実際以上に望ましいと捉えていると、他者からも実際以上に望ましいと思われるというようなことがあるかを調べています。
【性格特性の望ましさ】
上では、「望ましい印象」などと書きましたが、そもそも「誰にとっての望ましさ」でしょうか。このような観点から、人々が各性格特性 (e.g., 外向性) をどの程度望ましいと思っているのかを調べる研究も行っています。これまでの心理学では、社会的望ましさの研究の蓄積はありますが、個人がその特性を持つことを望ましいと思うこと、すなわち「個人的望ましさ」にはほとんど焦点があたっていませんでした。現在は、「社会的望ましさ」と「個人的望ましさ」の構造や、両者の関連、これらが性格特性の自己報告をどの方向にどの程度歪めるかなどについて検討しています (上田・山形, 2024)。
【再検査効果】
自己呈示の内在化を含めて「変化」を質問紙で捉えるには、多くの場合、複数回同じ内容の質問紙に回答してもらう必要があります。しかし、同じ内容の質問紙に2回以上回答してもらうことは、「再検査効果」とよばれる現象を引き起こす可能性があります。再検査効果とは、性格特性についての質問紙に2回回答してもらうと、2回目の回答が1回目に比べて社会的に望ましい方向に変化する現象です (Windle, 1954)。この現象が本当に生じる場合、私が行っている自己呈示の内在化の研究を含めて、実験操作や介入、縦断調査を行う研究ではその解釈に影響が生じます。そこで、再検査効果が生じるのか、また生じる場合の効果量を検討しています (上田・山形, 2025)。
【係留ビネット法】
質問紙調査ではリッカート法が使われることが多いです。リッカート法とはある項目を呈示し、たとえば「1. あてはまらない」から「5.あてはまる」までの選択肢で回答してもらう方法です。このような方法の場合、参加者ごとの異なる回答スタイルや参照集団の差異の影響により比較可能性が毀損されることが考えられます。回答スタイルとは、選択肢のうち両端の極端な回答を好んで選択する極端回答傾向や中間の選択肢を好む中間回答傾向などが挙げられます。また、参照集団とは、回答時に浮かべる比較対象を意味します。こうした影響を取り除くために、係留ビネット法という方法の適用に関する研究を進めています。係留ビネット法では、参加者は自身についての回答の他に、研究者が測定しようとしている構成概念について段階的に描写された仮想人物についてのビネットを複数読んでもらいます。そして、これらの仮想人物についても、同じ項目で評価してもらいます。そして、これらの基準を用いて回答スタイルや参照集団の影響を取り除きます。これまでに係留ビネット法自体を改良する方法を考案しました (清水・上田, 2024)。