シャジクモ類は、淡水生態系において、「シャジクモ帯」を形成することによって底泥を覆い、懸濁物の再懸濁を抑制することにより淡水域の透明度維持の「かなめ」となる役割を果たしています。他にも、多様な水生動物の生息場となり、植物プランクトンの捕食圧を高める、および、水中のカルシウムとともに栄養塩類を細胞表面に沈着し、植物プランクトンの増殖を抑制することによっても、水質をきれいに維持する役割を果たしています。このようにシャジクモ類は生態学的に極めて重要です。しかしながら、日本では、1970年代以降の淡水生態系破壊の結果、急速にシャジクモ類の衰退が進行しています。
平成9年に環境省により公表された初版レッドリスト(維管束植物以外)には、日本に産するシャジクモ類約80分類群のうち、絶滅5分類群、野生絶滅1分類群、絶滅危惧I類24分類群、合計30分類群のシャジクモ類が掲載されました。初版レッドリストでは、おもに日本の比較的大型の天然湖沼に生育するシャジクモ類の現況調査によって衰退が認められた分類群が多く掲載されました。絶滅が確認された5分類群、イケダシャジクモ (Chara fibrosa var. brevibracteata)、ハコネシャジクモ (C. globularis var. hakonensis)、チュウゼンジフラスコモ (Nitella flexilis var. bifurcata)、キザキフラスコモ (N. minispora)、テガヌマフラスコモ (N. furcata var. fallosa) はすべて日本固有種でした。また、ホシツリモ (Nitellopsis obtusa) は、過去に生育が記録されたすべての湖沼で生育が確認されなかったが、実験材料として室内で培養されていた株が存在したため、野生絶滅とされました。その後、大型湖沼に生育する分類群に加え、灌漑用のため池、水田といった二次的環境に生育する分類群を対象とした、レッドリスト見直しに向けたシャジクモ類の生育分布の再調査が実施され、平成26年に公表されたレッドリストには、新たに多くの分類群が追加され、合計64分類群ものシャジクモ類が掲載されました。レッドリスト改訂の過程で、初版では絶滅種とされたテガヌマフラスコモがタイプ産地の千葉県手賀沼の底泥から復元され、野生絶滅種に変更されました。また、野生絶滅とされたホシツリモが神奈川県河口湖に生育することが確認され、絶滅危惧I類に変更されました。さらに最近、絶滅種とされたチュウゼンジフラスコモがタイプ産地の周辺で発見され、絶滅危惧I類に変更されました。また、国内唯一の現存集団が国指定天然記念物に指定されているシラタマモ(Lamprothamnium succinctum)の新産地が発見され、その希少性・保全価値を再評価する必要性があります。その他、近年、 いくつかの日本新産種も発見されています。
シャジクモ類の分類体系は、複数の種を1種として誤ってまとめてしまうランピング (lumping) や、その逆で、1つの種を複数の種に細分化するスプリッティング (splitting) などといった分類学的問題点が多く残されてます。最近の培養株を用いた研究により、走査型電子顕微鏡による卵胞子壁構造の形態比較と分子系統解析を同一の株で同時に実施することが分類学的問題点の解決に有効であることが示されています。例えば、日本国内に広く生育するカタシャジクモ(Chara globularis var. globularis)と分類されていた集団は、実際には系統的に明瞭に分化した2種を含んでいることが最近の研究によって明らかにされています。この場合、どちらかの1種を見落として保全策を決定してしまう危険性が考えられます。したがって、適切な保全単位を決定するために、過去に記録された種の分類学的位置づけを詳細な形態学的解析と遺伝的多様性解析によって再検討する必要性があります。また、レッドリスト改訂の過程で、、新たに見つかったシャジクモ類の日本新産種および新種が報告されています。したがって、シャジクモ類の植物相に関する基礎的理解が必要です。
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参考文献
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シャジクモ類の保全のページ (国立環境研究所微生物系統保存施設)
水中生活をする緑藻類から陸上植物への進化は、植物進化において中枢となるイベントです。私たちが普段目にする身近な植物といえば、きれいな花を咲かせる被子植物を思い浮かべます。また日陰を見るとシダ植物やコケ植物が生えていたりします。このように陸地を見渡せば多様な植物が生えています。一方、湖面をのぞき込めば陸上とは全く違う植生を見ることができます。湖底には背が高く葉を広げた大型の植物も生えていますが、その周辺にはゆらゆらとした糸状の藻類が繁茂しています。水中には浮遊する小さな藻類が繁殖しています。岩や空き缶があればその表面にも無数の藻類が付着しています。我々の目に触れることは普通まれであるが、このような藻類たちが水中では主役です。その中でも、湖岸付近など水陸境界領域で見られる藻類は浅い生活環境に驚くほど様々に適応しています。そして少数ながらもある藻類は水分の多い時期に乾燥した陸上に分布を広げることがあります。そして、その中に約4.8億年昔に水中から乾燥した陸地へ進出し、陸上植物へと進化した藻類がいます。これまでの研究の結果では、シャジクモ藻類 (charophytes) が陸上植物 (embryophytes) に最も近縁だと考えられています。
シャジクモ藻類は、もともと肉眼で見える車軸のように放射状の輪生枝を持つシャジクモ(Chara)やフラスコモ(Nitella)に代表されるシャジクモ類だけを含む分類群として扱われていました。しかし、現在では広義に解釈して、緑色藻類の中で、多層構造体(multilayered structure, MLS)型の鞭毛装置を持ち、陸上植物に繋がる系統に属するすべての分類群から陸上植物を除いた残りの緑色藻類として認識されています。陸上植物とシャジクモ藻類を含む系統はストレプト植物(Streptophyta)としてまとめられています。シャジクモ藻類には、シャジクモ類 (Charophyceae)、コレオケーテ類 (Coleochaetophyceae)、ホシミドロ類 (Zygnematophyceae)、クレブソルミディウム類 (Klebsormidiophyceae)、クロロクブス類 (Chlorokybophyceae)、の5グループが分類されると考えられていました。しかし、この5グループに加え、単細胞緑藻類のメソスティグマ類 (Mesostigmatophyceae) をシャジクモ藻類の一員として含める考え方もあります。最新の分子系統学的研究によると、シャジクモ藻類の中でホシミドロ類が最も陸上植物に近縁だと考えられています。シャジクモ類、コレオケーテ類、ホシミドロ類は系統的に派生的な位置にあるため、これら3グループを合わせて派生的シャジクモ藻類(advanced charophyte algae or later-diverging charophyte algae)と呼ぶことがあります。シャジクモ類は派生的シャジクモ藻類の中で最も基部で分岐しており、シャジクモ類は陸上植物へつながる系統で最も祖先的な多細胞体だと解釈できます。
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参考文献
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参考文献
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