被験者の能力測定(レベル分け)について
どんな習得研究でも、まず、調査開始時にその被験者がどれくらいのレベルであるのかを測定しておくことが必要です。その被験者が初級なのか上級なのかで、全く研究の価値が違って来ます。ところが、いくつかの習得研究では、大学で受講しているクラスをレベルとしていたり、検定級をレベルとしていたりするケースが見受けられます。
まず、大学の受講クラスがレベルを全く反映していないのは、第二外国語の授業を担当した教員なら誰でも感じることで、中級クラスと言いながら、ハングルを読むのもやっとの学生が混じっていたり、初級でも再履修の学生がいたりと、クラスでのレベル分けは、全く当てになりません。
検定級で分けるのも問題があります。例えば、韓国語能力試験(TOPIK)の初級に合格した人でも、3年前に合格した人でその後に学習を休んでいた人と、先日TOPIKの初級に合格した人の能力値を同じと言えるでしょうか。また、既に能力はTOPIKの上級レベルに優に達しているけれども、中級しか受験したことのない人もいます。このようなことから、その時点での被験者の能力を検定級で示すのも限界があるのです。そもそも受験していない人は被験者に入れることもできなくなってしまいます。
まず、被験者の能力を客観的な手法で測定しておく必要があります。このために、日本語研究のほうでは、ACTFUL-OPIやSPOTなどの開発が進められてきました。OPIはインタビューによって、SPOTは聴解によって被験者の日本語力を推定するものです。インタビューや聴解による測定ですが、これくらいの会話力、聴解力、があれば、これくらいの文法力や語彙力も期待できる、という推定をするわけです。この裏付けのために数多くの研究が行われ、得点と能力の因果関係の検証がされて来ました。OPIは対面式でインタビューを行うため、その測定精度は高いのですが、問題点は1名あたりにかかる時間が長いということで、大人数を調査するのには不向きです。SPOTは聴解穴埋めの方式で大人数を同時に調査することが可能ですが、音声機器がない環境では実施が困難になります。
そのため、宮岡・玉岡・酒井(2011,2014)、早川・玉岡(2015)、大和・玉岡・茅本(2016)では、日本語の36問の文法能力測定テスト、48問の語彙能力測定テストを開発し、最小限の測定項目で、被験者の能力値を推定するという研究が展開されて来ました。これを参考に、斉藤・玉岡(2014a,2014b,2015)では、韓国語の語彙能力測定テストの開発をしました。ここで提供されているデータベースの韓国語語彙能力測定テストはこの一連の研究から抽出されたものです。48問の語彙テストの解答にかかる時間は20分程度であり、被験者の負担を極力軽減することができます。
被験者の言語能力を測る際に「何をどれくらいやらせるか」は大きな要素になります。もちろん、語彙テストや文法テストだけでなく、読解、聴解、作文、会話と、何でもやらせれば、それだけ被験者の言語能力を正確に反映することができると思います(ただ、おかしな設問であればいくら多種多様なテストをやってもダメなのですが)。しかし、効率性も同時に考える必要が出てきます。本来調査したいのは、被験者のレベルではなく、別の、例えば、活用形の実験であったり、複文の設問調査であったりするわけです。その際に、本調査をする前に、被験者のレベル測定のために大量の時間をかけてしまっては、被験者の疲労度、調査時間の確保、の両面でマイナスの影響が出てきます。
量的研究では、データ数を多くとる必要があります。「最小限の負担で被験者のレベル測定をする」ことと「測定テストの測定力を上げる」ことは、どちらも重要な要素なのです。
参考文献:
斉藤信浩・玉岡賀津雄. (2014). 項目応答理論による韓国語語彙能力テストの開発. 朝鮮学報, 233, 27-61.
斉藤信浩・玉岡賀津雄. (2014). 日本語母語話者による韓国語習得における語彙能力と読解の因果関係. ことばの科学, 28.111-123.
斉藤信浩. (2015). PROXによる韓国語語彙能力テストの検証. 朝鮮学報, 236, 37-60.
早川杏子・玉岡賀津雄. (2015). 改訂版・構造分類による日本語文法知識テストの開発ー中国人日本語学習者のデータによるテスト評価ー. ことばの科学, 29.5-24.
宮岡弥生・玉岡賀津雄・酒井弘 (2011). 日本語語彙テストの開発と信頼性: 中国語を母語とする日本語学習者のデータによるテスト評価. 広島経済大学研究論集, 34(1). 1-18.
宮岡弥生・玉岡賀津雄・酒井弘 (2014). 日本語の文法能力テストの開発と信頼性: 日本語学習者のデータによるテスト評価-. 広島経済大学研究論集, 36(4).33-46.
大和祐子・玉岡賀津雄・茅本百合子 (2016). フィリピン人日本語学習者のデータを基にした非漢字圏学習者向け語彙テストの開発と評価 ことばの科学, 30. 39-58.