数学者界隈で(比較的よく)聞く言葉のひとつに「数学は35歳までがピーク, それ以降は衰えるだけ」というものがある. 事実, 晩年の研究者に受賞される傾向のあるノーベル賞とは異なり, 数学における同等の賞とも言えるフィールズ賞は40歳以下という年齢制限がある(補足すると「ノーベル数学賞」は存在しない). タイムリーなことに, これを書いている2025年3月に京都大学名誉教授の柏原正樹氏がアーベル賞を受賞したが, これは年齢制限のない数学の賞である. 個人的には「日本どころか東アジアでも初の受賞」というのはよいのだが「数学のノーベル賞」と書いてある記事が多かったのはちょっと不満である(気持ちはわかるが).
数学的才能が比較的若い時期に開花する, というのは私もおおむね賛成であり, 最近はその下限もずいぶん下がってきていると感じる. 私(横山)が現在のライフワークの一つに出会ったのは25歳の頃であり, 特別な数学者というわけでは全くないのだが, 研究に必須のツールである計算機に出会って興味を持ったのは3歳の頃なので(別記事 計算機について を参照), その意味では早熟な面もあったのかもしれない. とくに数学は紙とペンさえあれば基本的にどこでもできるというアドバンテージがあり, 同じ理学部でも一つフロアが変われば「大規模予算が取れないと研究が継続できない」という環境がたくさんある.
東京に来てあっという間に6年経つが, 日本の首都に暮らしてみて思ったのが「地の利」である. これまで1泊2日で出張して参加していたセミナーや研究集会に日帰りでひょいと行けてしまうというのは, 33年福岡に住んでいた身としては大変に衝撃的な出来事だった. それと同時に切に感じたのは, 進学した高校や大学, そして年齢に関わらず, 早い段階でプロの数学者と肩を並べて研究している人々が想像以上にいること, そして(これはここ10年くらいの傾向だと思うが)日本でもこういった人々を応援する風潮が形造られてきているということである. これはとてもよい変化だと思う. もちろん数学的な評価が正しく行われていることが前提であり, それらを判断するのは我々プロとしての責任である.
一つの例として, この4月から東京理科大学の修士課程に進学する 川村花道君 の話を少し書く. 彼と初めて直接お会いしたのはこれを書いている数日前なのだが, 氏のことについては数年前から知っていた. なんでも学部生時代から, 友人の 小野雅隆君(早稲田大学)や 関真一朗君(長浜バイオ大学)をはじめ. すでにたくさんの論文を書いている凄い人がいるとのことだった. 私自身はいわゆる「ギフテッド」などという言葉を使うのがあまり好きではないのだが(個人の努力もあるので, 何の努力もせず才能を身につけたと誤解される恐れがあるからである), 彼についてはちょっと該当するのだろうと思ったこともある. 彼の第一印象は(ルッキズム批判を恐れずに言えば)サイケデリックな自由人という感想だったが, 実際に会ってみると極めて紳士的かつ思慮深い人であった. いろいろな話題についても知識と興味があり, 話していてとても楽しい数学者だと思った. 奥様の川村愛結さんとは学生結婚をされたと伺ったが, 非常にチャレンジングかつまっすぐな素敵な奥様という印象である. よくお二人のツーショットを SNS でお見かけすることがあるが, まるでご兄妹のように見えるので毎度びっくりしている(他意はなく, 相性のよい夫婦は自然と似てくるという意味である).
こういった土壌, つまり学部生でも論文を書いたり講演したり, 何らかのイベントに招待してもらえるという機会が増えてきているのは個人的にとても嬉しいことだと思っている. 加えて彼らに共通しているのが「私の頃よりずっと大人」なのである. 例えば 松坂俊輝君(九州大学)などは博士後期課程を1年で修了し, すでに数十本の論文を書いているプロ中のプロだが, とても落ち着いているし, 誰に対しても分け隔てなく優しい. 私は今年の7月に齢40になるが, こういった20代周辺の数学者に出会うととても刺激を受け, 保守的にならないようにしてくれる. 私にとって大切な存在であり, 20代の頃の自分を再度省み(想像できないかもしれないが大分尖っていた時期もあり, 空回りしたこともしばしばあった), これからも仲良くしてもらえればと願っている.
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