教育の難しさ

今回はちょっと真面目な話をする. ただ教育に関する発言をするのはちょっと億劫で, 下手をすると(or 下手をしなくても)噛みつかれることがあるので厄介である. だから以下はすべて個人の見解であり, 賛成でも反対でもそれはそれぞれの主義主張であり否定はしないということを宣言しておく. そもそもそのような人がこの文章を読んでいるかは疑問ではあるが.

僕は曲がりなりにも大学教員として教鞭をとる立場にあるわけだが, これまで一貫していることがある. それは「ほどよく放任であれ」というスタンスである. 誤解を恐れずに言うが, これは私の指導教員であった田口雄一郎先生(現・東京工業大学教授)の影響もある. 実際, もし田口先生が自分の研究分野以外の仕事を許さない人だったならば, 今こうして数学者として生きてはいないと思う. だからといって「ほったらかし」だったかというと全くそうではない. 数学に関することは一貫して厳しくご指導頂いたし, 研究の方向性を与えてくださったのも田口先生のご尽力があってこそである. これは lip service などではなく, 本心からそう思っていることである.

では現在僕がどういう教育者であるかというと, 先述の通り「ほどよく放任」と言えるのではないかと思う. まず誤解してほしくないのは, これは決して「サボっている」ことを意味しないということである. 大学教育というのは義務教育でもなければ, 初等教育でもない, 最高学府での学問の教授なわけであって, 小・中・高・大のキャリアにおいて最も自由度が高くなければいけないし, それこそが大学に通うことの魅力である. 現に学部1年次に学ぶ微積分・線形代数であっても, その年に何を研究しているかによって雑談のテーマは変わる(あるときは暗号・あるときは CG など). それくらい「生きた学問」を学ぶところなのである. ならば, 杓子定規に答えの決まっている問題を与え, この通りに解答しなければならないという教育のスタンスはナンセンスだと思っている. 学部1,2年次の教養科目なら難しいかもしれないが, 学部3年次以降の科目ならばこれくらいの気概があってもいいだろう. 小学生が生物の新種を発見して論文を出したというニュースもあるくらいなのだから「与えられたものを疑え」というくらいの好奇心があっていいはずである.

ただし, あまりにも自由度を上げすぎると, それはただの「アマチュアのお戯れ」になってしまう. その手綱の加減を教員は見極める義務がある. 逆に言えば, そこさえ機能していれば教育としては一定のレベルをみたした十分理想的な状況ではないかと思う. もちろんいろいろな実際問題があることは認めるが, 少なくともこのスタンスは間違っていないのではないかと思う.

以上を踏まえて, 僕は「来るもの拒まず・去るもの追わず」というスタンスで講義に臨んでいる. たまに授業後のアンケートで「もっとフィードバックが欲しかった」とコメントされることがあるが, ならばなぜ授業期間中に積極的にアクションを起こさないのかといつも疑問に思う. 確かに先生から見れば数十人の学生さんであるが, 学生さんから見れば1人の先生なのだからもっと気を配るべきだというのは分かるが, それを徹底するのは義務教育の小・中で十分ではないかと思う. active learning と言っておきながら実態は passive learning な授業をこれまでいくつも見てきたが, これはその弊害ではないかと思う. もちろん先生・学生どちらが良い悪いと言っているわけではない. あと身体的なハンディキャップにより積極的に参加しづらいという場合もあるので, それは別の話である.

そもそも「教育」というのは読んで字のごとく「教え育む」ことである. にもかかわらず「教」にバイアスがかかりすぎ, 授業評価を気にしすぎるあまりに「育」が蔑ろになっていないか心配である. ちなみに僕は課題を出すとき, 略解は出すがいわゆる「お手本」のようなパーフェクトな解答は提示しない. それは「隙間を埋めるために友人と協力することで学べる知見」や「友人や教員, はたまた色々な文献に積極的にアクセスする態度」を促進したいからである. ときどき僕も想像しないような突飛なアイデア(そしてそれは大抵素晴らしいもの)を提案してくる学生さんがいるが, それは我々が引き出そうとしても難しいものである. 無理やりそうしようとするのではなく, そのきっかけを与えるのが我々の仕事であり, 学問の最前線に立つ者としての理想的なあり方だと思っている.

よく「最近の学生さんは勉強しない」だとか「学力が下がっている」という意見を散見するが, それは違うと思う. 実際, 最近の学生さんはよく勉強している. とくに僕の所属している東京都立大の学生さんはみな本当に真面目である. 学力差・GPA で差はつくが, 僕は皆の地頭はほぼ変わらないと思っている. 大体都立大の入試の倍率は非常に高く, 彼ら・彼女らは選ばれたエリートなのだから, そこから一歩抜きん出る勇気と根性をつけられるかが肝要である. これは普通の授業ではなかなか難しいので, 研究室の学生さんにはせめて身につけてもらいたいと願っている.


Contact: s-yokoyama [at] tmu.ac.jp